06 (守ると事故る 交通ルール)
1ヵ月後…。
徒歩での移動が大幅に減り、バイクでの移動が生活の一部となって来た。
リトルカブの操作も十分に慣れ、今日は、川口方面に足を伸ばそうとしていた。
外環下の大通りを走り、地下に続くトンネルをくぐって 外に出た所で『止まれ』の赤旗を持った警察にバイクを止められ、路肩に止めさせられる…止めさせられた路肩には原付が3台、一般の車が1台止まっている。
「そのバイク…原付ですよね?」
「はい…」
「速度45km…15kmの違反です。」
「は?いや、ここで30kmは無理でしょう…車に潰されますよ」
「ルールですから…」
「そのルールなら、ここの車、全部 制限40の所で 50km以上は 出てますが…全部違反ですよね?」
「それは 衝突を避ける為に速度を上げて、車の流れに乗っているからです。」
「その理屈が通るなら、後ろとの衝突を避ける為に スピードを上げた私も違反ではありませんよね」
「でも原付は 制限速度が 時速30kmですから…」
オレの原付を止めるなら 周りの車は 全部止められる事になるし、周りの車が止められないなら、その速度以下のオレの原付も止められない。
「ルールは ルールですから…」
その後、オレはインクを指に付けられて指紋を取られ、青切符を渡され、バイクを走らせた。
「明らかに理屈が通らない。」
その夜…。
「ははは…1ヵ月でネズミ捕りに引っかかったか…。」
「ネズミ捕り?」
「速度違反が起きそうな所で警察を配置して、違反切符を切る事…ドライバーからはネズミ捕りって呼ばれている」
「あ~そう言う事か…だが、アレで事故が減るのか?」
「絶対に減らないね…」
「?」
事故を減らす為の取り締まりなんだろう…なのに事故が減らない…矛盾している。
「そうだな…場所は?ああここか…。
そこって地下トンネルがあるだろう…」
「ああ…」
「トンネルに入る下り坂で、ブレーキを掛けないとスピードが上がるから、その速度を測定して違反切符を取るんだよ。
しかも、その後の上りで速度が落ちるから、原付で上手く上がるには 速度を上げないといけない。」
「でも、あそこで減速したら後ろの車に巻き込まれて死ぬだろう…。」
「そ、法律上は 減速して車に巻き込まれて死ぬのが正しい訳…」
「ルールを守ろうとすると、事故が発生するって そんな交通ルールがあって良いのか?」
「向こうは 罰金を取る事が目的で、事故を無くす事が目的じゃないからな…。
そうだな…あそこの攻略方法は、右側の車線に移って、スピードを上げてネズミ捕りを突っ切るのが一番…」
「それって、原付だと危険運転じゃないか?
常に左車線にいないとダメだよな…」
「そ、だけど 止めたら 危険だから警察も止められない。」
「危険運転をしているのにか?」
「止めた事が原因で、事故ったら警察の責任になるからな…」
「止まらない危険運転を推奨して、警察が止められるレベルの速度違反だけを取り締まるなんて…。」
「それがトンネル出口のネズミ捕りの えげつない所…。
原付の事故って、法定速度を守っている事が原因で 起きる事故が多いからな…。」
「何で原因が分かっているのに 法改正しないんだ?」
「その方が違反切符を多く切れるから…。
そうだな…原付が何で30kmで走らされているのか からかな…。
ホンダのカブFで検索してみな…」
スマホでカブFで検索してみる。
どんなバイクかと思って見たら後輪に赤と白のパーツが付いているだけの自転車だ。
「これが法律が制定された時の本来の原付…。
これで、当時 未舗装でガタガタ だった戦後の道路を貧弱なエンジンで 時速30kmで走らせたら、間違いなく転ぶだろう。」
「確かに…普通の自転車を改造している訳だからな。
マウンテンバイクならもっと速度が出るか?」
「まぁ多少はね…で、これとバイクと区別をつける為に原動付き自転車が生まれたって訳…。
それで、この概念を ふっ飛ばしたのがスーパーカブ…これで、基準を満たしつつ バイクっぽい見た目になって、性能も各段にあがった。」
「じゃあ 法改正されない理由は?」
「後から 時速40kmを超えた状態で衝突するとドライバーが死に易くなるって言う統計が出たから それで、10kmマージンで30kmのままになった。
ちなみに この数字にも カラクリが有って、この時代の原付は ノーヘル無免の交通違反が当たり前で、暴走族もいた時期だから、皆、頭を打って 死んでた。
これも 今は 頑丈な フルフェイスヘルメットが当たり前になったから、少なくとも死者数は 大幅に減ってる。」
「それじゃあ 30kmを守るのは正しいのか?」
「車に跳ねられて死ぬ確率は 下げられても、車に跳ねられる可能性が上がるな。
落としどころとして 時速40km前後で頑張って、速度違反は 出費として許容するしかない。
金持っている 私にとって、罰金なんて大した事は無いから いつも点数ギリギリで免許の更新するし…。」
「それで良いのかな…」
「なら、払わない手もあるぞ」
「?」
「本来 スピード違反の場合、警察が ナオを現行犯逮捕して、刑事 事件として 検察に起訴されて裁判を行い、裁判官の判決を受けると言うプロセスが必要になる。
だけど、警察に渡される 切符は『私は罪を認めます』と言う書類に指紋を押す事で、罰金を払って罪を免除するシステムになっている。」
「なら裁判を受ける事も出来る訳か?」
「いや…無視しても 裁判にならない。
起訴して裁判する手間と、原付ドライバーをスピード違反で しょっ引く手間だと、後者の方が効率が良いから…。
確か、起訴されたのは 年1回位だっけ…ちなみに、それでも 普通の金額の罰金を払って終わりだったね。」
「……良いのか?それ…」
「良くないね…でも、世の中には 支払い能力が無い、生活がカツカツの人もいるから…。
どんなに貧乏な人間でも、どんなに金持ちの人間でも 罰金の金額が同じだから こうなる。
例えば 私は犯罪をやらかして 警察にしょっ引かれても、優秀な弁護士軍団に金を払って 検察と戦う事が出来る。
しかも 例え 有罪になっても 罰金刑にして、私の貴重な時間を金で買う事が出来る。
これが金を払えない人間だと、国から経験の浅い弁護士を無料で当てられる事になって、懲役刑を受けて 刑務所にぶち込まれる。
で、やり直す為の時間も持ってかれる訳だ」
「金持ちなら多少の法律違反も許されると」
「そ、まぁ人を殺して 罰金刑だけで済む事は そうそうないけど、搦め手も含めれば、低所得者より圧倒的に有利だな。」
「それで…払った方が良いのか?」
「金に余裕があるなら 払った方が良いよ。
法律を逆手に取って やり過ぎれば、刑事が来て 起訴は されないが面倒な事になる。
『金は時なり』警察とのやり取りで消費させられる 自分の時間を金で買うんだ。」
「なるほど…金持ちの考え方だな…分かった そうしよう。」
ミハルは オレを破産させる位の時給を得ているが、忙しそうにはしていなく、バイクを運んでくれたり、相談に乗ってくれたりと無駄な時間を使ってくれている。
多分、どっかで大量な金を使ったり、金を得る機会を失って 自分の自由時間を確保しているんだ。
オレはそう思い、次の日の朝に近く公園の近くの郵便局で罰金の支払いを終えたのだった。