相棒はわんとなく
「いいかブチ。わしらは来世でも一緒だからな」
毛むくじゃらの頭をガシガシ撫でながら、耳に胼胝が出来るほど言い続けている言葉を伝えると、目の前のブチは尻尾を千切れんばかりに振りながらわん!と威勢の良い返事を寄越した。
仕事一筋30年。仕事さえあれば何もいらないと独り身で50半ばまできた時、無性に寂しくなり犬を飼い始めたのだ。どんな時にも愛を与えてくれる小さな存在。今までこんな好意を一身に受けたことがなく、目の前にいるブチを溺愛するようになるのに時間はかからなかった。
そうして5年10年と月日が経つにつれ、今度はブチがいなくなってしまうことに恐怖を感じた。同じように歳を取っていくが、人間より犬の方が圧倒的に寿命が早い。気づけば己の中で、種族は違えど唯一心許せる相棒の座にブチは上り詰めていたのだった。
「いいかブチ。生まれ変わったらお前を探すから、お前もわしを探すんだぞ。来世でも一緒だからな」
毛むくじゃらな頭を優しく撫でながら、十何年も言い続けている言葉を伝えると、目の前のブチはわふ、と返事をしながら尻尾をゆるりと振った。
時代が進んでて良かったと常々思う。今ではペット葬儀というのもあり、人間と同じように弔ってくれるのだ。だからきっとブチも同じところへ行ける。生まれ変われる。大丈夫、きっと大丈夫。
最近は起き上がるのも億劫なのか、伏せてばかりいるブチをみながら自分に言い聞かせた。
「ああ、長かった……。ブチが死んでから、とてつもなく長かった……」
右腕に伸びる管、口元を覆う呼吸器、水の中のようにゆらゆら揺れてよく聞こえない音に掠れる視界。ベッドに横たわっているのにふわふわ浮いているような感覚だった。
ブチが死んでから十数年。上手く働かない頭の中にパッと過去の映像が溢れ出す。暗闇の中、徐々に遠のいていく音を感じながら、ブチにもう一度会えるだろうかとそればかり考えていた。
「なんじゃあここは!」
案内仏に連れられて辿り着いた彼岸は、現世にとても似ていた。似ていると言っても魑魅魍魎のようなのは居るし、浮いてる人もいる。風景はいろんな時代が混ざったような不思議な感じだった。
「あの、よろしいですか?これから居住地の案内をしますのでこちらに……」
「あ、待ってくれ!ブチは、ブチはここに来てるのか!?」
「ブチ?」
にこやかに話しかけてくる仏に訳を話す。聞き終えた仏はすぐブチについて調べてくれた。
「ブチさんは……ああ、名前ありました。彼も彼岸へ来てます、が」
「……が?」
そうして連れてこられたのは転生申請窓口だった。
「えーブチさんに会えるように転生したいと。そういうことでよろしいでしょうか」
「は、はい」
「畏まりました」
テーブルを挟んだ向かい側にいる、これまた別の仏と思われる人物は空間に浮いている文字を辿りながら、はたまた何もない空間をものすごい速さでタップしていた。キーボードでもあるのだろうか。未来的だなと周りを見れば、そこには昭和を思い起こさせるほど紙の書類が山積みだった。しかしその書類は人の手を借りずペラペラと勝手に飛んで行く。どうにもチグハグである。
「ブチさんの転生記録を確認しましたが、彼も貴方に会うため転生したようですね。前世の記憶を保持したまま転生されています」
「そ、そうか!だったらわしも記憶をそのまま転生すれば……!」
「ではお互い出会えるよう転生年を調整しますね。見た目が違っても解るように魂に印をつけておきましょう」
「あの、それとお願いがあるんだが……」
なんでしょう、と仏は顔を上げた。
意識が浮上してくると周りからきゃんきゃんと甲高い鳴き声が聞こえてきた。プラスチック製窓の向こうに人間が歩いているのが見える。己の前足を見ると茶色の毛で覆われていた。
(よし、ちゃんと犬に転生できたみたいだ)
今回はブチと同じくらいの寿命で一緒に終えたい。その一心で、次は犬になると決めていたのだ。ブチと出会える時代と場所に設定してもらったはずだが、まだブチは来ていないようだった。
ペットショップに時々新しい子犬や子猫が入ってくる。その中にブチがいないかそわそわと確認するのだが、中々ブチと思われる動物は来ない。ブチに会える前に買われるわけにも行かずショーケースの中ではずっと無愛想にしていた。たまに客が、トリミングをしてもらうためにペットを連れてくることもあるので、窓側に常に背を向けることもできずもどかしい。
そうして気づいたら2ヶ月は経っていた。己の体が少々大きくなったのは感じる。いつまでここに置いてもらえるのか分からず不安になってきたのだが、ブチは未だに見つからない。
(もしかして、転生時期を間違えられてしまったのだろうか)
代わり映えのしない日々が積み重なっていく。そんなある日、開店していた時間帯に珍しく新しい子犬が2匹運ばれてきた。様子を見ていると、目が合う。それですぐに気づいた。
(ブ・・・・ブチ!!!お前ブチだろう!??)
「ご、ご主人!?ご主人!!!ずっと探していましたよ!ああ、こんな所にいたなんて!」
(わしもずっと探してたんだぞ!)
「数ヶ月前に彼岸の方が夢枕に立って、ご主人がペットショップで待っていますよって教えてくれたんですけど、場所を教えてくれなかったんですよ!時間かかってしまい申し訳ないですご主人……」
(いや、良い良い。会えてよかった)
「ああご主人!今日からまたずっと一緒ですよ!すぐここから出してあげますから!!」
「…………あの、お客様、店内ではもう少しお静かに……」
「ああ!すみません!」
なんとブチは人間に転生していたのだった。子犬を運んできた業者の後に続いて入ってきた客がブチだったのだ。
ブチと同じ時間を生きるために犬に転生した自分と同じように、ブチは人間に転生することを選んだということだった。お互いがお互いを想いすぎて、すれ違っていたのだ。
「あの、ご主人、その」
そよそよと優しい風が吹き抜ける河川敷に一人と1匹、並んで座る。ブチは少し寂しそうな顔をして遠くを見ていた。きっと考えてることは同じだろう。
(なあブチ、)
「はい」
(今回はわしの方が先に逝くだろう)
「……はい」
泣きそうな顔をしてブチはこちらを見る。
(そん時ゃ、わしは彼岸でお前がくるのをずっと待ってるから、ゆっくり来い。来世こそは同じ種で生まれ変わろう!……というか、わしはまだ生まれたばかりなんだぞ!今から別れを惜しむのは早いだろう、人生はまだまだ長いんだ!)
「……は、はい!そうですね……そうですよね!僕がずっとずっとご主人をお世話しますから、今生を犬で生まれたことを後悔はさせませんよ!」
犬時代のお気楽な性格は変わっていないらしい。速攻元気になるところは昔からそのままだ。
「それじゃあ、ご主人!ボール投げてください!僕が拾いに行きますから!」
(馬鹿!お前がわしにボールを投げるんだよ!逆だ逆!!)
すれ違ってしまったが、一緒にいるだけできっと幸せな今生を過ごせると確信している。顔を合わせ、お互い抱きしめ合いながら大きな声で笑った。




