地下の水脈
案内仏のオオサキは報告の為に彼岸本部へ来ていた。長い廊下を歩いていると、その隣を慌ただしく抜かしていく動物が目に入る。尻尾をふわふわ振りながら歩く姿は見覚えがあった。
「狸さん……!狸さんじゃないですか!お久しぶりです。以前、狭間でお会いした仏です」
咄嗟に声をかけると狸は足を止めて振り向く。
「……ああ!あの時はありがとう。おかげさまで今もたまにあの人間と山に登ったりするのよ」
「そうなんですね!あの方も元気なようでなによりです」
以前、狸の管轄する山で足を踏み外し転げ落ちてしまった男性がいたのだが、その男性の魂がひょんなことから狭間に飛んでしまい、狸と協力する事になったのだった。これがまた大変だったのだが、ここでは割合しておく。
「あなたが仏神部にいるのは珍しいですね。八十神部で何かあったんですか?」
「…………それがちょっと大変なことが起きてしまって」
「え?」
「この前、中国地方で地震あったでしょ?」
「ああ、ありましたね!でも震度1だったので何も起こらず安全でしたよ」
「地上ではね……」
狸はとても苦々しい顔をして話し始める。地下のかなり深い深い所に大きな水脈があり、膨大な量の水が流れ続けているそうだ。この間の地震、地上は震度1であったが地下にはかなり大きな力がかかり、水脈が半分もズレてしまったらしい。今ではズレた部分から2分の1の水量になってしまっているようだった。
「……水量が半分になったら何か大変なのですか?」
「ズレた先の森や土地には、今までの半分しか水が行き渡らなくなるの。今は良くても数年、何十年後に影響が出てくる。それと」
狸はため息をつく。
「地表の穢れが雨などで徐々に地下に染みてくるのね。……それを自然課に所属する各地の八十神が、水脈に神力を流して浄化していたのよ。このままでは浄化も追いつかなくなって、大地が内側から穢れていくわ」
「ええ!?それ結構ヤバいじゃないですか……!」
「そうなのよ……それで今中国四国支部はてんやわんやで……。周辺の山神や水神は自分の管轄にその影響が出ていないか確認するよう通達が出てる」
うちの山はズレる手前側だったから今のところ大丈夫そうだけど……主が一応周りの山々にも確認とってくるとの事で、補佐の私が報告するために八十神本部へ。とため息をつきながら言う。
「だ、大丈夫なんですか……?あとなぜ仏神部の方に……?」
「……2週間後にズレた水脈を皆で押し戻す事になったの」
「ええ!??」
「地下の話だから地上に害はないと思うけど……一応仏神部に伝えておこうと言う事になって」
「…………押して戻るようなもの……なんですか?」
「まさか!もちろんそんな簡単じゃないわ……」
話によると、今回の件はスサノオノミコトを筆頭に山の神、大地の神、水の神が全国各地で行われている月次祭や豊穣祭に赴いて力を溜めているらしい。なんでも人の祈りが一番パワーになるとの事だ。この辺りが仏の僕らとは違うなあと話を聞いていてしみじみ思った。
「まだ詳しくは決まっていないけど、詳細が決まり次第そちらにも連絡がいくと思う」
「狸さんも参加するんですか?」
「もちろんよ。中四国にいる八十神は神社その他関係無く、全て総動員される予定なの。例えば消しゴムの付喪神とか、そこら辺に佇んでいるガードレールの神も、全て!」
「うわー!大規模ですね……僕たち仏は手伝うことありませんか?」
ハラハラしながら聞くと、狸は首を左右に振って笑う。
「大丈夫よ!仏神部に迷惑はかからないようにする予定なの。むしろ早く水脈を元に戻さないと、人々にまで害が及ぶから……死亡者が増えると貴方達に負担がいっちゃうものね」
「そうですか…………じゃあせめて何か差し入れしますね!」
「ありがとう!どんなに八十神総動員しても、地球のパワーには到底届かないだろうから、地上は揺れないと思うわ。もし震度1でも起きたら、中四国の皆よく頑張ったんだなって思って!」
そう言って狸は足早に消えていった。
それから数日後、此岸で仕事していると狸から聞いていた内容の連絡が降りてきた。
「へえ、わざわざダイコクさんも参加するんだ……でもそうだよなあ……出雲近いしなあ」
書類には八十神の中でも有名な名前が何柱も書かれている。会社でいう役員レベルが総動員されているので、本当に緊急事態なんだなと書類を見てるだけで伝わってきた。人間界で仕事していたら地下でそんなことが起こっているなんて一切想像つかないほど平和である。
ペラペラと読み進めていたら、全てのパワーを一撃に込めてズレを戻すと書いてあった。ただ、その一撃も地球のパワーには到底届かないので、地上で起こるかもしれない揺れは震度0〜1の予想だ、と。一応何かあっては大変なので、人が寝静まった深夜に決行するとのこと。上手くいかなければ、次は数ヶ月後にパワーを溜めて再チャレンジするらしい。
「…………エナジードリンクとか差し入れること出来ないかな」
地上で仕事していると顔見知りの八十神もかなり多い。瞬間火力の助けになればと思いながら、オオサキは所属している案内課に連絡を入れたのだった。…………他の案内仏からも沢山連絡が来たらしく、後日仏神部案内課より膨大な量の栄養ドリンクが八十神部自然課の中国、四国支部に届けられたとか。
実行当日深夜。ズレた水脈のところに、物凄い数の八十神が集結していた。代表の神々達は全国を飛び回りパワーを溜めた状態なので目に見えるほどのオーラを纏っていた。下々の神達は差し入れられた栄養ドリンクを皆で分け合って気合を入れ直す。
「皆の者ォ!!準備は良いかァ!!!」
その声に一面から咆哮が上がる。地下とは思えないほどの熱量だ。
「仏神部からも応援と差し入れを戴いておるのだァ!今宵の1発で成功させようではないか!!」
凄まじい咆哮と共に大地がビリビリと揺れる。栄養ドリンクの効果も表れてきたようだ。下々の神もうっすらとオーラを纏い始めている。皆が皆、全身全霊をかけて集中していた。
「皆1箇所に固まれェ!!イメージは相撲の張り手じゃ!全ての力を集結させ、叩くぞォ!」
ウオオオオオオ!!!!と言う雄叫びと、黄金に輝くオーラが纏まりどんどん大きくなっていき張り手の形になった。
「行くぞ皆の者ォォォ!ヒノモト安寧の為!!!!ソイヤァァアアアアアア!!!!!!」
その日深夜、中国地方では震度4の地震が起こった。




