山の上冥土ツアー
ガタガタと信じられないくらい振動が体に響いてくる。辺りにはうっすらと煙が充満し、ビーッビーッという音の後に録音された音声が繰り返し流れているが、悲鳴と機体が揺れる音でかき消されてよく聞こえない。乗客はそんなに多くなく、宙ぶらりんになったままの酸素ボンベがぐらんぐらんと勢いよく無鉄砲に揺れているのが印象的だった。
窓の外に顔を向ければ、爆発してぐちゃぐちゃになったエンジンと山が見える。前方から涙ぐんだ声で、オーマイゴットやヘルプ!ジョウミンア〜!などと叫ぶ声が聞こえた。そんな声を聞きながら俺は、飛行機代をケチって名前しか知らないような国の激安航空会社を使うんじゃなかったと、徐々に近づいてくる山を見ながら悔やんだ。
そうして予想していた通り、乗っていた飛行機は墜落した。ほぼ山のてっぺんで木々を薙ぎ倒し、メラメラと燃え盛る飛行機を、俺らは少し離れた所から呆然と眺めていた。なぜ“俺ら”なのかというと、乗っていた乗客乗員皆、薄っすらと透けた状態で立っているからだった。この状態では全滅だろう。死んだ後も幽霊状態の全員で飛行機を囲み、佇んでいるのが少し可笑しかった。
これから俺たちは一体どうなるのだろうか。何処の山なのか、何処の国すらも分からない、体を失ったこの状態で。
「……あのすみません、おじさんはその、日本の……方、ですよね?」
二人組の若い男達が話しかけてきた。マイナーな飛行機なのに、俺以外にも日本人が乗っていたのかと多少驚きながらもそうだと返事をする。
「……やっぱり!ゲートを通るときにお辞儀しているのを見かけて、もしかしてと思ってたんです」
「そうだったのか。……二人共とても若いようだが……」
「ああ、僕たち大学の卒業旅行で……。金もないし、激安パック使ってヨーロッパ行ったんですけど、帰りがこの飛行機で……この後また乗り継ぎで日本に帰る予定だったんです。そちらは?」
「……俺はヨーロッパを旅してきて、日本に帰る前に東南アジアに寄って行こうと思ってたんだ。それでこのザマさ」
ため息を吐くと2人もああ……と泣きそうな表情になる。俺は自ら選んで乗った飛行機だったが、二人はツアーだ。やるせない気持ちもあるだろう。
「……僕たちの体、今どうなっているんですかね」
「…………あの様子見てると、原型も怪しいし炭になってそうだなあ」
飛行機の中を覗いたのだろう、金髪の外国人がオエエと前のめりになってえずいている。その周りでヨーロッパ圏の人達が大袈裟なジェスチャーと大声で何か喋っていた。
「…………これからどうなっちゃうんでしょう」
「死んだのに意識が残るなんて思ってもいなかったです……」
「そうだよなあ……どうなるんだろうな……」
一人がグスッと鼻を鳴らして、日本に帰りたい。家族に会いたいと震える声で呟くと、もう一人もそんなこと今言うなよぉ……と目頭にいっぱいシワを溜めて弱々しく嘆く。俺はもう人生半分をとうに過ぎているが、彼らはまだまだ若い。少し可哀想に思ったが、後の祭りである。
あれから2時間は経過しただろうか、未だに救援隊が飛行機を探しにくる様子はない。皆飛行機の側から離れようとする人は居らず、地面に座り込んだり、近場をウロウロして戻ってきたり、蹲って落ち込んでいる人もいる。
俺たち3人は話し合って救援者が来たら着いて行こうと決めた。いずれ遺体は日本に送られるはずだ。そうすれば必ず日本に帰れる。3人でたわいも無い話をしつつ、地べたに座って救援を待っていた。するとなぜか上からおーいと呼ぶ声が聞こえてきて顔を上げる。その先にはツアーの旗をバタバタと大きく振りながら近づいてくる男性がいた。
「えええ!?そ、空飛んでる!??」
大学生がビックリして叫ぶ。その男は、はははと笑いながら地面に降り立った。
「よっ……と、すません!大変お待たせ致しましたァ!いや〜物凄い辺境の地に落ちましたねぇ、俺も探すのに苦労したっす!」
「に、日本人……?」
「んーまあそうっすね!日本人迎えに来ました!俺、案内仏のソトクニいいます」
話が通じているのか通じていないのかよく分からない少々軽そうなこの男は、自分のことを仏だと言う。
「点呼取りますんで名前呼ばれた方は返事おねしゃーす!森田さーん!」
「は、はい」
