21 (宣戦布告)
夜…黒塗りの高級車が公園の北側に路上駐車し、南側ではワンボックスカーが止まる。
公園の街灯と月の光だけの薄暗い公園を六花と岸島が降り、向こうのワンボックスカーから降りて来た人数は6人…内 4人がアサルトライフルを持って 周囲の警戒に入り、2人が公園の中心に脚を進める。
岸島が周囲を警戒しつつ、私の後ろを歩いて来る。
「時間通りだな…冬月六花…。」
ロシアのマフィア…の日本支部のボス…アンドレイが彼の母国語のロシア語で話している。
ブロンド髪の筋肉質だが やせ型のスマートな男で、日本支部を仕切っているだけあって日本語には堪能なはずだが、あえてロシア語を使っている。
こちらに ロシア語で合わせろと言う 嫌がらせだ。
「冬月組、若頭の六花です。
本日は お時間を作って頂き、ありがとうございます。」
今の日本では 日本人同士でも日本語が通じない事が多く、中国語、ロシア語、日本語、韓国語の順で話せる割合が変わって来る。
私も日本語、英語、ロシア語、中国語の4ヵ国語を話せるので、彼に合わせる事も出来るのだが、あえて 私達が使っている日本語で話す。
「……それじゃあ、貴重なお時間を無駄にしない様に…話をとっとと進めよう。
最近、オレ達の仕事にアンタらが邪魔をしているって話を聞いてな…。
警告もかねて こうやって わざわざ話に来たんだ。
今後 オレ達の仕事を邪魔しないってんなら、それなりの見返りを出してやっても良い…この件から手を引け…。」
アンドレイが言う…。
金額は分からないが、見返りを最初から出して来る辺り、私達の活動は かなり目障りなのでしょう。
さっさと金を払って この件を解決したいと思っていると…。
「………あなたは勘違いしている様ですね。
これは 金の問題では ありません…。
あなた達は、あの地帯の裏組織を束ねている私達の領土に土足で入り込んで来た…それ自体が問題なのです…。
私達も警告です…武器輸送から手を引きなさい…さもなければ、手痛い教訓を得る事になりますよ。」
互いに母国語で話していると言うのに会話が成立している。
「はは…土足で家に上がるのは こちらの文化なもんでね…。」
ロシアに土足文化は無い…。
基本的に室内では 室内用の靴…スリッパを履く…。
こちらが向こうの文化を知らないと思ってナメている。
「こっちで調べた所、アンタらは 定期訓練を受けに半年に1度のペースで埼玉まで行っているみたいだが、あのチャチなハンドガンでオレ達に勝てるとでも…。」
アンドレイは胸を軽く叩く…中には堅い物が入っている…防弾チョッキか…。
確かに私達の武装で あの防弾チョッキを抜くのは難しい。
私達の行動が知られている見たいだが、それは当たり前だ。
こちらから情報を流しているのだから…。
今までは こちらの組の強さを見せつけて 定期的に威嚇行為をする事で、正面衝突を避けて来た。
例え 火力では向こうが上でも『戦闘になった場合、割に合わない損害を与えてやるぞ』と相手に対してアピール出来れば、相手側は損害を嫌って 攻撃をして来なくなる。
「確かに…火力はあなた方の方が上です…。
ですが、人を殺すだけなら 拳銃弾でも十分に可能です。
あなた方も突発的に死なない様に気を付けて下さい。」
「………。
フ…アンタも金を稼ぐ事が目的の日本のマフィアだろう…。
なんで、あそこに そこまで固執する?」
アンドレイが一瞬、狙撃を警戒して話を再開する。
私が1億円の大金をミハル警備に渡し、組の皆が ミハル カンパニーの寮で寝泊まりしている事も既に知られている。
つまり、幹部の物理的な排除…暗殺が狙いだ。
AKの威力が如何に強かろうが、トリガーが握られる前の最初の一撃で相手を殺してしまえば、どんな強力な武器だろうと意味が無い。
今回の会談も連絡を入れたのは こちらだが、場所の指定は むこうが して来て、周辺に高い建物が無く、木の葉で目視による狙撃が難しい この公園を選んだ時点で、アンドレイは 暗殺を警戒している事が分かる。
が、ここら辺は すべて相手の行動を制限する為のブラフで、これで向こうが 大人しくなれば 損失額が1千万で済む作戦だ。
「私達は マフィアではありません…極道…ヤクザです。
あなた方とは 根本的な思想が違うのです。
それでは…交渉決裂と言う事で、私達の縄張りを荒らした落とし前を あなた達に付けさせて貰います。
それでは…また、いずれ…。」
私が後ろを向いて去り、岸島は アンドレイを警戒しつつ 軽く礼をして私に続いた。
「良いのですか?
敵に情報を与えて…。」
車を運転してる岸島が後部座席に乗っている六花に言う。
「ええ…ミハルには 事前に連絡を入れて了承を取っています。
それに今回の目的は宣戦布告と『警備疲れ』を発生させる為の作戦行動です。」
「なるほど…」
これから敵の警備は厳しくなり、攻め落とすのは ますます難しくなるだろう。
だが、こちらが いつまで経っても攻めてこないとなると いつまでも最高品質の警戒が出来ず、次第に警戒が緩み あちこちで綻びが出てくる。
しかも、脅しやハッタリだと思わせる事が出来るなら、更に作戦の成功率が上がる。
敵に私達の攻撃を警戒させて防御を固めさせ、その稼いだ時間を使ってこちらの戦力の増強に努める。
奴らが こちらの事務所に攻撃して来ると現状の戦力では対処が難しい為、この手が最善に思える。
「さて、ミハル…時間は 確保しましたよ…。
如何いう作戦を立てるのでしょう。」
バックミラーで後部座席を見ると 若頭がこの状況で笑みを浮かべている事に気付き、私は視線を戻して運転に集中した。