17 (外注契約)
応接室
コンコンコン
「どーぞ」
「失礼します。」
ミハルの声に六花が答えるとドアを開ける。
応接室には 左右にソファーがあり 上手下手が無く、双方対等な立場で座れる様に配置してある。
窓側から見て右側には 先ほど私が呼んだ ユキナが既に座っていて、左側に冬月組の若頭の六花と若頭補佐の岸島が礼をして座り、私も窓際の社長のデスクからユキナの隣に座る。
「お久しぶりですお嬢…」
「ああ…岸島も元気そうで良かった。」
ユキナが岸島の左手小指を見る。
小指は第二関節より先が無く、指詰めされた事が分かる。
ユキナの本名は 冬月 雪那…ここにいる六花の実の姉となる。
2人の容姿は全く違い、ユキナが肩幅が広い筋肉質なのに対して、六花はスラっとした体型に ビジネススーツを着こなし、あちこちが細く柔らかい。
冬月組の組長は 世襲制であり、組長の子供の長男が若頭になって のちの組長になるのだが、産まれた2人は女児だった。
姉は、武に秀でていて、荒事をこなす構成員としては非常に優秀だが、組を率いる能力には乏しく、若頭には 向いていない。
妹は、文に秀でていて、荒事は 出来ないが、組織の運営、人心掌握に優れていて、若頭に向いている。
なので、本来なら 六花が若頭になり、そのボディガードをユキナが担当するのがスジなのだが、ユキナが自衛隊に入隊してしまった為、幼少期から2人の信頼の厚かった岸島が若頭補佐として六花の護衛に付いている。
そして、岸島の欠損した小指は ユキナの無茶を通す為に使われた物だ。
「それで、半年に1度の定期訓練が 何故3ヵ月に?」
「こちらを…。」
六花が紙の書類を私に渡す。
「なるほど…ロシアンマフィアか…。」
「ええ…今までは 定期訓練を行い その情報を流す事で、こちらの武力を誇示して争いを避けて来ましたが…。
ロシアからの密輸銃を大量に仕入れた事で戦力が増加…。
しかも、民間に銃を売りさばいている為、私達の縄張りの治安が悪化しています。
その為、ご協力を願いたいのです。」
確かにヤバイ案件だ。
日本への銃の密輸ルートは 大きく分けて フィリピン、ロシア、中国の3ルート。
フィリピンルートは、私達や日本のカクザが利用しているルートで、拳銃弾を使う ハンドガンや サブマシンガンなどの自衛目的の銃がメインだ。
ロシアルートは AKなどのアサルトライフルが主流で、攻撃力が強く、主に好戦的な海外組織で使われる。
しかも更に厄介な事は、アサルトライフルの発砲事件が増える度に 日本の銃規制が厳しくなり、正規銃持ちは 法律でガンガン縛られて火力制限され、法律をガン無視して使っている側は ガンガン撃てる状況になってしまっている。
ちなみに 日本では厳しい審査をクリアして 銃の所持許可を取った後 最初にショットガンから入って、10年後にやっと単発式のライフルが使用できるが、狩猟目的であり、人には撃てない。
私の会社みたいに合法的に銃で人を撃てる人は この国には極端に少ない。
その為、民間でも自衛の為に銃を不法所持する人が増加し、更に発砲事件の増加…治安悪化と負の連鎖が続く。
そして、一番厄介な中国ルートは 他の会社の名作銃をコピーして相手国に安価で大量に売りさばく事で、相手国の治安を悪化をさせて 国を機能不全にする 内政荒らし行為だ。
それと コピー元の名銃の購入者を激減させ、銃器メーカーを経営不振に陥れて開発を停滞させる事で、最終的には 相手国の陸軍を弱体化に繋げる事も出来る。
「確かに、敵の装備からすると火力不足か…。」
ガバメントに使用する.45ACP弾が838J…。
向こうが使うAKは 5.56x45mm NATO弾仕様で1679J…比較するとおおよそ2倍の威力の違いがある。
しかも、ガバメントが総弾数が8発のオートマチックで 向こうは30発のフルオート対応…。
武器の性能では如何考えても負けている。
とは言え、フルオート対応の銃が使えれば 戦略次第で 覆せるレベルだ。
「場所は…ロシアンマフィアの中規模施設か…。」
末端の事務所では無く、武器と幹部が集まる場所だ。
ここの機能を停止すれば 末端が壊死し、組織もいくらか 大人しくなるだろう。
想定規模は 30人程度か…ユキナ達の荒事用のA部隊で 十分行ける。
「いや…なんだ この注文…殺せないのか?」
「ええ…敵を皆殺しにした場合、更に上のマフィアが 自分達のメンツを保つ為に報復行動を起こすでしょう。
