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案内仏の報告書  作者: あさひ
3/14

 机の角で頭打って気絶したらカノジョの本性見えちゃった件



 オレは石井。親父がちょっといい感じのトコの社長やってて、働かずとも何不自由なく暮らしてる。しかもオレの為に高級マンション最上階の部屋を買ってくれた。そんなクソ最高に広いイイ部屋で一人暮らし。んで明日はカノジョの誕生日で、これから泊まりに来るから今掃除ロボットに掃除させてるってワケ。


 高級ソファに深々と腰を沈め、タバコをスパスパと吸いながらスマホをいじる。


「愛するお前の……ために、プレゼントも……ケーキも、用意してあ、る……早くオレの所へ、羽ばたいてきな……っと」


親指で軽くタップすれば、秒と待たずに送信される。直後既読マークが付いたかと思うと、速攻返事が戻ってきた。


「本当に!?めっちゃ嬉しい!もちろんだよ♡ヒロくん大好き♡すぐ行くね♡♡……だってよ……ッカ——!!!マジヤッベエ、オレの女チョーカワイイ!!!」


バタバタとソファーを蹴る。高級ブランドのアクセサリーとバッグ、行きたいと言ってた豪華客船の1週間ツアーのペアチケット、それと今日の夜を楽しむための安心安全の日本製薄型。喜ぶアイツの顔を思い浮かべて表情が緩む。何もしなくてもこんなイイ暮らしが出来て、カワイイ彼女もいてオレってマジで天才かもしんねェ、とソファに踏ん反り返って座り、天井を見上げて下品な声で高らかに笑うその足に、掃除ロボットがガッガッとぶつかってきた。


「ったくロボちゃんさァ〜ご主人様のおみ足と物の違いも分からないンでちゅか〜?」


雑に踏んで軌道を変えさせたついでに、吸い殻が山盛りに溜まったギラギラ輝くゴツい灰皿を逆さにし、ロボットの前にぶちまけた。


「吸い殻捨てに行くのもメンドイし、罰としてお前吸っといてな。さて、便所行って服装キメますか!」


ふぁ〜と欠伸をし、パンツとタンクトップ姿だった石井は部屋を後にする。その後ロボットが軌道修正して吸い殻をキチンと吸わなかったのも、吸い殻を踏みまくって部屋に撒き散らしたのも、部屋を出た石井が気づくことはなかった。









「ッシャ——!オレ完璧じゃね?あとは下を穿くだ…………ってなんじゃこりゃあ!?」


ズボンを腕に引っ掛け、バンッと勢いよくドアを開けて驚愕した。部屋の至る所に吸い殻が撒かれていたのだ。犯人はしれっと充電器に戻っている。


「…………オイオイオイオイ……こりゃねーべ!?お前さァちゃんと与えられた仕事くらるァオウッッ!??」


足早に部屋に入り、ロボットへ近づこうと前へ踏み込んだ瞬間灰を踏んで滑った。いつもなら部屋に入ってから靴下を履くのに、今日に限って先に靴下を履いてしまったのが運の尽きであった。スローモーションのように机の角が目の前に迫ってくる。あ、ヤベと思ったのも束の間、目の前が一瞬で暗転して何も見えなくなった。





(……ん?)


気づいたら目の前に日サロで焼いた小麦色の足が見える。下半身はパンツと靴下だけという変態チックな格好だ。目線を上半身のほうへゆるゆると向けると、ホストのような明るい金髪が目に入る。根本は黒い毛が目立っており、色合いがプリンになっていた。


(なんだこのダセー野郎は??つか倒れたにしてもガニ股はねーっしょ!ギャグかよ!)


ヒャハハ!と指を差しながら笑って気づいた。なぜか自分の手が透けている。透けた自分の手と倒れている男を交互に見比べ数秒。


(……あれオレじゃねえ!!!??)


やっべー!なんだこれ!!と倒れている体に触ろうとするが、スルッとすり抜けてしまって触れない。石井は焦っていた。


(なんだこれ幽体離脱!?マジでやべえ、ハルカがもう少しで来るジャン?どーやったらオレ体に戻れんの!?)


