19 (敵情 偵察)
「これから敵地に行こうってのに…銃を持っていないって…何かな…。」
高速道路を走っている小型トラックの助手席に座っているナオは窓枠にヒジを付いて 運転席のグローリーに言う。
2人とも緑色の作業服を着ていて、白い猫が箒に乗って飛んでいる姿がプリントされた 帽子を被っている。
先日、装甲を張り替えた トラックの荷台の装甲にも白い猫がプリントされていて、まるで宅配便の業者のようだ。
今日の仕事は『シロネコ宅配便』の配達車両に擬装して、ロシアンマフィアの事務所を偵察する事だ。
敵地の状況が分からなければ どんな優秀な兵士だろうと十分な性能を発揮する事が出来ない。
敵地の情報があれば それを元に作戦を組み立てて、効率良く攻撃が出来るが、情報が無ければ 場当たり的な対応を取るしか無く、相手側に主導権を渡す事になる。
オレが機動隊 相手にあそこまで狩れたのも 2年半学校に登校して何処に何が有るのか 完全に知り尽くして常に主導権を維持していたからだ。
戦場の状況を知っているか 知らないかで、それだけの影響が出てくる。
「一応、後ろの金庫に入れてありますが、撃つならミハル警備の作業服と防弾チョッキを着がえないとな~」
「服の中に隠し持つ位なら…。」
「いや…その服で敵を撃ったら、シロネコさんに迷惑が かかるでしょ…。
それにそんな事したら僕達は便衣兵になってまう。」
「便衣兵?」
「民間人に偽装して破壊活動を行う隠れ戦闘員の事…便衣ってのは平服って意味…。
で、民間人に紛れた 便衣兵がいるって意識が 敵、味方共に蔓延すると『疑わしいから 念のため 殺しておこう』とか考えだしたりして、本当の民間人に多大な犠牲が出る。
なので、銃を撃つ 戦闘員としては 一番やっちゃいけない外道行為で、これをやった奴は あらゆる人権が尊重されない。
捕虜になれるかは 向こうの気分次第だし、裁判無しで頭を撃ち抜かれても文句言えない。」
「確か…ハーグだっけ?ジュネーブだっけ?」
「どっちも、つまり、僕達がこの服で銃を撃っちまうと、シロネコ宅配便の従業員の中に 敵対勢力が紛れているって相手に思われる訳…。
その後にシロネコさんが殺られたら マズイでしょう?」
「なら、何で こんなミハルは この方法を選んだんだ?」
「今回は偵察だけで 戦闘は一切しないから、後、場所が車の通行量の少ない田舎だから、怪しい車両が来たら すぐに気付く。
だけど、シロネコさんなら、ネット通販を使っている所なら 何処でも見かける車だからな…。」
「あ~Tensonか…。」
「そう言う事。」
Tensonは、天尊カンパニーと言う ネット回線などのインフラやネットショップを中心に活動している会社の通販サイトだ。
当時 日本人が関心が無かった インターネットインフラを破産しかけてまで投資し続けて、日本のPC、ケータイ、スマホの普及に貢献した。
そして、その後のコンテンツ提供で莫大な利益を手に入れ、世界中に ネットインフラを構築し続けた 今となっては 先進国の国家予算並みの金が動いていると言われている。
高速を降りると 周辺の景色に 緑が多くなり、雪対策の為の縦型の信号が見える。
雪に屋根を潰されない為だろう…屋根が急角度に作られていて、雪が積もると重量で落ちる仕組みになっている。
この光景から ここが豪雪地帯だと言う事が分かるだが、当然 今の時期は雪が無い。
「よし、ここだ。
1分止まる…その間にしっかりと見ておけ」
グローリーが指で事務所を指して、目立たず ハザードランプをつけて ゆっくりと止まる。
ポケットからスマホを取り出して耳に当て、停車してスマホで連絡を取って言う風を装う。
オレは グローリーの後ろの事務所を見る。
周りの建物が 木造住宅の一軒家の建物が殆どの この地域で、景観をぶち壊している コンクリート製の3階建ての建物で、コンクリート製の垣根で見えないが 広い庭もあり、敷地 面積は それなりに大きい。
出入口は 詰め所があり、歩兵が2名…銃の類は見えない。
窓ガラスが 2階と3階に各3枚3セットずつあり、6部屋…後ろも同じだとするなら12部屋か…。
気になったのは 窓の位置が 通常なら股か腰位までの高さなのだが、胸 辺りまで高くなっている事だ。
更に屋上は 豪雪地帯だと言うのに平べったく、転落防止の為か やはり胸の下あたりまで、コンクリートの壁で覆われている。
1分が過ぎ、電話が終わった設定のグローリーが、ハザードランプを消して、トラックをゆっくりと走らせる。
そして 事務所から200m程進んだところで、左折して 再び ハザードランプを出して路肩にトラックを止める。
「如何見る?」
グローリーがオレに聞く。
「うーん 別の角度からも見たいけど、まぁ要塞かな…。
敵の戦術は 2階と3階の窓を開けて、下の敵にライフル弾の雨を降らせる感じかな…。
しかも普通の窓より位置が高い…胸辺りまでかな…となると下から撃った場合、コンクリートの壁で胸を守る形になってるか?
後バイポット付け やすそうか~思ってくらいかな…。」
「細かい所まで よく見ていますね…。」
「でしょ…まずは 事務所の周りを周って狙撃出来る位置の確認かな…。
このままだと、事務所の中に入る前に蜂の巣状態になるしな…。」
グローリーがトラックを低速で走らせ、事務所を狙える位置を探すが、何処も射線に民家があり、1、2階は撃てず 屋上は撃てる状態だ。
多分、狙撃兵がいた場合は屋上からだな…。
で、こちらからの遠距離の狙撃を封じて、近距離からの突入をすると蜂の巣になると…。
で、無事突入出来たとしても3階に行くまでの廊下で集中砲火を受けてロクに回避出来ずに死亡と…。
まるで、タワーディフェンスゲームだな…。
ミハルの注文通り、こちらに死者を出さず、相手は殺さず、で 3階まで辿り着くのは 非常に難しい…いや不可能か?
