OLは見た!居酒屋三人衆
こちらだけで短編として読めますが、
「約束ひとつ、君を待つ・地下の水脈」「飛び込む男」「机の角で頭打って…」と同一人物が出てきます。
夜の繁華街。ギラギラ輝くネオンの大きな通りから3本外れた細い道を奥へ奥へ進んでいくと、昔ながらのこぢんまりした個人居酒屋がある。地元の通しか知らない穴場の店で私のお気に入りだ。
私はモブ美。正真正銘のモブである。働き始めてもうすぐ20年……バリキャリのアラフォーだ。恋人は常に募集中であるが、仕事に集中していると中々出会いなどない。最近はこうしてお気に入りの居酒屋で静かにお酒を嗜むのがマイブームなのである。
入り口直ぐのカウンターL字席。Lの下、短い部分に2席あるのだが、どちらかに座るのが私の定位置。今日はその手前席が空いていたので、そこでチビチビとお酒とつまみを楽しんでいた。
「おう、おやっさん!久しぶりですなあ」
程よい喧騒の店内に、ガラガラと扉を開ける音と豪快な声が響いた。チラリと背後を見てみると、高そうなスーツを来た大柄な男とその背後に2人。店主と顔見知りなのか話しかけながら店内に入り、私の席から左斜め前のテーブルに着く。取り敢えずいつものコップで生3つ、と声が響いた。
平日、ほぼ毎日のように通っていると見知った顔も多くなるのだが、彼らを見るのは初めだった。なので私は酒のつまみがてら観察することにしたのだ。
大柄な男の向かいに真面目そうな七三眼鏡君と、見た目入社2年目くらいの若造が座り、談笑しながらビールが来るのを待っている。大柄な男が上司で二人は部下だろうか。
「いやあそれにしてもこの同期3人で集まるのも久しぶりですよね!」
まさかの同期だった。え?同期?どう見ても世代が違う3人が?
そう思ったが転職が多い会社では普通によくあることなので納得した。そうこうしているうちにビールが運ばれてきて、
「……っち——!!?」
私はつい口に出しそうになって慌てて口を噤む。
ちっちゃ!!!何そのコップ!!
心の中で盛大に突っ込んだ。ラーメン屋によくある、あの水を入れる小さいコップ。あれにビールが注がれているのだ。しかも半分くらい泡である。こんなの客に出したら確実にクレームが入りそうだが、3人はにこやかにそれを受け取り乾杯!と言ってグラスを当てて一気に飲み干した。
「ぷはあ!やっぱ苦手でも最初は生からじゃないと始めた気になりませんよね」
「そうですなあ。おやっさん、いつものを大で3つと本日のおすすめを適当にお願いしますわ」
はいよっと店主の声が響く。そうして運ばれてくる大ジョッキを見てまた声が出そうになった。
「はい、日本酒ね。今日は辛口にしときやした」
———!???
ビールジョッキにひったひたに注がれた日本酒を、店主は爽やかな笑顔でドンと机に置く。
うそまじで?それ全部飲むの?と戦慄いていたら、私の前に座っていたリーマンも驚いた顔で綺麗な二度見をかましていた。そんな目線を諸共せず、3人組はその日本酒を美味しそうに喉を鳴らして飲んでいるのだ。眼鏡君なんかもう空にして2本目を頼んでいる。
「2人とかならしょっちゅうですけど、3人で長時間集まれるのは本当に久々ですよね。10年ぶりくらいでしょうか」
「正確には11年と4ヶ月ぶりくらいですね」
新人君(仮)の言葉に眼鏡が返す。見た目からして私の中で計算が合わない。この新人に見える若者も入社11年以上経っているという事なのだろうか。てかそんなに時間合わないって、いったいどんな会社で働いてるんだ彼らは。
「そう言えばオオサキは最近狭間の仕事多いみたいですね。風の噂で聞きましたよ」
2杯目の日本酒をぐびぐびと飲みながら眼鏡が新人君に言う。そうか新人君はオオサキと言うのか。
「あはは……そうなんですよ。病院まで迎えに行ったら居ないんです。本当に焦りました」
オオサキという若者は苦笑しながら枝豆を両手で剥いている。ちょっと可愛い。
「あと一番大変だったのは八十神さんの知り合いの人間が狭間に来ちゃった時ですかね。人間はこっちがなんとかするから貴方はこの空間維持だけお願いとか頼まれちゃって……結局最長50日も維持する羽目になりまして、最終的には僕一人じゃどうにもならず他の皆に頭下げて、空間維持を手伝ってもらって」
「あらぁそりゃお気の毒でしたな」
オオサキの口からもっと僕に力があれば、と長い長いため息が落ちる。私の頭の中はハテナで一杯だった。専門用語?それとも何かの隠語なのだろうか。言っていることが全然わからない。
「サイトウは最近どうなんです?もう90年くらい自死者専門状態になってますよね」
眼鏡が一番貫禄のあった男に話を振る。サイトウ、と言うらしい。90年と聞こえた気がしたが、きっと90年代からという意味だろう。自死とか言っているので警察官か何かなのだろうかこの人たちは。
「ははは!何も代わり映えありませんなあこっちは。ああそう言えば久々に時間が出来た日があったので、死んで2週間ちょっとの若造に声かけたら楽しかったですよ」
「おっ2週間とかそちらじゃ凄い新鮮なんじゃないですか?」
「そうなんですよ。声かけたらちゃんと威勢よく言葉が返ってくるんです!」
