16 (社会のクズ達)
『良い大学行って良い会社に就職しなさい…そうすれば年功序列で一生安泰だから…』
幼い頃からクドい位に言われて来た ペイデイ構成員の母の言葉だ。
良い仕事を得る為には 良い学歴が必要で、良い学歴を得る為には 学費を払う為の金がいる。
世の中は 学校の様に平等では無く、親の所得で子供が将来 稼げる収入が左右され、『友達と仲良く』は 幻想で、仲良く平等に利益を得ようと考えている 他人を蹴落として、個人が利益を独占するのが社会だ。
そんな中で、親から資産を相続出来る勝ち組の子供達と戦う為には、奨学金をするしかない。
借金して良い大学を卒業して、良い学歴を得て、良い会社に入れば、稼いだ給料で十分借金を返せる…。
未来を見た投資だと考えれば 十分に割が良く、私の様に 両親がどっちも高卒の共働きで、高校の学費を何とか工面してくれた家では、奨学金が絶対に必要だった。
そして、IT専門の良い大学を卒業した。
私は Basic言語やC言語を使いこなせる プログラマーで、Microsoft Office Specialistと言う国際資格を取得し、これは 当時、世の中に パソコンが普及しつつあった時代では 非常に珍しい人材になる。
私の仕事は 勤め先の企業をIT化させて作業効率を上げる事…。
そして、稼いだ給料で奨学金を返して 結婚し、子供を作って家庭を築き、私の技術を社員に継承させて、より良い会社に発展させて、60まで働いたら 会社から退職金を貰って、孫の顔を見ながら余生を過ごす。
私は そんな事を思っていた。
新卒1年目…。
私は あちこちの会社を周って上司と一緒に営業をしていた。
なんで、プログラマーの私が営業に?
そんな私の疑問に上司は『社会常識を身に着ける為だ。』と言いつつ上司に怒られ続ける日々…。
やれ『常識がなっていないのだ』の『どんな教育を受けて来たんだ?』などだ。
当たり前だ…私はプログラマーで、営業をする事を 想定していなかったのだから…。
そして、個人によって だいぶ差異がある 何とも曖昧な『社会常識』を学ぶ為の営業をやり続けて、半年…。
散々上司に使えないと罵倒され続けた私は やっとパソコンに触れられ、遠まわしに自主退職させる為に、倉庫に収まっている10年分の膨大な書類を1人で電子化すると言う閑職に追いやられた。
これは 私の得意分野だ。
表計算ソフトを使い、10年分の見られる事が まずないデータを 次々と検索可能な形に落とし込んで行った。
そして気付いた…収支が合わない事に…。
社員は 度々、私が組んだ 表計算ソフトの数式を破壊して、コンピューターの計算は 当てにならないと言い、同じくコンピューターであるはずの電卓で私に再度計算をさせる。
ちなみに PCアプリの電卓は 誤動作が起きると信仰されているので一切認められない。
まぁまだパソコンの認知度が低く、ウイルス感染を防ぐ為にCD-ROMに焼いてウイルスを『加熱殺菌』出来ると普通に信じられていた時代だ。
既存のやり方に固執してしまうのは 仕方のない事…。
そう私は解釈して、入力制限やら選択肢のシステムを組んで、パソコン操作に不慣れな人の為に誤作動を防止するように設定したのだが、『入力出来ないから外せ』と言わて また怒られる。
そして、外したら また数式を破壊して『ほら間違えたコンピューターは信用できない』と言われる。
で、なんでパソコンに対して そんなに目の敵にするのか…。
直接 言われる事は最後まで無かったが、つまりの所、正しい答えを出してしまう事 自体が間違えだからだ。
如何やら 市への水増し請求や、無資格者を有資格者に偽装する法律違反、意図的に電卓計算を間違えて 間違った数字を記載する数値の改ざんは 彼ら曰く『社会の常識』らしく、正しい答えを出してしまう表計算ソフトとは 非常に相性が悪い。
