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父と母

「ただいま」


 私はひと言、ただいまと言う。

 父は黙って私の姿をまじまじと見ると、ルルデミアに視線を移し、一瞥すると母の隣の席に座る。


「しばらく見ない内に雰囲気が変わったな」

「そう?」

「男が出来たのか?」


 3ヶ月ぶりに会って早々デリカシーのない発言にキレそうになるが抑える。落ち着け私。


「いません。まぁ気になっている人はいますけど?」

「隣の老人か?」


 私の怒りのボルテージが1段階上がる。

 

「お父さん? 客人に向かって老人とは何ですか? 失礼ですよ」

「あなた、もう少し言葉を選んで言ってもらえますか?」


 母も援護射撃してくれる。


「ふん。どこの馬の骨かもしれぬ老人に、娘を預けるなんて狂気の沙汰だ。おい、穂華」

「なに?」

「ハンターを辞めて俺の会社に来い。お前に良いポジションを与えてやる」


 私の怒りのボルテージがさらに上がる。


「丁重にお断りします」

「穂華、お前魔法少女のポーターをしているんだろう? そいつも俺の研究所に連れてこい。十条グループをさらに成長させるには魔法少女が必要だ」


 この人は何を言っているの? 狂ってるの? 本当に私の父親? 3ヶ月前より酷くなっている気がするのは気のせい? いや、気のせいじゃない、確実に悪化している。


「あのさ、いい加減にしてくれる? 久し振りに帰ったのに、話す事はそれなの!?」

「父親に向かってその口の聞き方はなんだ!」


 父が立ち上がり、私の顔めがけて手を振る動作が見え、思わず目を閉じ身構えるが、衝撃は伝わってこない。

 ゆっくりと目を開けると、ルルデミアが父の手首を掴み私を守ってくれた。


「離せ!」

「我は穂華のパートナーだからな。守る義務がある。たとえ穂華の肉親であってもな」

「チッ」


 無理やりルルデミアの手を振りほどくと、席に座りカップに入った紅茶を飲み干す。それ、母のですけど……。


「お父さん、昔からおかしいと思っていたけど、今のお父さんヤバいよ? 何か薬でもやってるの?」

「穂華、貴女も落ち着きなさい」

「でも……」

「あなたも帰って来て早々喧嘩しないの。まずは我が家に帰って来た穂華に喜ぶべきよ」


 母が仲裁し場を納める。

 こういう時は母は強く、一方的に言う父を黙らせたりする事が出来るのも母がだけだ。

 私が父と喧嘩をすると、いつも母が止めに入り、両成敗されてしまうのだ。


 父も母の正論に反論する事ができずに、席に座り、私に対して何か言いたさげな視線を送っている。

 私は思春期特有の父親が嫌いになる時期を今でも続いている。

 会話をする時も目を合わせないし、父を見る時は首の辺りを見て喋る。


「まぁいい。今日は泊まっていくのだろう? ゆっくりとしていけ」

「用事があるから夜には帰るよ」

 

