ケルビンと中のモノ
ユグドラシルの塔70層。
既に攻略済みだけど、私と奈々子ちゃんとルル様、そして、Chrome Tempestの3人がここにやって来た。
レイド・竜王討伐戦開始まで後6時間を切ったところで、フル装備で集まってもらっている。
ダンジョンを攻略する為に来た訳でもないし、モンスターを狩る為でもない、ましてやウォーミングアップをするには少し早い。
今回彼らに集まって貰ったのは、今朝、カナリアさんと謎の人型モンスターが話していた内容の真実を聞き出す為だ。
ルル様はふわふわと浮かんだ謎のぬいぐるみ見えるが、今日のルル様は普段とは違う。
その身に纏うオーラは紅いダンジョンゲートから出て来る強力なボスモンスターの圧を感じる。
「お主達をここに呼んだのは、お主達の目的を知る為だ。嘘偽りを言うようなら、レイドには参加させるつもりはない」
「ちょっと、どう言う事よ! レイドに誘ったのはルル、貴方でしょ?」
「そうだぜ? 強いて俺達の目的を言うなら、マイクが言っていたように、マジカルガールが欲しいって事だぜ?」
「…………」
マイクさんは着物の中に片腕を入れた状態で微動だにしない、ただ目を細くし話をじっくり聞く為に耳を傾けている。
「この中に、神峰奏司が使役しているモンスターと関わりがある者はいるか?」
「「…………」」
ルル様の質問に、皆が黙る。
「カミネソウシってアレよね、先の魔道具の事件を起こしたと言われている人物よね? もしかして、私達がその人物とグルだと思っている訳? 何の証拠があってそんな事を言っているの? 冗談でも許されないわよ」
メアリーさんの魔力濃度が上がる。
一部の魔法系スキルが発動した事が分かる。
これはいつでも攻撃できるぞ! という、攻撃意思表示でもある。
「ほのりんよ」
「はい」
私はスマホを取り出し、再生ボタンを押すと……、
《――ケルビンを最初に充てがおうとしましたが、どうやらマイクが好みだったらしく、上手くいきませんでした》
《ま、しょうがないわね。別のプランで行くから気にしないで》
《はい》
《しばらく私は富士の研究所に籠もるから、貴女はそのまま監視をよろしく》
《? 富士ですか?》
《そうよ。大詰めの仕事が残ってるのよ》
《そうですか。分かりました、このまま任務を続行します――》
スマホの再生停止ボタンを止めると、メアリーさんの表情が暗くなる。
「その声はカナリア=フレーマーね……」
「ええ、今朝、ホテルの前を通りかかった時、カナリアさんと人間と見分けがつかない謎のモンスターが、今の会話をしておりました」
メアリーさんがケルビンさんに振り返り、録音された内容について説明を求めようとした瞬間――。
「あー、早速別のプランでいくしかねぇーな……っとあぶね!」
マイクさんの居合斬りが音も無く放つ。
ケルビンさんは盾で斬撃を防ぎ、私達から素早く距離を取る。
「ケルビン、説明しろ。場合によっては刀の錆にしてくれる」
「おーこわ。今回はガチなヤツだな」
マイクさんの殺気がケルビンさんに向けられるが、いつもと変わらない態度に妙な違和感を感じる。
ケルビンさんの、あの余裕は何だろうか? マイクさんに刃を向けられても何処吹く風だ。
「カナリアとリリスとの会話を聞かれちゃ、もう弁解の余地はないな。そう、俺はカナリアと同じスパイみたいなもんだ」
「……冗談はよしてよケルビン。今、そんな状況じゃないって分かっているわよね?」
「メアリーもこっち側へ来いよ。どうせマイクがお前の物にならないなら、一緒にいる理由も無いだろ?」
「私は――」
メアリーさんが反論しようとした瞬間、マイクさんが【一之太刀・蒼炎】を放ち、炎の斬撃が弧を描きながらケルビンさんを襲うが、ケルビンさんの盾が輝きだし、【セイントシールド】を展開し攻撃を打ち消し無効化すると、2人は激しく激突し合い、戦闘が始まる。
その光景を見たメアリーさんが「どうして……」と小声で呟くのが聞こえた。
「ルル様、出来れば2人を止めたいけど、どうしたらいい? ケルビンさんに今死なれちゃうと困るんだけど」