そして、そんな『社会の常識』を知らずに、と言うか会社でも そんな教育すらされずに、場の空気で不正が正解になっている所に、私が会社の事を思ってプレゼンアプリで改善点を まとめて、話にならない上司を飛ばして支店長に上申すれば、支店長全体を含めた会社全体に恨まれる。
ようは支店長もグルだった訳だ。
表計算ソフトの数値上では 既に破綻の兆候が見えている。
だが、紙媒体での書類の数値に従うなら業績には 問題は無く、絶好調だ。
『人は自分に不利益になる情報を上に正しく伝えられない。』
だから コンピューターを使った 数値ベースで物事を判断して行くのが会社に取って良いのだが…私がこの会社に与える利益は、この会社に取っては 不利益しか もたらさない。
そして、入社した年の終わりで 私の人生の終わりの始まり…。
アメリカで 住宅市場の悪化による『サブプライム住宅ローン危機』を切っ掛けに、投資銀行『リーマン・ブラザーズ・ホールディングス』が経営破綻した。
そこから連鎖的に世界金融危機に発展したが発生した後に『リーマンショック』と呼ばれる事件が発生し、仕事をすれば するほど赤字になる状況に会社が追い込まれ、こちらの改善案を会社は無視し続けて 遂に人件費削減の為の人員整理が始まり、その年の12月31日で私は退職させられた。
ちなみに不正をしていた人員は 一切 退職していない。
この会社に取って 不正をする事が正しいからだ。
そして 貴重な新卒カードを失った私は、地獄の人生を歩む事となった。
IT化には金が掛かる。
最終的には10分の1の従業員で仕事が出来る様になる為、人件費を大幅に減らせ、企業に莫大な利益を産む。
のだが、母が言った通り『年功序列で一生安泰』のこの国は、正社員を簡単に解雇する事が出来ず、しかも正社員で年長者である経営側は 新しいシステムを受け入れられず、既存のシステムに固執する。
よって、国民全員が非正規労働者のアメリカは、社員の9割を解雇してパソコンやプログラムエンジェニア、インターネットに莫大な投資を行って、 リーマンショック前の10分の1程度の人員で同規模の仕事を出来る様になった。
のだが、日本の企業は緊急時の為に資産を溜め込んで 一切投資をせず、労働者の待遇を悪くする事で 人件費を削減し、この事態を解決しようとした。
つまり プログラマーは 特殊技術で真似が難しいが 故に、日本には 全く需要が無かった。
世間が派遣社員を解雇しまくり、年越し派遣村が出来た辺りから 私は 就職活動を始めるのだが、タダでさえ重要が低いIT系の会社は、新規でクビにする事が難しい正社員を雇う事も出来ず、こちらの最低限の条件である正社員 雇用は敵わない。
そして、この時 需要があったのは 力仕事だ。
私は奨学金を返す為には働く必要があり、何処も人材を雇いたくない中で、大量の求人応募が殺到している供給過多の状態で、その中から仕事を選ぶ余裕も無く、初任給と比べてクソとしか思えない薄給で、社会保障が無い低待遇の非正規労働者となった。
一次的だが、ここで金を稼いで 就職市場の混乱が収まった所で、本業であるIT化しそうな会社に復帰して人生を立て直す。
そう考えていた。
だが、所得税に奨学金に国民健康保険、年金、住民税に仕事の為の原付の維持費に燃料代…。
そこから、家賃、光熱費、携帯電話と来れば、まともに生活する事は不可能だ。
まずは都心に住んでいた家賃が負担となった。
非正規労働 1社目で 稼いだ金と時間で、月3万円のボロ アパートに引っ越す為の時間と引っ越し費用にあてて、そこに住み、その近くで2社目を見つける。
ただ、そこでも昇給も無く、バイトリーダーと言う肩書だけの責任を押し付けられ、派遣されて来た請負労働者にひたすら仕事を教えて行く生活だ。