体に完全に重なってみたり、念仏を唱えてみたり、神に祈ってみたりするものの戻れる感じは一切無く時間だけが過ぎていく。やべえやべえと体のそばでワタワタと足踏みしていたが、頑張りも虚しくピンポーンとチャイムが鳴った。モニターには女の姿。


(やべえ!!!ハルカきたジャン!?こんな状況見せらんねーしちょっと待ってくれ……!)


と思ったのも束の間、ハルカには合鍵を渡してある。反応ないのがわかったのか合鍵をカバンから取り出してオートロックを開けようとする姿が、映像が消える直前に見えた。確実に来る。エレベーターの時間を考慮しても5分以内に部屋に辿り着くだろう。それまでに体に戻らねばならない。だがそんな奇跡が起こるはずもなく。


「ヒロくーん?チャイム押しても出てこないから合鍵で来ちゃったぁ……ヒロくん!?どうしたの!??」


部屋に入ってきた彼女は慌てて倒れている男に駆け寄った。泣きそうになりながら石井の体を揺すっている。


(ハルカ……こんなにもオレのコト心配してくれるなんて……やっぱイイ女だよお前は)


そんなハルカの健気な姿を傍で見ていて、感極まって少し目頭が熱くなった。そのまま見ているとハルカは、はぁと長いため息を付き、スマホでどこかに電話をかけ始める。


(……救急車呼んでくれンのか!?)


グスッと鼻を鳴らす。なんてイイ女なんだ、オレにはこいつしかいない絶対幸せにしてやると心に決めた時、スマホが繋がったらしくハルカが話し始める。


「あ、ヨッシー?ちょ聞いてよ〜カレシの家行ったらなんかカレシ倒れてるんだけど〜ウケる」


(…………?)


どうやら友達に電話をかけたようだった。口調がいつもの知っている彼女とかけ離れてて少し驚く。


「うん……うん……いや、でもぉいつ倒れたか分かんないんだよね。てかアタシもこの状況どうしたらいいのか分かんないんだけどぉ〜。せっかくヨッシーとエッチしてテンション上がってたのに萎え〜」


(はぁ!???)


今とんでもない単語が聞こえた気がする。エッチ……?誰が……?誰と……?困惑するオレを他所にハルカは話し続ける。


「はぁ??いやいやねーし!ヨッシーがカレシとか無いわぁ!あんたとはセフレが一番最高なの!ところでどうしたらいいの〜?これ死んでんのかなぁ??」


(セフレェッッッ!???)


オレというものがありながら別の野郎とセックスしていたという事実に怒りで震える。というかいまの話だとここに来る前にこのヨッシーという野郎と抱き合ってた事になる。情報が多過ぎて頭がついていかない。


「……もぉ〜ばか!ヨッシーじゃ話にならないからもういいや!じゃあね!」


ぷつと通話を切ると、彼女はその場にあぐらをかいて面倒臭そうに画面をすいーっとスクロールしている。目的が見つかったのか、タップするとスマホを耳に当てた。どうやら別の者に電話するようだ。


「……もしもしパパ?ちょっと聞きたいんだけど、人が倒れた時って何したらいいの?」


(……父親に電話したのか?)


先程のテンションとは違い、真面目に会話している。


「家帰ったらなんか弟がね、背中向けて倒れてて……とりまひっくり返したほうがいいの?うん、……よい、しょっ……と……ッフ」


仰向けにしたら白目剥いたオレの顔が露わになった。……こいつ今ちょっと笑ったよな?しかもオレ弟??


「はい、ああうん、だいじょーぶそうです!ありがとうパパ。次あった時サービスするねぇ」


(サービス!?パパって……そっちのパパ!???)


セフレにパパ、この短時間でとんでもない事実が発覚している。あまりにも衝撃的すぎてオレは怒りを通り越して放心状態だった。そうしているうちにもハルカはまた別の誰かに電話をかけ始める。


「もしもしマリぽよ〜?あのさ今キープ君3号の家にいるんだけどさぁ〜」


(キープ!??キープって言った!?し、ししししかも3号!??オレキープの3番目ってこと!?)