「無理やり介入して2人をボコボコにする必要するか?」
それはちょっと……。
マイクさんも頭に血が上っているのか、動きがやや大振りに見えるし、対象的にケルビンさんはいつも通りの様子で、攻撃を盾で受け流している。
どうやって介入しようか手を拱いていると、メアリーさんが泣きそうな声で口を開いた。
「……今思い返せば、カナリアは以前から不自然な行動はあったわ」
「え?」
「録音された音声は恐らく事実よ。カナリアはやたらマジカルガールの事を聞き出してくるし、カナリアはケルビンと付き合っているのに、ホノカの事をくっつけようとしているのは知っていたわ。でもカナリアやカミネソウシって人がマジカルガールを何故狙うのかが分からないわ」
そうだよね、知らない筈よね。
この事を知っているのは奈々子ちゃんだけだし、こうなった以上、ナヴァラトナについて説明が必要だ。
ならば、あの2人を止めなければ話にならない。
私は、奈々子ちゃんに視線を送ると、頷いて返してくれた。
「メアリーさん、詳しい話は後にしましょう。まずは2人を止める事が先決です」
「……そうね。止めましょう。2人が争うなんてバカげてるわ」
そう言うとメアリーさんは、今尚激しい戦闘を繰り広げている2人を見据え、魔法を放つ為に詠唱を始める。
「私が気を引く、マジカルガールズは2人を止めて!」
「「はい!」」
幾何学模様の魔法陣が強く輝くと力が溢れ出す。
「【バニシングレイ】!!」
大量の光の矢が、ユグドラシルの塔内部に放たれると、2人目掛けて飛んでいく。
「なっ!?」
「メアリーか?」
2人は戦闘を中断し、マイクさんは降り注ぐ光の矢を地面を這うよう回避していき、ケルビンさんは逃げ切れないと悟ると盾を上空に掲げてスキルを発動する。
「くっそ! 【セイントシールド】!!」
ケルビンさんを覆うように現れた光の盾は、【バニシングレイ】の集中砲火を浴びて、その場に釘付けになる。
その光景を見た私と奈々子ちゃんは2人を止める為に駆け出す。
私は身動きが取れないケルビンさんに向って、まじかる☆プリズンを発動し、水の牢固で包み込もうとするが、
「おうらぁぁ! 【リフレクター】!」
【バニシングレイ】の光の矢を防ぎながら、さらにスキルを発動させると、光のやの流れを変えて、まじかる☆プリズンの水の塊にぶつけ相殺する。
「げ、あんな事が出来るのか……」
「こう見えてパーティーのタンクを熟しているんでね、生半可な攻撃じゃ俺に傷ひとつ付けられないぜ」
ケルビンさんのクラス【聖騎士】は攻守のバランスが取れたクラスで、回復魔法まで扱える。
中村さんの【大盾使い】より防御は劣るが、それを補うように多彩なスキルを身に着けている。
「ケルビンさんの目的は何ですか? 神峰奏司と組んで何を企んでいるんですか?」
「あん? カミネって奴はどうでもいい。俺のボスはリリスだけだ」
「え? それって……きゃっ!」
ケルビンさんの答えに一瞬戸惑いが生じ、そこを突かれるように、白い剣の刺突攻撃が繰り出される。
私のまじかる☆ドレスの一部を切り裂くと、ポロリと白く輝くひとつの宝石が落ちる。
「あっ、しまった!」
「やっぱり持っていたか!」
追い打ちの盾による攻撃を受けて、私は弾き飛ばされるが、空中で姿勢を整えると綺麗に着地する。
直ぐにケルビンさんを確認すると、私が落としたナヴァラトナの宝石のひとつ、月のパールを手にして不敵な笑みを浮かべていた。
「ルル様、ごめんなさい。宝石を取られちゃった」
「取らてしまっては仕方がない。取り返すまでだ」
私の背後に飛んでいたルル様は、そう答える。
ケルビンさんの様子を見るに、ナヴァラトナが目的だったようだ。
「ほのりんよ、ケルビンの胸元を見てみろ」
「胸元?」
目を凝らしてケルビンさんの胸元を見ると、ネックレスが見える、普段は服の下に隠れていたネックレスだったが、激しい戦闘の中で外に出て来たのだろう。
そのネックレスのペンダントトップに小さな赤い宝石が輝くのが見えた。
その深く怪しい輝きに見に覚えがある。まさかあれは……?