業務外の時間が増え、日進月歩で進んで行くIT知識を学んでいる時間が無くなり、いつしか来月の給料、生活費、税金と出費の事ばかり頭に浮かぶ様になる。
時給1200円…分給20円…秒給0.33円…。
『時は金なり』…確かに…そうだ。
作業の無駄な時間、待ち時間が金に換算されて見えて来る。
もう その月を生きるので 精一杯で、未来の事なんて考える思考に至らない。
破綻を迎えたのは、2014年の年の終わり。
消費税が5%から8%に上がり、ガソリンが1L 150円越えになり、出費が上昇…。
更に社会保険の加入条件が変わり、1日6時間以上、週30時間以上に変更された。
国民健康保険の為に金を払っていた私に取っては 会社が保険の半分を負担してくれる事は ありがたかったのだが、つまり1日6時間以下、週30時間以下になる様にシフトを調整してしまえば、社会保険にせずに済むと言う事だ。
と言う訳で、私は シフトを大幅に減らさせて、来月の収入に怯えながら、しかも休日だと言うのに 金が掛かる遊びも出来ず、ただ寝るばかり…。
もう、ITの勉強をする気にもならない。
3社目4社目は 首都圏でのダブルワークだ。
とにかく、止まっている時間を換金しなければ 私は死ぬ。
朝から晩まで仕事の掛け持ちで働き、電車を使って家に戻る事も おっくうになり、次の現場の近くの寝カフェで短い仮眠を取り、ギリギリの時間で現場に出る。
首都圏にアパートを借りる事は金の問題で出来ない。
だけど、住所と携帯電話が無くなると 今の仕事をクビになった時に仕事が受けられなくなるから支払い続けるしかない。
家の電気が滞納で止まった…大半が首都圏にいる為いらない。
水道が止まった…水道の業者は トイレ用の水の為に1滴ポタポタと出る程度の水は出してくれる。
2Lペットボトルを蛇口に付けたまま放置すれば、タダで水が手に入る。
年金の滞納が始まった…もう、受給年齢まで生きてられないから無駄。
国民健康保険…病院に行って、診察を受けて、帰る、最短でも 3時間…3600円の損失…4時間なら4800円…。
その金で、食べ物や薬を買った方が健康になれる。
そもそも このチキンレース…ぶっ倒れて病院に行ったら時給が稼げなくなって人生終了だ…よって無駄。
住民税…滞納…口座から強制徴収されるのは 1年後なので、引き落とされる時には 私は死んでいるから無駄。
奨学金…無駄…。
毎月引き落とされる口座の残高をゼロにして現金で管理する事で対応…。
家賃、無駄…。
そもそも電気も水道も止められ、家に帰っていないのに住所を得る為に毎月金を払うのは無駄。
もう面接を受けている時間も惜しい為、住所は いらない。
原付の調子が不自然しい…修理代は無駄。
原付の保険が切れた…事故れば 人生が終了するので無駄…むしろ車にでも轢かれれば、金が貰えるのに…。
寝カフェに止まるのが無駄…寝るならマックの2階席で100円で寝れる。
残りは 携帯電話、ボロい原付き、どちらも仕事に 必須の道具で、どちらかの破綻すると すべての破綻に繋がる…そこで 私の人生は終わりだ。
マックの2階には、私と同じ 目が死んでいる その日暮らしの中年男性達が100円のハンバーガーを食べて、ぐったりと寝ている。
多分、出勤時間まで起きないだろう。
そんな生活が何ヵ月か続いた。
「お隣良いですか?」
「あっはい」
背広姿で身なりの良い小柄な男性が テーブル席にノートパソコンを置いて作業をしている。
「それにしても コレ…ヒドいですね…」
男が寝に来ている中年労働者達を見て言う。
「すみません」
身窄らしい姿の私が答える。
「いえ…状況は 理解しているつもりです。
それに この状況を作っているのは 政府や高所得者です。
知っていますか?
