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05 (広がる世界)

 ミハル警備 寮、談話室

 ミハル()が寮に帰ると談話室のソファーに座ってタブレット端末を操作しているナオがいる。

 ナオは プライベートを重視するので、私達に誘われたりでもしなければ 自室にいる事が多い。

 なのに ここにいると言う事は、約束があるのか 何か問題を抱えていて相談に乗ってほしいかだ。

「うーん」

 ナオは首を傾けて唸る…あ~相談だな…。

 相手に何かしらのアプローチを求める時、ナオは 多少 オーバーリアクションをする。

『分からない』『理解出来ない』時に首を傾げるのはナオの特徴だ。

「何やっているんだ?」

 私は 陽気な声で ソファーからタブレット端末を覗き込む…そこにはバイクの車両が映っている。

「なんだ…バイクを選んでいるのか?」

「そう、給料貰って金に余裕があるから原付を買おうと思っている。

 昼休みの間に外食して帰って来るとなると、原付が必要かなって…。

 ただ バイクの種類が大量にあってな…どれを選んで良いのか…。」

「なるほど…ある程度 絞り込まないとダメなのか…。

 まぁモトコンポ(それ)は まずダメだね…。」

 ナオが見ているのは、ホンダの折り畳みが出来る原付だ。

 生産期間が短く、パーツが かなりレアとバイクとしての実用性が全く無い。

 確かに これだと初めてのバイクがヒドイ事になりかねない。

「初めてのバイクは 堅実な物を選んだ方が良い…。

 そうだな…まずはトータルコスト。

 本体価格だけじゃなく、補修部品の流通量も見ないといけない。

 レア部品が多くなれば なるほど修理コストが高くなるから…。

 後、ウチの会社は DLだけじゃなくて バイクや車両の簡易メンテも出来るんだが、ホンダの車両が多いな。」

「あ~皆 カブだもんな」

「そう、多分、カブの種類は 大体揃っているんじゃないかな…。」

「後は…ピザ屋のバイクか…」

「ジャイロキャノピーだな。

 アレは ミニカー扱いで登録しているから、厳密には 原付では無いんだけど…。」

「ミハルのバイクは?」

「私か?私は モンキーの125㏄カスタム」

「あった…コレね…。

 あ~もう そろそろ生産停止じゃん」

「そ、排ガス規制でね…。

 まっ私は 路上レースなんてしないから、当分は アレで十分なんだけど…。」

「ん?これ、駐車場に無いよな…リトルカブ?」

「ああ、タイヤが小さいタイプだな…。

 車高が低いから まだ背の低いナオでも簡単に乗れるし、タイヤが小さいから小回りが利く。

 排ガス規制に 引っかかって生産停止されるだろうが、後10年は補修パーツには 困らないだろう。

 何より、純正じゃなくて良いなら他のカブから移植も出来るしな」

「じゃあ これにする…新品と中古は?」

「中古で良いんじゃないか?」

「でも寿命が短くなるんじゃあ?」

「メーターが5万kmを越えていたら 精密点検が必要かな。

 私のモンキーの前のエンジンは 30万まで普通に持ったな。

 ちなみに前の持ち主もいるから もっと走ってる」

「そんなにか…」

「そう、ちゃんと使えば その位 普通に持つ…後は自分で整備 出来る様になる事だな。

 工賃が浮けば その分を整備費用に回せるから…。

 壊れたら この部分を改造する事も出来るし…ウチん(とこ)は カブマスターがいるからな…教わる先生としては十分だ。」

「よし、分った中古だな…。

 これかな…」

 2008年生産の排ガス規制に対応させたリトルカブの最新型か…。

 まぁ…本体代と保険を含めると20万位か…悪くない。

「ん?個人じゃなくてバイク屋か…。

 よし、なら経費で落とせるな。

 ナオのバイクを会社で仲介しよう…。

 ナオには こっちが買った後で 請求書を渡すから、その時 支払って…。

 後、会社の指定の任意保険と自賠責に入って貰うから…。」

「それも 業務提携なのか?」

「まぁ そうなんだけど、主な理由は トニー王国政府が運営している交通事故専門の保険だな。

 ウチのエアトラ、自動車、従業員の自家用車、はてはDLも 全部ここの保険だ。

 会社で大量契約しているから、1人辺りの保険単価も下げられるし、それにバイクを会社の経費で買えれば、税負担額が5%位安くなる…大きい買い物なら これは 結構デカイぞ…。」