いきなり自分の名前を呼ばれ咄嗟に返事をする。
「次、林さん!はい、いますね!木原さーんはい、オッケーです!葉田さん!……ようださーん!居ますか〜!?」
「…………こんなマイナーな飛行機に日本人4人もいたのか……」
「なんか激安ツアーで使われてたっぽいっすね。森田さん以外は20代っす」
「…………」
ソトクニが大声で呼んでいたら、飛行機の影から泣きそうな顔しながら駆けてくる男性がいた。
「お、俺です!葉田です……!……ああ日本人がいっぱいいる!嬉じい……一人じゃながっだ……」
「大丈夫ですか……?気持ちわかります。あなたも大学生……ですかね?」
「そうですっ……一人旅で、ツアーで……」
大学生同士で慰め合いが始まった。俺一人場違いな気がして少々心が痛かった。ソトクニがチラチラとこっちを見てきてドンマイ!とサムズアップしてくる。やめろ。
「あーお取り込み中悪いっすけど、話続けていいっすか!?」
「あっすいません!!」
3人がハモる。
「えーこの度はこの世でのお勤めご苦労さんでした!これから俺、案内仏のソトクニが一度日本まで引率した後、あの世へ案内するので、しっかり着いてきて下さいっと。この旗が目印っす」
「ちょ、ちょっと待ってください」
三角旗をはためかせるソトクニに葉田が声を掛ける。
「その、仏教……?お、俺、自分の宗教が何か分からないんですけど、それでも良いんですか」
「へ?別に関係ありませんよ」
何を言っているんだ、という顔でソトクニは葉田をみる。
「ほら、それでなくとも宗派とかもあるじゃないですか」
「あーそれ人間が勝手に作って分かれただけっすから!俺らには関係ないっす!それに俺らは半分なんで、あなた達が何を信じていようと無かろうと迎えに行くことになってるんすよ!」
笑いながら答える。半分?……半分って何が?と大学生が一斉に聞く。それに答えようとソトクニが口を開いたときにこちらに近づいてくる影があった。俺らとは少し離れた場所で座っていたアジア人らしき老夫婦だ。
「ขอโทษ……ちょっといいですか……?」
「あれ!?なんか意味がわかる!」
学生が言うように、言語は違うのに意味が理解出来る。さっきまでは周りの会話は一切理解できなかったのに。
「体がなくなれば言語の壁は消えますから、わかるのは当然っすよ。……どうしたんすか?」
さも当然と言うふうに答えると、老夫婦に向き直る。
「先ほど仏教と聞こえて……私たちは仏教徒なんですが、一緒に連れて行ってもらうことは出来ませんか……?ここに置いていかれるのは不安で……」
「あっもしかしてタイの方っすかね!?」
「そうです……」
「あっじゃー大丈夫っす!多分すぐ迎えがくると思いますよ!ここからまだ近いし、俺らと違ってそちらは完全ですし」
「完全……?なにが……?」
「なあ、まじであの人何言ってるんだろ。話に全然ついていけないんだけど」
会話を聞いていた学生達がひそひそと話している。そうこうしていると、いきなり南側の空が眩しいくらいに輝き始め、周りにいた人は一斉に目を覆う。光が弱まって目を開けると、奈良の大仏のような巨大なシルエットが空に見えた。
「う、うわああああなんだ!?大仏!??」
「お、おい林静かにしろよ!」
「さあお爺さんお婆さん、言ってた矢先にお迎えが来ましたよ。さすが本場は違うっすね!自らお出迎えとは」
「ああ……良かった。皆さんコップンカー」
そう言うと夫婦はシルエットに向かって拝むと、光に包まれながら吸い込まれていった。夫婦の他にも、輝きながらが昇っていく人々がいる。仏教徒だったのだろうか。十数人を連れて、大仏はスゥーっと消えていった。
「すんげぇー。なんだあれ」
「流石っすねえ!あー俺らの方もトップがやってくれれば早いんすけど」
うんうんと腕を組みながらソトクニは呟く。
「ソトクニさんもさっきの大仏?と同じ仲間じゃないのか?置いていかれたが……」
「あっ全く違う赤の他人っす」
「は?」
「まあ同業者っていえば同業者っすけどね。あ、それとさっき聞かれた半分の意味っすけど」
思い出したかのように、さっきの質問について語り出す。