なので、これは あくまで警告…人死には可能な限り出さないで頂きたい。」
敵は無力化して拘束するより、殺して動かなくしてしまった方が面倒が無い…。
こっちは 仕留めた敵が攻撃して来る可能性を常に警戒しないと いけないからだ。
これは結構 難しい注文だ。
「ゴム弾を使えば如何にかなるが、あくまで低致死性…。
当たり所が悪ければ 病院に搬送しないと 死ぬ事も十分にある。」
統計から病院送りになる数字を確率で割り出も出来るが…。
「殺さない理由 他には?」
「中国です…ロシアンマフィアが壊滅しても 銃の需要自体は無くならないので、今度は 中国マフィアが住民に同じことをやるでしょう…。
なので、ロシアンマフィアの銃の供給をある程度 こちらで管理出来るようにしたいのです。」
「つまり、武力を用いてロシア側と同盟を結ぼうって事か…。」
「ええ…そうです。」
「う~ん 理屈は通っているし、やるだけの価値はあるか…。
それで、金は?」
今回の案件は、こちらの安全を確保して尚且つ注文にも応えるとなると、非常に経費が掛かる…ある程度吹っ掛けないと赤字コースだ。
「こちらに…岸島」
「はい」
岸島が 持って来たアタッシュケースをテーブルに置き、開ける…そこには大量の札束が入っている。
「経費込みで1億…注文の難易度が高い事は こちらも承知しています。
なので、それに見合うだけの金を支払いましょう。」
「それだけの金…冬月組の規模から考えるに相当にキツイ金額じゃないか?…いいのか リッカ?」
私の隣に座るユキナが六花に言う。
「確かに私達の組織で1億は大きい…ただ 今後の損失金額を考えるなら、ここはシッカリと金を掛けた方が良い…と、判断しました。」
「猶予は?」
「1ヵ月を予定しています…。
遅らせる事も出来ますが 1ヵ月半は 許容 出来ません。」
「ふむ……そちらが出せる戦力は 銃砲店に送った20人か?」
「ええ…室内戦では 数が多いと 出入口で詰まって撃たれますので 戦える組員の数が絞られます。
なので優秀な20人を選ばせて貰いました。」
構成員の事をよく知っている岸島が答える。
「その20人…1ヵ月預かれるか?
今後、ロシアンマフィアと対等にやって行くなら、それ相応の訓練が必要になる…戦力が拮抗していない交渉なんて無意味だからな…。」
「ええ…泊りがけは 折り込み済みです。
着替えも用意して来てますし…。」
「相変わらず、優秀だな…。
分かった…前金で1000万、成功報酬で残りの9000万…。
作戦に必要な経費は 全部 こちらで持つ…これで如何だ?」
「ええ…それで構いません。」
「で、契約の書類を作りたいんだが、如何 言う形にする?」
表向き 暴力団との契約は出来ない…向こうも書類を残したくないだろう。
かと言って口約束だけで、これだけの難易度の依頼と大量の金を動かすのも問題だ。
「堅気の冬月警備からの外注を受けたと言う事で処理して下さい。」
冬月警備は 冬月組の関係者が設立した警備会社だが、工事現場の交通整理やサッカー場の警備などを 主にやっている会社で、組の施設を 一般企業と警備契約をする形で 守ってる。
「分かった…契約書はと…。」
私がデスクのパソコンに契約内容を打ち込んで 契約書をプリントアウト。
名目としては 冬月警備で 銃が必要な警備が必要になり、武装警備会社であるミハル警備に外注したと言う形だ。
基本的に金の流れが分かっていれば 大丈夫なので、詳しい事までは書かない。
ユキナが私の机の引き出しからデジカメを取り出す。
プリントアウトした契約書を六花に渡し、六花がサイン…それに、小刀と取り出し、自分の親指の皮を切って契約書に押し付けた…血判だ。
これにより、向こう側の本気度が分かる。
私は血が出ないので サインだけを行い、バインダーに挟んで契約が成立。
ユキナがカメラを構える中、六花が立ち上がり、右手を出す…契約の握手だ。
私も立ち上がり、握手をして私達は カメラの方向を向く…。
その後ろで 岸島が バインダーで挟んだ契約書をカメラに見える様に私達の間に入る。
「はい 行きますよ…」
カシャッ。
契約の握手と契約書を一枚の写真で撮影した。
これで正式に契約成立だ。
私は 契約書と写真をスキャナーでデータ化して保存。
紙の契約書はファイルに入れて本棚に入れる。
「さて、私は行くよ…。
姉妹で話す事があるなら ご自由にどーぞ」
私は そう言うと、3人を残して 応接室から退室した。