 父が泊まって行けと言うが、キッパリと断る。 

 母となら兎も角、父も居るこの家にはいたくないので、なるべく早く出たい。

 昔はここまで毛嫌いしてなかったように思えるけど、食事に誘われ、よく知らない男を紹介されてからは、本当に父の事が嫌いになったと思う。


 私が夜に帰ると言うと、母が疑問の声を上げる。


「何故? 魔法少女はレイドが近いし穂華に荷物を預ける仕事は無いと思うけど」


 ぐ、流石ATLANTISの代表……私の行動パターンや予定まで把握しているとは。

 適当に嘘をついてもボロが出てしまうので、それらしい事を言わないければならない。


「回収されたアイテムや素材が大量にあるの。それを全て捌くには時間が掛かるの」

「ならATLANTISに任せなさい」

「私には専属アドバイザーの奈々子ちゃんがいるから大丈夫」

「須藤奈々子はレイド参加者でしょ? 穂華の専属としての業務を放棄してまでレイドに行くなんておかしいわ」


 ぐぬぬ。おかしいけど、おかしくない。

 私と魔法少女ほのりんが同一人物だから奈々子ちゃんの立ち位置も問題ない、だが客観的に見ると大アリらしい。

 これは困ったな〜、と頭を悩ませているとルルデミアが口を開く。


「穂華の母よ、須藤はダンジョンから帰ってくると、必ず穂華の持ち帰ったアイテムを検分し、競売に掛けたり事務作業もこなしている。決して、穂華を蔑ろにはしていないのは我が保証しよう」


 ルルデミアは力強く話すと、落ち着いた老人の姿もあってか妙な説得力があり、少しルだけルデミアの事を見直した。

 正直、私の立ち位置も悪かったので要らぬ誤解を生む形になってしまったのが原因だ。

 私の正体を知っていたのなら、話はまた変わっていたのかもしれないけどね。




 やがて昼食の時刻が近付いて来ると、レストランを予約してあるらしく、私達は横浜にあるレストランにやって来た。

 そのレストランはホテルの28階にあり、高級感漂う場所だった。

 ランチ時でも上品そうな客層が来店しており、その店の品質もよく分かる。


「いらっしゃませ十条様、ご予約4名様で伺っております。席にご案内させていただきます、こちらへどうぞ」


 実家に帰る前にルルデミアも一緒だと伝えて良かった。

 最悪ルルデミアだけ入れないなんて事になったかもしれない。

 最悪その場合は、私とルルデミアだけで他のレストランに行くつもりだったけどね。


「お酒は?」

「珈琲でいい」


 ルル様もお酒は飲まないので珈琲を頼む。


 ランチは牛頬肉のステーキだ。

 赤ワインで煮込んだのだろうか、赤黒くなった頬肉にナイフを入れると抵抗なく刺さり、柔らかい肉が顔を覗かせる。

 一口、口の中に放り込めばソースの酸味とコク、牛頬肉の油が口の中に広がり、肉の旨味が脳にビリビリと刺激を与える。


 お、美味しい……。

 こんな美味しい牛肉を食べた事が無い。

 頬肉なんて普段食べないし、希少部位なのかな? きっと高い筈。


「ふむ、二本満足より旨いな」

「ルルデミア、比べる物が悪いよ」


 私の会話を聞いた母が微笑む。

 最近疲れているのか、目の下のクマが気になるけど、忙しい程、仕事を楽しむ傾向がある母には、無理せずに仕事を頑張ってもらいたい。

 レイドが終われば、少しは落ち着く筈だからね。


 さて、父にあの質問をしようかね。

 次合う機会は中々無さそうだし、会うたびに魔法少女に合わせろとか言われても面倒なので、食事中だけど聞き出さないといけない。


「お父さんさ、日本トータルバイオミィテイクスって会社知ってる?」


 関節視野で父の表情がピクリと動くのが分かる。何だかんだで父の顔は見ているのだ。


「知ってるも何も取引先だからな。それがどうした?」

「そこの会社と共同で開発したっていう魔道具ってどうなの? 最近評判だけど」

「アレに興味があるのか? ハンターが使う無骨なやつから一般人が使えるファッション用まである。欲しいならいくらでもプレゼントしようか?」

「ううん、要らないけどね。……実は噂に聞いたんだけど、アレを身に着けた人の様子がおかしいの、お父さんは何か知っている?」


 私がストレートに聞くと、母の表情が強張る。

 母は先の件で萬田さんから魔道具を身に着けたハンターが、レムナント化した事を伝えて貰った。

 話し合いの結果、ATLANTIS側も独自で調査する事になったけど、私は私で父に直接聞きたかったのだ。

 もし、知っててあの魔道具を作っているなら止めないといけないし、知らないのなら事情を話し止めなくてならない。

 

