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案内仏の報告書  作者: あさひ
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 タイムリミットはバージンロードを渡り切るまで




 重たい純白のドレスを翻し、重厚な扉の前に立った。

さあ行こうかと感極まった表情の父が腕を出す。私は今日、結婚するのだ。

合図と共にゆっくりと扉が開かれ、大きな歓声と共に眩い光が目に入ってきた。

祭壇の前に立つ愛しい彼。優しい微笑みを浮かべる彼と目があった瞬間、私は気づいた。



こいつは忌々しい最低最悪な元夫だということを。











「どうした?大丈夫か。」


扉が開いても進もうとしない私に違和感を持った父が話しかけてきた。


「……大丈夫よパパ。嬉しくて涙が出そうになっちゃっただけなの。」

「そうか、しかしお前もいい男を捕まえたな。有名企業の社長息子とは。これでうちの会社ももっと大きくなるだろう。」


話しながらバージンロードにゆっくりと足を乗せた。


そうなのだ。顔も良く身長も高くて高学歴、性格も優しくモテモテでしかも大金持ちの息子ときた。特に顔がもろタイプでこんな超優良物件そうそう無い。あの手この手で手段を意図わず接近し、やっと私のものに出来たというのにこの仕打ち。超優良物件だと思っていたら超事故物件だった。

なんでこんなイケメンに生まれ変わってんだあの男は。







 私は前世でこの男と夫婦だった。でっぷり出た腹は醜く、顔も不細工だし口は臭い。仕事で深夜まで帰ってこないくせに稼ぎは少なく、酒が入ると暴力を振るう。大暴れするから部屋の物は大体壊れていたし、片付けてもすぐ滅茶苦茶になった。子供の世話も全て私で家庭のことなんか顧みない。喧嘩も絶えず色々あったが最終的に仲の良かった知り合いに助けを求め、命からがら逃げ出したのだった。愛する子供たち三人はそのまま夫の元に置いてきてしまったのが唯一の後悔だ。

 私が逃げた後、噂で夫は悲惨な人生を送っていると聞いてざまあみろと思ったが、結局私自身も逃げたところで生活が良くなることは無かった。

 だから私は誓ったのだ。生まれ変わったら超絶美人の金持ちになって周りが羨むような人生を送ってやろうと。それなのになぜその元夫が今目の前にいるんだ?


 私の思いとは裏腹に、身体は彼へ向けて前へ前へと進んでいく。


「大丈夫、ゆっくりでいいからな?お腹には大事な赤ん坊がいるんだから。」


父が小声で話しかけてくる。


そうだった、このことですっかり頭から飛んでいた。この物件を絶対に逃してはならないと既成事実を作ったのである。

危険日に誘ったり、ゴムに穴を開けたり。ある時はたっぷり中身の入った使用後のゴムを持ち帰り使用。またある時は睡眠薬とバイアグラを飲ませ、寝てる間に採集して使ったりした。私の絶え間ない努力のおかげで晴れて赤子を授かったのだ。


「本当にお綺麗ねえ」

「お腹に双子の赤ちゃんがいるんですって!しかも両方とも男の子!」

「いやあ両家後継も出来てお家も安泰ですなあ!素晴らしい!」


拍手の合間に聞こえてくる話声。妊娠がわかった時はこれで彼と結婚出来る!絶対に逃がさない!と高らかに勝利を確信したのに。

今すぐにでも逃げたい。無かったことにしたい。

彼の逃げ道を塞いだつもりが自分の退路も絶っていたとは。微笑みを湛えた彼にどんどん近づいていく。私の笑みは引き攣っていないだろうか。





***





 扉が開き、愛しい彼女が姿を現す。真っ白なドレスに精巧なベール。ベール越しからでもわかる美しい彼女のかんばせ。彼女が微笑みながらこちらを見た瞬間、俺は気がついた。



この女は忌々しい最低最悪な元妻だということを。



 俺は前世でこの女と夫婦だった。自分の思った通りにいかないとすぐ発狂し罵倒しながら物を投げてくるので部屋の物は大体壊れていた。3人も子供がいるのに家事も育児も全然せず、浪費癖もあり家計は火の車だった。

 そんな嫁は貯金、金目の物を全て持って浮気相手の元へ消えた。

ガキは私のお荷物になるからいらない。と言って子供は全員置いていったが、嫌な予感がして子供達のDNAを調べたら全員俺と血が繋がっていなかった。しかも父親が全員違うという始末。

 元嫁の件で聞いた話によれば、その後浮気相手に逃げられ色んな男の元を転々としているらしい。実家からは絶縁され家にも戻れず借金もあると。その件については清清したが、俺は自暴自棄になり……まあよくある災難な結末を迎えた。


 だから俺は誓ったのだ。生まれ変わったら周りが振り向くような良い男になり、周りが羨むような人生を送ってやろうと。それなのに、なぜ。


 混乱状態の俺に、客席から双子の赤ちゃんがどうのと聞こえてくる。


そうだった、この物件を絶対に逃してはならないと既成事実を作ったのである。

スタイルも家柄も良く、特に顔がタイプだった。この女を逃してはならないと周期を調べ危険日に誘ったり、事故を装いわざとゴムを外したり。ある時は睡眠薬を飲ませその間に仕込んだ。俺の絶え間ない努力のおかげで晴れて赤子を授かったのだ。


 拍手の合間に聞こえてくる話声。妊娠が分かった時はこれで彼女と結婚できる!絶対に逃さない!と高らかに勝利を確信したのに。

今すぐにでも逃げたい。無かったことにしたい。

彼女の逃げ道を塞いだつもりが自身の退路も絶っていたとは。


微笑みを湛えた彼女がどんどん近づいてくる。俺の笑みは引き攣っていないだろうか。





***




 歓声と大きな拍手の中、どんどん近づくお互いの距離。


相手に動揺は見えない。だから思った。これはまだ気づかれていないのではと。

バレていないならバレる前に逃げるだけだ。幸い婚姻届も式後に出そうと話をしてたので出していない。そう、今なら自分にバツもつかない。しかし腹には子供が……

どうする、どうする、どうする。どうやって相手から逃げる?

今は結婚式の最中、大きな歓声、腹には双子。お互い大企業、富に名声、招待した市長に議員に子会社の役員達、恥は晒せない、自ら塞いだ逃げ道。






遂に目の前にきた相手。静かに見つめ合うこと数秒。




……ああ、ちくしょう!





顔が良い!!!!












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