「マジカルガール、怪我は無いか?」
「あ、マイクさん……私は大丈夫です」
「すまん、俺の監督不足だ」
「謝罪は後で聞きます、まずケルビンさんの胸元にある魔道具の破壊が先決です。手伝ってくれますよね?」
「魔道具……? そうか、分かった」
マイクさんは察してくれたのか、ケルビンさんを止める事を承諾してくれた。
恐らくだけど、あの魔道具は沼津でレムナント化した物と同じか似た物だと推測される。
もしも、レムナントのように暴走、あるいはリリスと呼ばれるモンスターに操られているのなら、まだケルビンさんを正気に戻す事が出来るかもしれない。
「ななちゃん、行くよ!」
「はい! ほのりんさん!」
まずはケルビンさんの堅い防御を突破する必要がある。
「まじかる☆グリッターネイル!!」
右手の爪から強い閃光が放たれ、激しく点滅した星がケルビンさんに向って飛んでいく。
スキルで防げないと理解しているのか、盾の影に隠れ、目眩ましを受けないよう目を守ると、そのまま走り出す。
走る方向は、私達が入って来たダンジョンゲートだ。まさか、月のパールを持ったまま逃げるつもり??
「まじかる☆グラビティーテリトリー!!」
ケルビンさんの前に立ち塞がった奈々子ちゃんが魔法を発動させる。
その魔法は奈々子ちゃんの周囲に強力な重力場を形成し、相手を圧死させる強力な魔法だ。
流石に手加減をしているようで、ぺちゃんこになっていないけど、それでもゆっくりと歩き出したケルビンさんのタフさには驚きを隠せない。
「エバンスさん!」
「良くやった! 【六之太刀・遠雷】」
ケルビンさんの横を高速で駆け抜け、雷光のように放たれたスキルは、音を置き去りにし、ケルビンさんの胸元にある魔道具を砕く。
その瞬間、ケルビンさんの身体から黒い靄が溢れ出し、その靄がひとつの塊になった。
「グヌヌ。オノレ人間共メ、崇高ナル御方ノ邪魔ヲスルトハ、トンダ不届キ者メ」
黒い靄の塊はモンスターの姿に変え、人語を話しだした。
その見た目は羊の頭に人間の胴体を持っており、禍々しいオーラを放っている。
「何だと……」
ルル様は謎のモンスターを見て驚愕の表情を浮かべている。
ルル様は私の肩にしがみつくと、僅かに震えているが分かる。
「ねぇルル。私の【鑑定】じゃ、あのモンスターの正体が分からないわ」
「む、そうか……そうだな。やつの正体は悪魔だ、悪魔ベリフェゴール。しかし、この世界に悪魔が来れる筈が……」
悪魔ってあの悪魔かな?
ルル様は何やらブツブツと言っているけど、ケルビンさんの容態が心配だ。
うつ伏せに倒れ、生きているのか死んでいるか分からない。
「貴様ガ、ルルデミア=ロー=ゲーデルバイセルカ」
「……何故、悪魔がこちらの世界にいる。ユグドラシルの門は閉じている筈だ」
「ククク、何モ知ラヌ愚カナ守人二、語ル言葉ハ持チ合ワセテオラヌワ!!」
言葉にノイズが走り聞き取りづらいが、ルル様に対して罵っているようだ。
悪魔とは、私達が知っている話とは全く別の存在なのかもしれない。
ビリビリと強者の放つオーラに足が竦む中、マイクさんが、私達の前に出る。
「お前がケルビンの中に入っていたモンスターか?」
「オオ、ソノトオリダ。出来ノ悪イ弟ダッタナ、ククク」
「貴様っ!」
マイクさんが目にも止まらぬ速さで刀を何度も斬りつけると、悪魔ベリフェゴールは実態の無いように薄くなっていく。
「ナヴァラトナヲ手ニ入レル事ハ叶ワナカッタガ、我ラノ目的ノ大半ガ達成サレツツアル。ルルデミアヨ、オ前ノ願イガ破滅ヲモタラスノヲ待チワビテイルゾ……」
悪魔ベリフェゴールの肉体が消え去り、禍々しいオーラも消え去った。
私達は慌てて残ったケルビンさんの元へ、急いで駆け寄る。
「大丈夫、息がある。まじかる☆ヒーリングシャワー!!」
大怪我はしておらず、先程の戦闘では無傷だった。念の為に回復を掛け様子を伺うと、気を失っているのが分かった。
マイクさんの視線はケルビンさんに向けられており、その瞳からは優しさだけを感じた。
あの悪魔が言っていた事が本当なら、ケルビンさんはマイクさんの弟なのかもしれない。
そうだとすれば、彼女を取られても喧嘩もしても常に一緒にいて仲が良いのが肯ける。
私……まだマイクさんの事を全然知らないなぁ。
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