須藤奈々子の不安
十条穂華がアイテムを預けて帰ったのを確認すると、須藤はクラスチェンジオーブやスキルクリスタルをオークションに出品する為の準備に取り掛かる。
オークションに出品するには一般のハンターには権限がない。
オークションに出品出来る権限があるのはJHAの専属マスターアドバイザーの資格を有している職員のみが可能となっている。
勿論その資格を須藤は持っているので十条穂華がダンジョンから得たアイテムをオークションに賭けれるのだ。
十条穂華から鑑定結果を聞いていたが、JHA公認の鑑定ではないので、後日再鑑定してから落札者に輸送又は受け取りに来てもらう事になっている。
須藤はオフィスに戻るとデスクに座りPCの電源を入れた。
ディスプレイの右端に、1通のメールが届いた事を知らせるアイコンが点滅しており、メールの差出人を確認すると嫌な予感がした。
「何で私の社用アドレスを知ってるのよ……」
差出人の名前は見覚えがあるというより、よく知っている人物だった。
スマホの番号やアドレス、チャットIDは教えてはおらず、社用メールアドレスを何処で手に入れたかは謎だった。
しかし、何度か名刺は配った記憶があるのでそこから漏れた可能性もあり、須藤は溜息を吐きながらもセキュリティチェックを済ませると、メールの中身を確認する。
『今夜空いてない? 久々に君を食事に誘いたいのだけどどうかな? 君は僕に会いたくないのは知ってるけど、僕は会いたいんだ。渡したい物もあるしね。――追伸、魔法少女について面白い情報を手に入れたんだ。興味ない?』
メールの最後には魔法少女を匂わせる内容と電話番号が記載されていた。
正直、この番号には掛けたくない。……メールの内容からは意図は読み取れないが、魔法少女について何か知っている可能性がある。
「仕方ないわね……会うだけあって話を聞き出してみようかしら……」
須藤は日報を仕上げ、早めに業務を終わらせようとすると背後から声を掛けられた。
振り返ってその人物の姿を確認すると、肱川部長だった。
最近は忙しいのか肱川部長はJHA本部に足を運んでいるらしく、渋谷ダンジョンセンターにあまり顔を出していなかった。
「よう須藤、専属契約した十条穂華が来たらしいな」
「はい、アイテムを納品してお帰りになられましたよ」
「お前の報告書は読んだが、十条穂華は渋谷ナンバーズとは関係は無い、で確定だな?」
「はい。そうですね、十条穂華は暴行を加えられそうになり逃走。その後の捜査中の2人の行方は不明です。十中八九死亡したかと」
「十条穂華が殺した可能性は?」
「……レベル1のポーターに何もできませんよ」
「まあそうだな。この件はこれでお終いだな。次は十条穂華にアイテムを渡してる奴の特定をやってもらえるか? 上がかなり興味を持っている。もしかしたら巷の噂の魔法少女のポーターかもしれないし、違法行為を行って高価なアイテムを集めてる可能性もある。頼んだぞ」
「わかりました」
肱川は踵を返すとオフィスから出ていく。その後ろ姿を見ながら須藤は深い溜息を吐いた。
「はあ〜〜」
ここ最近溜息しか吐いていない自分に気がつく。
それもこれも十条穂華が魔法少女だった事を始め、様々な高価なアイテムを納品してくれるので、その溜息は幸せの溜息なのだが……肱川部長のように面倒を押し付けられた時は、幸せが逃げてしまう溜息が出てしまう。
また面倒くさい仕事を頼まれたなと頭が痛くなる思いだが、正直この仕事は未達成のまま終わる事が確定だ。
十条穂華自身がアイテムを集め売りに来ているので、須藤はこの事実を報告するつもりもないし、公にする事も考えていない。
彼女は友達であり須藤にとっても大切な存在だと認識している。
退屈な日常から刺激的な毎日が送れるようになったのも十条穂華のお陰だし、収入も増えて大変満足しているので、わざわざそんな生活を壊す真似をするばずもない。
「ってこんな時間……。仕方ない、電話掛けてみて都合が合わなければそれでいいか」