刺身を頬張りながらサイトウは面白そうに話す。このおっさん声がでかい。死んでるのに言葉が返ってくるってなんだ一体。
「電車に飛び込んだ若造だったんですけどねえ、飛び込む度にずうっと声張り上げてたんです。私に対してもイライラをぶつけてくる始末。いやあ嬉しかったですねえ」
「えええ……。イライラぶつけられて嬉しいんですかサイトウ……」
オオサキが信じられないと言った顔で呟く。
「そりゃあ嬉しいですよ!自死者は他者と違って訪ねる月日が遅くなるでしょう?私が会いに行った時にはもう目は虚、言葉をかけても目線どころか言葉すら返ってこない人が8割ですからねえ。現に威勢よく飛び込んでた若造の隣や別のホームにも、飛び込み続けている人間が14人くらい居たんですが、目線が合うことはありませんでしたよ、ははは」
……気づけば店内は小さなテレビと調理する音だけが聞こえている状態だった。私だけじゃなく店内にいるほとんどの客がこの3人の会話に耳を欹てている。そりゃそうだ。なんだこのホラー展開は。
「助けた時はあんなに私に感謝して、もう二度と自殺なんかしません!って言うのに、またしちゃう人多いんですよねえ。己の自死が2回目だと気づいた時の顔といったらもう」
「うーん、なんだか湿っぽくなっちゃいますから話題変えましょう!そうだ、カワカミ!カワカミはどうなんですか?この中で唯一通常運転状態ですよね」
オオサキが眼鏡君に話題を振った。ちょ待てよ今いい所だったのに。おっさんの話の続きが気になって箸が進まない。2回目だと気づいたその人はどうなったの!?お願いだからそこで止まらないで教えて欲しい。
「……通常運転なのでなんの面白みもないですよ。ああでもこないだ道すがら通ったマンションで幽体離脱した人と鉢合わせしましたね。ちょっと吃驚してしまったのが悔しいです」
眼鏡、じゃなかったカワカミと言われた男は、そう言いながら本日9本目のジョッキを手にしていた。いやどんだけ飲むねん日本酒。顔色も喋りにも酔った感じは一切ない。とんでもなく屈強な肝臓を持ち合わせているのだろうか彼は。
というか幽体離脱ってなんだろう。この3人霊能力者か何かなのか。そう言う専門の会社があるのだろうか。
「あとはそうですね……ここから駅に向かう道にある公園わかります?ブランコと砂場だけの小さな公園です」
「ああ!解ります!小さいけどあそこ八十神さんが二柱居ますよね」
またでたヤソガミ。さっきも出ていた単語だが一体なんなんだろう。何の紙なのか。ヤスリの一種だろうか。
「ええ。この地域よく通るので顔見知りなんですが、一柱はトイレ。もう一柱は公園の草木の管轄なんだそうです」
「へえ」
「……この辺りは飲み屋が多いでしょう?トイレもよく使われているそうなのですが、なぜかトイレではなくその隣の茂みで便をする人間がいるようで」
ぐふっという何かを吹き出すような音がカウンター席から聞こえてきた。気持ちはわかる。私も、は?とか言いそうになったが心に押し留めたのだ。もはや客たちは皆一心同体である。一致団結して3人の会話を聞いている。
「厠神は何とかしようとトイレの穢れや気の流れを良くしたりしていたのですが、相変わらずトイレを無視して茂みで出す。まあもう性癖なんでしょう。そんなことを週3くらいでやられてたらしくて、草木の柱は女性の形をしておりますから、まあ、ブチギレですよね」
うわぁという声がどこからか小さく聞こえてくる。
「猫に頼んでその場所にわざとフンをしてもらったり対策したらしいんですが、それも気にせずその上に堂々としちゃうみたいで」
「おいおいどう考えてもやべえ奴じゃないですか」
「とうとう堪忍袋の尾が切れたらしく、公園の周りに今まで奴が出したそのブツを全て撒き散らしてやる!と昨日大暴れしてて、厠神が必死で止めてましたがありゃもう無理でしょうね」
「ええ……」
「今日公園の近く通らない方がいいですよ。別の道通りましょう」
食事の場で堂々とシモ話するこいつらもこいつらだが、世の中にはとんでもない人間もいるもんだなとしみじみ思った。てか厠神ってなんだったか、時間も酒もいい感じに回ってきていてすぐに思い出せない。そうこうしているうちに3人組は帰っていった。
変な奴らだったなぁなんて思いながら、ふわふわした足取りで駅までの道を行く。
「へえ、ヤソガミは八十神って書くのか。八百万の神様のことだったのね。紙やすり全然関係ないじゃん」
彼らが言ってた単語が気になって、危ないからダメだと思いつつも歩きながらスマホで調べる。
「厠神……トイレの神様、柱は神様の数え方……神様?神様の話してたの?あいつらは宗教家か何かだったのかしら」
気づけば駅の近くの公園まで歩いてきていた。
「あはは、まさかねえ。神様とかいないいない!幽霊すら見たことないし!」
スマホをカバンに仕舞いながら一歩踏み出す。周りからうおっとかうわっとか小さな悲鳴や舌打ちが聞こえる気がする。と同時にブニッとお気に入りのパンプスの底から嫌な感触が伝わってきた。
「…………まさか」
眼鏡君が言ってた話を思い出す。公園の女神が怒ってて、うん……を撒き散らすとかなんとか——
公園の周りから聞こえる叫び声に倣って、私も大きな悲鳴を上げた。