「これは社用車なのか?オレが個人で所有しているのか?」

「ナオ自身だな…あくまで税金対策と保険を安くする為の処置だから…。」

「分かった頼む…。」

「それじゃあ、電話番号はと…はいはい…ここね。

 うわっ 千葉か…ちょっと遠いな…。

 電車で取りに行ったとしても、一般道で原付なら3時間は掛かるか?

 初めてのツーリングじゃ長すぎるし、しかも難易度が高い東京だからな~。

 よし、ワンボックスに乗せよう…これで 2時間で行って 帰って来れる。

 ガソリン代、有料道路代は ナオ持ちな…私の人件費は いいから…。

 これで 向こうに運んで貰うよりは 安くなるだろう。」

「分かった。」

 ナオがそう言うと私はバイク屋に連絡を取り、バイクの細かな確認と回収の日時を決めた。

 名目上は 会社のバイクにする事で経費で落とし、そのバイクをナオに転売する事で税金の回避が出来る。

 向こうのバイク屋も こう言う注文には慣れている様で『会社の経費で落としたい』と言っただけで、私用の車を会社の経費で落とすのだと 相手に伝わった。

 この方法は 金持ちが自分の資産を運用する為だけの会社を作り、生活費などを経費名目で落とす事により、実質の税金を免除させる方法だ。

 まぁこの国は 低所得者には 世界で一番 税負担額が高く、高所得者には世界一 税負担額が低い国だからな~。

 そんな事を思いつつ、私は自分の部屋に戻った。


 その週の日曜日(緊急時以外一応の休日)

 ナオ(オレ)とミハルは 後ろの座席を外したワンボックスカーに乗って有料道路を走らせ、千葉県のバイク屋まで行く。

「悪いな…付き合わせて…」

「別に…高速代とガソリン代は 出して貰っているし…。」

「こう言っちゃ難だが、ミハルは 金が有り余っているんだろ…ガソリン代なんて、負担にも ならないんだろうし…。」

「何だ?払いたくなかったのか?」

「いや…輸送して貰っている訳だから、経費はこっち持ちなのは 理解出来るんだが…人件費は?」

「総資産額1兆円を超える私の時給なんて請求したら、ナオが確実に破産するだろう…ガソリン代を請求したのは ナオのバイクだからだ。

 自分のバイクに発生する経費なら自分で払わないとダメ…。」

「割引は良いのか?」

「まぁね…ん?」

 ミハルの目がバックミラーを見る。

 後ろには まだバイクが積んでいないので、普通に見える。

 後ろからスポーツカーのやかましい位のエンジン音が響き渡り、ミハルは車線変更してスポーツカーに道を譲り、スポーツカーの集団が次々と加速して こちらを追い抜かして行く。

「団体さんで何処に行くんだか…。」

「多分、1周して戻って来るんじゃないか?