スマホを取り出し、先程のメールに書かれていた番号に電話をすると、久し振り聞く男の声が聞こえる。
《神峰です》
「……須藤です。メール読みました」
耳元から聞こえる男の声に、自身の心音が高鳴るのが分かる。
別に期待もしていないし、須藤にとっては忘れたい過去のひとつである。
《メールを見てくれてありがとう。返事をくれるなんて嬉しいね》
「それで、用件は何?」
《今空いてる? 渋谷ダンジョンセンターにいるなら、迎えに行くけど》
「……渋谷ダンジョンセンターに居るわ」
《なら10分後迎えに行くね》
プツッと通話が切れると、光る液晶画面に視線を落とす。
「はぁ……私何やってるんだろ」
またひとつ幸せが逃げる溜息を吐く。
デスク周りを整理しPCから退勤処理を行うとダンジョンセンターの裏手に周る。
そしてきっちり10分経つと、黒塗りの外車が須藤の目の前に停まった。
助手席からスーツの女が出て来ると、後部座席のドアを開け、須藤に対して車に乗るように促す。
須藤は無言で黒塗りの外車に乗り込むと、よく知った顔と声の男が笑顔で須藤を出迎えた。
「やあ、奈々子久し振りだね。6年ぶり? だけど、当時と変わらないね」
「そ、そう? ありがとうございます」
若返りの実を3つ食べて26歳だった須藤は、肉体年齢が21〜22歳にまで戻っていた。
「当時のミスコンファイナリストの時と変わらないんじゃない?」
「やめて下さいそんな昔の話」
「いやいや本当さ、当時僕達はまだ青かったからね。今ならちゃんと大人の付き合いが出来そうじゃない?」
「会って早々口説くのですか? 随分とがっつきますね」
「おっと失礼。僕としたことが早とちりをしたね。まずは移動してからにしようか」
車は須藤を乗せ暫く走ると、新宿のとあるビルの前に停まった。
そのビルはいっ見普通のビルに見えるのだが、監視カメラや厳重なセキュリティの先にあった物は……。
「カジノ……」
「カジノに興味ある? 勿論お金は賭けていないから違法じゃないよ」
(その割には厳重なセキュリティと客層がね……)
辺りを見渡すとガラの悪い男達が多く、カタギに見えない人や武装した人が散見される。
そしてエレベーターに乗り、上の階に上がるとオシャレなバーに案内された。
須藤と神峰はバーカウンターの席に着き、お酒を注文すると、神峰がまるで恋人と語り合うのような口調で話し出す。
「こうやって2人になるのも久し振りだね」
「……」
「まだあの時の事で怒っているのかい」
「……貴方を見ると思い出すからよ」
「僕もアイツが夢に出て来るくらい後悔しているよ」
「……」
今から6年前、ダンジョンが開放されて4年が経過した頃、須藤奈々子と神峰奏司、そして森本光将の3人はパーティーを組んでいた。
お互い同じ大学で、ダンジョンサークルで知り合った中だ。
須藤から見れば神峰と森本は2つ上の先輩で、サークルを通じて仲良くなり、大学生活を謳歌していた。しかしそんな楽しい大学生生活に突然の悲劇が襲う。
当時10人でダンジョンを攻略していた須藤は、ダンジョン内を探索中に謎の球体に出遭った。
その赤い球体は突然触手を伸ばしたかと思うと、次々とサークルの仲間達を虐殺し始めたのだ。
圧倒的な強さの前に須藤達は直ぐに撤退を決意するが、森本は動かなかったのだ。
「森本君! 早く逃げて!」
「俺が殿をする! 神峰! 須藤を頼んだぞ!」
「格好つけるんてお前らしくないね……必ず帰って来るんだぞ!」
「……ああ!」
「嫌よ! 私も戦うわ!」
森本と残ろうとする須藤に対して神峰は、鳩尾に重い拳を放つ。
「うっ! ……も…りもとくん……」
薄れゆく意識の中で森本の姿を見たのはそれが最期だった――
バーテンダーが須藤の前にレッドアイを静かに置くと、それを一気に飲み干す。
「おいおい大丈夫かい? そんなにお酒強くないだろ?」
「最近色々あって疲れてるんです。マスター、おかわり頂戴」