オレが持って来たメモ帳に攻略情報を書いて行くが、正面からの突入しか取れる手段が無く、全然攻略になっていない。
「なるほど…こりゃ確かに死者が出ますね。
1億円案件も納得…。
さてと…」
グローリーは ケースから折り畳まれたドローンを取り出す。
「あれ?ドローンって法律で禁止されていなかった?」
確か、1年半位前に皇居に自爆ドローンが突っ込んだ事が原因で全面禁止されたはずだ。
「いや…大幅規制ですね。
一般ユーザーからすれば 実質の禁止でしょうけど…。
100gを超えたらドローンの機体申請に手数料…。
毎回の飛行許可書に手数料と、面倒な書類提出に多額の手数料…数回飛ばせば 本体代超えてしまいます…。
で、今後 動かすには国家資格が必要になって来る らしいしね…この面倒さから日本のドローンユーザーが皆消えちまいました。
で、ユーザーが消えると商売に成り立たないから、ドローン企業が日本から撤退…と、新しい技術は 取りあえず規制して、市場を吹っ飛ばすのがこの国ですからね…。
まぁ法律を破る人に対しては 規制なんて意味が無いんだけど…。
ちなみに僕のは 申請無しのカスタム品、まぁバレても50万以下の罰金ですからね~っと…。」
グローリーがトラックを降りて荷台を開ける…そこにはドラムのユイがいる。
グローリーはベットに座って、ドローンを飛ばす。
「ユイの電波出力で操作する事で、通信可能距離は500mまで上がる。
モニタはここ…。」
普段 ユイの顔文字が描かれているディスプレイにはドローンのカメラ映像が映し出されている。
「静穏性に優れていて カメラも高性能、収音マイク付きで 盗撮に向いてますね…。」
「自爆機能は?」
「作った事もあるけど、量産出来ないから任務の度に使えなくなるのは 面倒…コイツは偵察とかユイの射撃観測に使うヤツですね…。
稼働時間は1時間…充電時間は3時間程度…。
3基持って来ていますから ローテーションで行きます。」
「分かった。」
USB式のゲームコントローラー通称 箱コンをユイに繋いで間接操作を始める。
ドローンは 200m先の事務所に到着し、建物を撮影して映像に記録して行く。
「ワンボックスが3…8人乗りだから24人…。
ここは 歩きじゃ難しい事から もう一台増えて32人位だろう。」
「駐車場のスペースで考えるなら軽自動車がもう一台入れられるかな…。
バイクがあるなら、もう少しは行くでしょうが 見つかりませんね。
さて、慎重に敷地内に入りますよ…。」
グローリーがコントローラーを前に傾け、ドローンが傾き、ユイがドローンへの入力指示を調整している為、スムーズに移動する。
事務所の窓はカーテンが かかっておらず、中の内装も しっかりと見える…狙撃ポイントを封じているからだろう…日当たりも良く、このマフィアの好みと言う可能性もある。
「おっここに住んでいるのか…。」
グローリーが言いオレが画面を見る。
「個室がいくつかあるが、私物が見えないので 長期的に住んでる訳じゃないな…豪華な仮眠室と言った所か?」
オレが言う。
「そう考えますか…。」
窓ガラスは 四方に配置されていて、窓を開ければどの方向からでも撃てる…が、逆に言うなら ドローンを使って窓の中を見れば、施設内の大半の配置が分かる。
「あっここ…廊下と階段の幅が狭い…90cm…2人が すれ違える位?
突入時の回避スペースがないですね…。
で、動かないから狙いやすいと…。」
学校なら1.8m…建物の規模から考えて1.2m位が妥当なはずだが 90cmと狭い…と言う事は 意図して設計を変えたと言う事だ。
「でも、それは向こう側も同じだろう。」
「ここ…防弾シールドが見えます…盾持ちが使う見たいですね。
死者を数人出す前提だったら向こうが圧倒的に優勢です。
この状況なら破片手榴弾が有効なんですが…。」
破片手榴弾なら曲がり角から放り込めば、逃げるスペースが無いので即死を取れる。
「注文は 非殺傷だからな…。
あった…ここが親玉の場所だな…3階の真ん中。」
「その向かいの部屋が銃と弾薬室」
弾薬箱が6×2の12箱 重ねて積まれていて、ラベルには『7.62x39mm』と書かれている。
「うわっ5.56mm NATOじゃねぇ…威力が高いヤツじゃん…。」
「民間に流通しているのは 5.56mmだから、自分達用ですかね?
ライフルの数は12…形はAKぽいんだけど、これは専門家に聞かないとな~。
おっ9パラの弾薬箱を発見、現場で補給が出来ますね…。
他には弾が無さそうだから、敵のメインは7.62x39mm…サブが9x19mmパラベララム弾かな。
他は…無さそうですね。」
「後は…屋上…手すりがコンクリートなのは 立射で撃つ為だよな…。
ここからなら周辺の建物まで射線を確保出来るな…。
偵察はこの位か?」
「後は、メンバーの顔が欲しい。
まだ稼働時間はあるよな…。」
「ああ…帰りの分を考えると 偵察時間は残り10分…。
ギリギリまで撮影してみる。」
その後、10分間撮影を続けドローンを回収して、1時間程 追っ手の確認の為、ドライブした後…高速に乗り、会社に戻って行った。