 私の質問に父は特に顔色を変えずに、ナイフとフォークを食べかけの皿に置く。


「あれは画期的な物だ。この技術を持ち込んだ日本トータルバイオミィテイクスの社長は、私の会社の技術と合わさって素晴らしい製品が作れるようになった。今後も画期的な物が作られる予定だ。穂華が言う、様子がおかしくなるなどの話は事実無根だ」


 まぁ何かあっても素直に言う訳ないよね。


「事実私も身に着けている。むしろ体調が良いくらいだ、はっはっはっ」


 確かに多忙を極めている父にして元気がありそうだ。レベルが5追加されるだけでもこんなに変わるのだろうか?


「最近は世界各国の工場でも生産体制を整えている、いずれこの魔道具をひとり2個は身に着けるのが常識になるだろう」


 ……もし、もしも、その魔道具が人をレムナント化させる危険な物だったら、地球上の全て人がレムナント化してしまうかもしれない。

 でも証拠が無いしどうしたら良いのだろう……。


「穂華もこの魔道具が素晴らしい物だと直ぐに理解できる」

「……だと良いけど」


 その後、特に新たに分かった事も無く、淡々と食事を済ませると、レストランで父と別れた。

 この後は仕事があるらしく、私とルルデミア、そして母と共に近くのカフェに向かった。


 カフェに入り母は御手洗いへ行くと、私は深い溜息を吐く。


「どうしたもんかな〜」


 父から確信を得られる話は聞けなかった。

 証拠が無ければ手が出せないし、かといってあの魔道具には何か秘密があるのは確かだ。

 どうしても、その何かを調べる必要がある。


「穂華よ、穂華の父が言っていたように、1度、穂華の父の会社に行ってみるのも良いかもしれんな」

「え?」

「なに、工場見学と思えばいい」


 工場見学かぁ、興味あるけど父に頼むのも気が引けるな〜。

 正直な話、父に工場見学したいと言ったら、そのまま父の会社に働く羽目になりそう。なりそうじゃなくて、確実になる。


「穂華の父に会うのが嫌なのか?」

「うん」

「なら、会わなければいい」

「え?」

「簡単な事だ、忍び込めば良い」


 そんなに簡単に行くかな?

 かと言ってルルデミアの案は検討の余地がある。

 見られても良い物は表にあるだろうし、隠したい物ならきっと人目がつかない場所にある筈だ。 

 まずはその場所を目星をつけ、忍び込む必要がありそね。


「あら、2人って随分と仲が良いのね」


 母が帰って来た。

 流石に母には、父の会社に忍び込む計画を立てているなんて事は言えない。

 言ったとしても止められるのがオチだし、黙ってやるしかない。


「ダンジョンに長くいると、それなりに気のしれた仲になるよ」

「あら、そうなの? 穂華って年上が好みなの?」

「それ咲さんにも言われた」

「ふふ、咲さん元気? 久し振りに咲さんが淹れた珈琲を飲みたいわ」

「元気だよ。最近はお客さん増えて私も忙しいしね、でも珈琲を上手く淹れられるようになってかからは、毎日が楽しいよ」

「ふ〜ん。穂華もカフェでも開くの?」


 カフェか。

 考えていなかった訳でもはないけど、自然豊かな場所で、ひっそりとカフェを営むのも良いかもしれない。


「お母さんはATLANTIS続けるの?」

「私の生き甲斐だもの」


 力強く答えたその言葉に偽りは一切無かった。

 昔は子供心ながらに、寂しい思いもしたけど、仕事を頑張る母はとても格好良く綺麗だった。

 父は父で頑張っているのだろうけど、家には帰らないし振り回されるし良い思い出がない。

 どうして、父と母ではここまで差がついてしまったのだろうか?

 その後は珈琲を飲みつつ、母と久し振りの会話を楽しんだのだった。



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