マスターは黙って空いたグラスを下げ、再度レッドアイを作り始める。
店内のBGMは落ち着いたジャズが流れており、須藤はここのバーが少し気に入って来た。隣の神峰がいなければ最高なのだが。
「あ、そうだ君に渡したい物があったんだ」
神峰が懐からひとつの赤い石が付いた腕輪を取り出し、須藤に見せる。
その石の色は、モンスターから取れる魔石に良く似た物だっだ、その割には綺麗に磨かれているように見える。
「これは?」
「僕の会社で作っている物で、魔物から取れる魔石を使って凄い物を作ったんだ。これはね魔石のエネルギーを開放して肉体を強化する事が出来るんだ」
ブースター系のスキルやダンジョン産のアクセサリーにも似たような効果がある事は知っている。
この石が一般に出回れば、スキルを持たない者でも同じ効果が得られる。そうなればきっと、ダンジョン攻略の効率も上がるし、死亡率も下がって良い事尽くめだ。
「燃料以外にも使えたのですね」
「そうそう、もうダンジョンには行かないでしょ? 護身用にどうぞ」
「いえ、要らないです。他の人にあげて下さい」
「……そっか残念」
言葉ではそう言ってるが神峰は断られる事を想定していのたか、笑顔は崩さない。むしろ笑顔が深まった気がする。
これ以上話しても時間の無駄だと感じた須藤は魔法少女について神峰に質問した。
「ところで魔法少女について何か知ってるとメールには書かれていましたけど、それを教えて下さい」
「あ、そっちが本命? 実はね、とある情報筋からの話しだと、魔法少女には秘密があってね、ナヴァトラナと呼ばれる物があるらしいんだ」
「ナヴァトラナ?」
「そうナヴァトラナ。その宝石はどんな願いをも叶えてくれるらしいよ。それこそ死者を蘇らせる事も……ね」
ナヴァトラナ。
十条穂華やルル様からもそのような話は聞いた事がない。
あの2人が話してない可能性もあるし、隠している事も考えられる。
十条穂華が何故ダンジョンに潜るのかも謎だ。
両親は十条グループの会社を経営しているし、十条穂華自身も既に30億円以上稼いでいるので、無理にダンジョンへ潜る必要もないので何か目的があるはずである。
須藤が物思いに耽ると、神峰が徐に須藤の手に手を乗せた。
「テレビで見たけど、奈々子は魔法少女と話したことがあるよね? コンタクトとれない?」
「……あの時は警察に通報要請をお願いされただけです」
「君の権限で魔法少女を特定できないかな? そうすれば森本を蘇らせる事も出来ると思うんだ」
須藤は神峰の手を這い除けると席を立ち上がった。
「今日は帰ります。……森本君は死んだの、私達が生き残る為に置いていってしまったんです。今更生き返らせて、私達はどんな顔を見せれば良いんですか?」
「……」
神峰は押し黙ると席を立ち、須藤の横に並ぶ。
「送って行くよ」
「大丈夫ですタクシーで帰りますから」
「また連絡するよ」
「もう連絡してこないで。さようなら」
須藤は振り返ることなくバーから出ようとすると、バーの入口からひとりの男が入って来た。
その男は見た目からでも分かるくらい悪そうな見た目をしており、スキンヘッドが特徴の大男に須藤は見覚えがあった。
(あれは……渋谷ナンバーズ1位の不二木嵐斗? 何故ここに?)
その佇まいからダンジョンランカー特有の強者のオーラを身に纏っているのが分かる。
渋谷ナンバーズのトップ3は1,000位以内に入っている実力者だ。
そんな彼らは、先の渋谷の事件で分解し鳴りを潜めていた筈だが……。
「神峰さんが来てるって聞いたんで」
「やあ不二木君、奥の部屋で待っててくれ」
神峰がそう言うと不二木がバーの奥にある個室に入って行く。
(あの渋谷ナンバーズの不二木が神峰と何の接点が? あまり良い傾向ではなさそうね)
須藤は一抹の不安を抱くと、足早にバーから出て行く。
その姿を神峰は不敵な笑みを浮かべて見ていた。
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