リーマンショックで正規労働者が大量に解雇されましたが、その穴を埋める様に増えて来たのが、アルバイト…派遣労働者と、あなた達 非正規労働者です。
今では 国民の30%にもなっています。」
「30%ですか…」
「ええ…しかも、この不景気で国民が全員 貧乏になっているかと言うと そうでも無く、売り上げ自体は変わらないのに 企業の収益は 軒並み上昇…。
つまり、あなた達が得られるはずだった 人件費を削減して、企業が収益を上げたのですね。
更に…これからは、もっと辛くなります。」
「と言うと?」
「外国人労働者…いや、技能実習生ですね。
彼らは 最低賃金以下で働かせる事が出来ます。
時給にして300円。」
「は?300?」
「ええ…なので、企業はわざわざ1200円の給料を払わず、300円の外国人を大量に雇う事になります。
しかも、あなたが日本人である限り、最低賃金の問題で 自分を これ以上 安く売る事も出来ない。
文字通り 死ぬ気で奴隷の様に働かされているのに、更に安い奴隷を政府が仕入れて来るので、未来もありません。」
「………それで、それを分からせる為だけに この話をしたのですか?」
3分…60円…。
「いえ、仕事の依頼です。
私は とある非合法な組織のメンバーのスカウトを担当してまして…」
「未来が詰んだ労働者を買い叩いて、使い潰す気ですか?」
「いえいえ、それに見合った金額を出します。
1ヵ月で300万円…しかも、所得税や収入申告無しの金です。」
「300万も?
相当、危険な仕事なのですね。」
「ええ、殺しがあります。
内容は 強盗…場所は、今 選定中です。
ただ、金持ち御用達の店を襲うつもりです。
あなた方を酷使して得た金を金持ちから取返しましょう。」
男が力強く言う。
「……どうせ、遠くない未来に死ぬ命。
最後に逆転を狙えるなら…やりましょう」
「ありがとう ございます。」
「あ~その話…オレも乗らせてくれないか?」
「私も」「僕も」
マックの2階にいた浮浪者が次々と話しかけて来る。
「ええ…作戦人数には まだ余裕があります。
では、こちらの名簿に名前を…あ~本名じゃなくても構いません…呼び名が欲しいだけですから…。
住所は、マックで…得意な技能があれば この欄に…」
男は 次々と履歴書を渡して行き、男達が書いて行く。
今時 闇企業も履歴書が必要なのか…本当に しっかりとしているな…。
「へえ、あなた大型のトラックを運転出来るんですか…。
あなたを薄給で働かせるなんて、もったいない。」
「いや…」
男は 小型スキャナーで履歴書を読み取って 電子化し、ノートパソコンに入れて返す。
浮浪者が書いた履歴書の備考欄には、コーディネーターと呼ばれる男の連絡先が書かれている。
まぁコーディネーターなんて本名じゃないだろう。
「それでは 前金です。
あっこれは、報酬に含まれませんのでご安心を…。」
「3万…こんなに」
「闇事業は 特に信用が命です…違法な事をやって貰う訳ですから…。
なので、あなたの信用を私に買わせて下さい。
このお金で、ケータイ代や食べ物や薬を買って健康を整えて下さい。」
「ありがとう…」
3万円を握りしめて浮浪者達は 涙を流す。
「いえ、本来 企業なら、この位の事をして 当たり前なのです。
今までの生活が不自然しかったのです。」
「これで今月のケータイ代が払える。」「ありがたい…あんたは 命の恩人だ。」
「いえいえ、そんな…」
コーディネーターは 笑顔で言う。
「それでは 1週間後の この時間帯に また ここで会いましょう。
何かありましたら、その電話番号に連絡を…おっと、また仕事です。
では、私はこれで…」
コーディネーターは、みすぼらしい姿の私達に営業マンの様に深々と頭を下げて1階に降りて行った。