 アイツらは ルーレット族…走る事が目的だからな…。」

「あ~ゲームでやった、走り屋ってヤツか…まだ いるんだな…。」

 オレがそう言った次の瞬間…。

「?!?…軽トラ?」

 凄まじいエンジン音を響きかせて 隣の車線を物凄いスピードで軽トラが通り抜け、仲間のスポーツカーを追う。

「あ~アレ、多分、私の妹だな…」

「妹いたんだ。」

「まぁね…今は車の整備工場に勤めている。」

「何か普通だな…金持ちじゃないのか?」

「いや…車のパーツ、1つ1つを自作する位の車マニアだよ。

 特に アイツが造ったエンジンは 公道を走るには 過剰な位のレース仕様でな…。」

「自作で車を造るって、相当金が掛かる娯楽だな…。

 そう言えば何で軽トラ?」

「アイツは 前輪が独立懸架(インディペント)後輪駆動(FR)車軸懸架(リジット)の電子制御されていない マニュアル車が好きなんだ。」

「??」

「乗り心地は 悪いが、素直な操作…まぁ昔の方式で、スポーツカーに使う物じゃない。

 今 使われているのは 剛性が必要なトラック位…。

 で、速くするは 車体を軽量化する必要が出て来て…」

「あ~だから軽トラなのか…」

「そ、だから ホンダのアクティ…。

 まっ…フレームから炭素繊維を使って 剛性をクリアした上で500㎏まで軽量化しているから、軽トラの皮を被ったレーシングカーなんだけど…。

 それにしても あんなに かっと飛ばして、新宿の魔のカーブを曲がれるのか?」

「魔のカーブ?」

「この先の急カーブ…事故多発地域な。

 よっと…」

 遠くに赤色に塗装された道路が見えた所で、分かる位に速度を落として赤色の道路に入る。

 確かに カーブがキツイな…。

「今回は事故らなかった見たいだな…」

 レインボーブリッジに舞浜を過ぎて、高速を降りて、千葉県 千葉市のバイク屋に時間通りに到着した。

「いらっしゃいませ」

「ミハル警備の蒔苗(まきな)美春です。

 バイクを引き取りに来ました。」

「ええ…こちらに」

 店員と対面する形でオレとミハルが座り、保険契約無し、ナンバープレート無しの本体だけをオレの現金で購入して、販売証明書を貰う。

 その後 ミハル警備名義で領収書を発行して貰い、これはミハルに渡される。

 保険もナンバープレートも戻ってからなので、まだ公道を自走させる事は出来ない。

 そして、ミハルの目視による点検を終えた所で、ワンボックスカーの荷台に積み込み、ロープでしっかりと固定する。

「ん、よし それじゃあ」

「ありがとうございました~」

 店員が頭を下げる中、ワンボックスカーに乗ったオレ達は 春日部に向かって進みだした。


 その後、販売証明書を市役所に持って行って、ナンバープレートを発行して貰い、同時に販売証明書のコピーを保険会社に郵送して ひとまずは 終わり、後は 郵送されて来る自賠責の書類を受け取ればOKだ。


 そして、ナンバープレートとホームセンターから買って来た リアボックスを バイクに取り付け、ビニール包装された保険の書類をリアボックスの中に入れば、ようやく公道を走らせられる。 

 こっちの整備師曰く、タイヤが少し すり減っていて、足回りが少し不安との事…。

 オレはヘルメットを被って、リトルカブに乗り、キックペダルを勢いよく踏み込む。

 エンジンは 軽快な音を鳴らし始める。

「うん、良い調子…それじゃあ、ちょっと行ってくる」

「ああ、自分の世界を広げておいで…」

 ミハルがそう言い、オレはシフトペダルを踏んで1速に切り替え、ゆっくりと敷地から外に出た。

 例え 時速30kmの速度でも、最近昼休みに使っていた 近場の外食店を すぐに通り過ぎ、徒歩だと1時間では 行って戻って来れないショッピングモールまで行ける様になった。

 これで 飲食店のバリエーションや、生活用品の購入も容易となる。

「あ~バスと同じか…。

 本当に世界が広がった見たいだ。」

 今まで会社から500m位の範囲の店で生活していたオレが、原付のお陰でショッピングモールが近場になり、気楽に行ける様になった。

 これにより オレが使う金が増え、ショッピングモールの企業が儲けられると言う事になる。

 電車やバスなどの交通機関を普及させて客を呼び込むのと理屈は同じだ。

 移動速度が上がって世界が狭くなった…そう感じる。

 そして…バイクを持った事でトラブルも発生するのだった。

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