「ほら、ちょっと前まで神仏習合してたっしょ?だから今も、仏と神で仕事を半分ずつ分けてるんすよ。二人で一つ!みたいな状態なんす俺たち。皆さん自分が住んでたとこの氏神さん分かります?代表の神社みたいなやつです」
「ええっと……氏神……?」
葉田が困ったように言う。
「昔は違いましたが、今は代表神社が大体市町村単位で守護してるんすよ。まあ簡単に言えば神社会の町内会みたいなもんっすね!信じていようと無かろうと、その地域に住んでいれば勝手に守護してくれてるんで、体調悪い時とかうまくいかない時に氏神神社にお参りに行ったりすると良いっすよ」
あ、すません!もう死んで無理なんで、来世で覚えてたら是非実践してみてくれっす!と笑う。
「まあ、そう言うわけで、八十神が問答無用で日本全土を守っているんで、俺ら仏も問答無用で迎えに行くようになってるんす。だから何信じてるとか関係ないんですわ!日本におぎゃあと生まれた瞬間から、死亡時のお迎え保証がオプションでついてるんすよ皆さん。永久保証っす!」
「ええ……そんな生命保険みたいな言い方……」
「というか、結構な事言ってると思うんだけどすごい軽く喋るなこの人……」
「いやでも、その永久保証……?のおかげで今こうして助けてもらえて日本に帰れるみたいだし」
「……まあ確かに」
得意顔で喋るソトクニに対して、俺たちは初めて知る話に呆気に取られていた。昔死んだ俺の祖父母もこの説明を聞いたのだろうか。そんなことを考えている内に、ソトクニが旗を上げる。
「それじゃいいっすかね!出発するんでしっかりついてきて下さいよ!」
「ああ……はい!!ってあの、他の人たちは放置でいいんですか?」
「あ〜他はどういう仕組みか解らないし、俺の仕事は皆さんのお迎えなんで」
「仕組み?」
ちらっと周りを見ると、必死で十字を切っている人も居れば、こちらを恨めしそうにじっとみている人もいる。
「まあ会社だと思って下さい。さっきは同業者みたいなものなのでちょっと分かりますけど、他は全く違うんですよ。こっちが食品会社だとしたら、他は自動車会社とか建築会社みたいなもんっす。全然違うから解らないんすよ」
「そ、そんなもんなんですか」
「はい」
「ちなみにですけど……無宗教の人とかはどうなるんですか?」
「さあ〜?俺みたいなのが国単位で居るかもしれないし、無宗教でもちゃんと弔ってもらえるでしょう?普通にあの世へ向かってるかもしれないっすよ」
「へえええ」
興味が出たのか学生たちが次々質問する。ソトクニはチラッと飛行機の近くにいる欧州出身らしき人たちに目を向けてポツリと言った。
「ああ、怪しい話には気をつけて下さいよ。あそこの人たちは、自分は神の生まれ変わりで神力を持っていると力説する人間が作った新興宗教に入ってるぽいっす。嘘に騙されてはいけない。己が神と豪語する生きている人間が、死んだ後の人間をどうやって助けてくれるのか」
あの人たちにも、俺らのような使者が存在していれば大丈夫でしょうけど。とソトクニは軽く溜息をつきながら言った。
「居なかったら……どうなるんですか?」
恐る恐るといったふうに学生が聞く。
「自然界の生き物が死んだらどうなると思います?虫とか鳥とかまあなんでもいいっす」
「え……そりゃ、無……とか?」
「まあそうっす!普通に土に帰る。人間も一緒っすよ」
「…………」
さて、続きは日本へ向かいながら話しましょう!せーので地面を思いっきり蹴って下さいね!そしたら体浮かぶんで!
ソトクニはケロッとそう言うと出発を促され、みんなで慌ててジャンプの体制を作る。
「俺、国内より海外迎えの任務が多いんで色々詳しいっすよ!みなさんの体が日本に戻るのもだいぶかかりそうですし、色々観光しながら帰りましょうか!ということで、ちゃんとこの旗に着いてきて下さいよ〜!」
「さっきまで死んで悲しかったけどちょっと楽しくなってきた」
「おおいソトクニさん、観光してくれるならアユタヤ行ってくれ!死ななければ行く予定だったんだ」
「りょーかいっす!良いとこっすよねアユタヤ!」
仏が来るまで泣きそうだった学生達に少し笑顔が戻る。俺もどうせならと場所を言ってみれば簡単に了承してくれた。
飛行機のそばにまだ立っている人たちの視線を感じる。軽くお辞儀をし、お先にすいません。と心の中で呟いてソトクニの背中を追いかけた。