「あたし明日誕生日じゃん?で、3号が一番金持ってるから泊まる約束で家行ったんだけどぉ〜なんか死んでるんだよね、これどうすればいいのぉ?」


女友達にかけたらしい。というか笑いながら話しているあたり、こいつオレのこと全っ然心配していない。


「え?救急車??ああそっか、救急車の存在忘れてたマジウケる!ああ、大丈夫大丈夫このまま通話繋げてて」


ちょっと待ってね〜と言いながらスピーカー設定にし、カバンの中からスマホをもう一つ取り出した。


「本命用にもう一個スマホ持ってんだよね〜」


床に置いたスマホから、まじ?ハルッピ用意周到じゃん!神〜!と甲高い声が聞こえてくる。


「あったりまえよ!本命にバレるわけにはいかないしー?……で、救急車って何番なの?」


『うちも知らね〜。なんか三文字だった気がする!確か117じゃね?』


(……そりゃ時報だって!オレでもわかるぞ!!)


オレの声が届くはずもなく、マリぽよ流石〜ともう一つのスマホを操作している。


「…………何これぇ、なんか延々と秒数数えてんだけど?何この番号」


『はあ?何それ!延々に秒数とかなんかお経っぽくてウケるんだけど!!てかうち思ったんだけど、死んでるんだったら救急車じゃなくて火葬場のほうが良くね〜?』


「ああー!確かに!!でもさぁ火葬場っつったっていっぱいあるよ?どこがいいのかなぁ??」


やっぱ星5がついてるとこがいんじゃね!?と二人でキャッキャと盛り上がっているのを、オレは呆然と立ち尽くして聞いていた。可愛くて愛しかったハルカの像がガラガラと崩れていく。今はもう肥溜めの底から生まれてきた妖怪にしか見えない。


(……というかこのままじゃ、冗談じゃなくマジでオレ死んじゃうんじゃ……)


体にも戻れず、彼女のアホみたいな会話を聞いていたら段々と不安が増してくる。やべぇやべぇとマナーモードのように震えていたら、壁からヌッとサラリーマンが出てきた。


(うわあああああ!!なんだお前ェ!?リーマン!??)


「うおっ……ああ、なんだ。私は生きてる人間は専門外なので、それでは」


スーツの男もこちらをみて驚いたようだが、すぐ冷静になりそのまま前進し出て行こうとする。


(ちょちょちょ待って待って!あんたオレの声聞こえてんジャン!?あんたユーレイ!?ねえ体に戻れなくてマジやべえ状態なの!どーやったら戻れるか知らねェ!?)


「…………体の方が覚醒したら自然と戻りますよ。ただ気絶してるだけですからあなた」


興味ないですと言った感じの表情でしれっと言われ止まる素振りもない。石井は慌てて男のスーツに強くしがみ付いた。


(そんなこと言わず、どうにかしてくれよォ!オレ今言葉通じるのあんたしかいなくて……もう無理マジ無理!こいつがカノジョなのも無理!ムリムリムリ助けてえええええ!)


「ちょっ……と!あなたねえ……!私には仕事が……ああ!!もう!」


ベソかきながら背広を引っ張りぐいぐいと皺が寄る。男は振り返ると石井の顔を鷲掴みにした。


(へぶぁっっ!!ちょ……まっ、うおああああ!)


そしてそのまま振りかぶって地面に倒れている体に向かって思いっきり叩きつけられる。


「ちょ痛ってえええええええ!!!……ああ?」


「…………!!」


何故か叩きつけられたはずの頭の後ろではなく、額の方がズキズキする。どうやら自分の体に戻れたようで、あの男の姿はどこにも見えなくなっていた。んだよあのリーマンチョー良いヤツだったじゃねーか、と心の中で感謝していたら視界の隅で彼女が素早くスマホを閉じて隠したのが見えた。


「……おい、ハル……」


「ヒロくぅ〜ん!!良かったぁ〜!!チャイム鳴らしても出てこないから合鍵で入ったら……心配したんだよ!今、救急車を……呼ぼうとして、て……ほんとに、ほんとに良かったぁ……」


スンッとわざとらしく鼻を鳴らしながら抱きついてくる妖怪に、オレの顔はどんどん表情を失っていく。今日がこの妖怪と過ごした日々の中で、一番燃え上がる夜になるかもしれないなと思いながら、オレは第一回戦の口火を切った。




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