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好きだよ

 翌朝、起きる。

 まだ疲れが取れていないけど、とりあえずいつもの一杯を用意する。砂糖を四つ…………手が止まった。

 嫌でも思い出す、昨日のこと。甘いミルクティーが大好きなはずなのに、手からこぼれ落ちていく。


「だけど、ほんの少しでもいいから、あなたのそばに――。」

 言葉と共に、一つの小さな塊が静かに溶けていった。



 あれから学校でもくるみは普通に接してくれる。変わったのは私の方。くるみと一緒にいる間は気にならなかったことが、どうしても気になる。やっぱり私はいない方がいい、迷惑でしかない。そんな思いが頭を埋め尽くす。みんなの目が怖い。くるみは相変わらず私と話してくれて、登下校も一緒。だけど、いつか捨てられるんじゃないかと思ってしまう。

 だからもう一度聞いてみた。


「くるみは私と一緒で大丈夫なの?」

「も~、ネガティブすぎだって。前も言ったでしょ? 私はサキと一緒にいたいんだよ。」

 その言葉に安心する、だけど不安が拭いきれることはない。だって、こんなに寂しそうな顔をするから。

 最近のくるみは、いつも人の誘いを断ってまで私の隣にいようとする。そして、こっちに来るとき、一瞬だけ表情を曇らせる。くるみはすぐに笑顔を作るけど、私にはハッキリ見えていた。


(大丈夫だっていうなら、どうしてそんなに悲しい目をするの? 本当はみんなのところにいたいのに、私を気遣ってここにいるんじゃないの?)


 もしかしたら私の方から彼女の元を去るべきなのかもしれない、そう思うことだってある。だけどあの子がいなくなったら、私は生きていけない、そう確信できる。だから甘えて、縋り付く。


 一人で悩むうちに、時間はどんどん過ぎていった。


 

 下校時間になったけど、くるみが教室にいない。

「ああ、そういえば他の子たちと話があるとか言ってたっけ。」


 一人で帰れば? 心の声が聞こえて、だけど開き直る。もし今ここでくるみと離れ離れになったら立ち直れない、そんな気がする。



 「……遅いな。」

 じれったくなって、くるみを探しに学校をうろついた。

(あ、いたいた、あの部屋だ。)

 それらしい影を見つけて、様子を伺いに近づく。


 「くるみさー、あのサキって子といるの増えたよね。あんなのと一緒にいて楽しいの?」

 部屋から声が聞こえた。くるみが女子に囲まれて何か言われている。

「ああいう暗いのと一緒にいたらダメだよ。せっかく茶畑さんカワイイのに。」

 他の女子が続ける。その場から逃げようとしたけど足がすくむ。聞きたくないのに、耳が敏感になって声を拾う。


「サキはそんな子じゃないよ、勝手に判断しないで。」

 くるみが強い口調で反論した。すごく嬉しいはずなのに、私の頭には先に二人が言ったことが重く響く。だって、私がずっと思っていたことだから。

 今までは自分が勝手にそう思っているだけだって言い聞かせていた。誰かが本当にそう言っているのを聞くのは初めてだった。だから余計に酷く響く。私なんかと一緒にいたらあの子に迷惑がかかる、そんなのとっくに気づいてたのに。だけどくるみがそばにいてくれる時間が楽しくて、心地よくて、自分じゃ変えられなかった。


「でもさー、彼氏とかは嫌がるんじゃない? 自分の彼女があんなヤツと仲良しなのって。」

 追い打ちをかけるように鋭い言葉が突き刺さる。

「彼氏なんていないから大丈夫。」

 くるみが気にしていない様子で返すのが聞こえる、でも頭に入らない。

「え⁉ あんなにモテるのに⁉」

「あー、でも狙ってる人とかはいるんでしょ?」

「そういうの、私にはよくわからないよ。気になってる人なら……いるけど。」

「マジ⁉ だれ! だれ!」

「あなたたちには教えてあげない。」


 さっきまでくるみの声は流れていってたのに、今度は意地悪くハッキリと聞こえる。


 そっか、気になる人がいるんだ。それも簡単には教えられないような人、それだけ大切にしたい人、本当に好きな人が。じゃあやっぱり私はあなたのそばにいるべきじゃない。そう、その通りなの。あの二人が言うことは正しい。私なんかがあなたと一緒にいるなんて、おかしいことだったんだよ。最近くるみがまた私といてくれるようになったのは、私を気遣ってくれてたからなんだよね……。思った通り、私がそれに甘えてたんだ……。


 自分でも分かりきっていたことを改めて確認した。これ以上同じ場所にいるのが辛くて、足早に家に帰る。何もかもを吐き出したい気持ちを必死にこらえ、そして部屋に入って一気に崩れた。


 そこから起きるまでの記憶がほとんどない。それでも、朝日に照らされる濡れた枕と未だに頬を伝う雫が、私がどんな状態だったかを教えてくれた。

 「顔、洗わなきゃ……。」

 時間をかけて腫れた目を元に戻して、無心で学校へ行く準備をする。幸か不幸か、今は反省会なんてやっている余裕はなくて、何も考えずに朝を乗り切れた。



 「行ってきます。」

 鞄にはいつものパックも入れておく、飲める気がしないと思ったけど、何かに頼っていなきゃ耐えられなかった。

 

 重い足を引きずり、いつもの場所でくるみに会う。

「も~サキ! 帰ったなら言ってよ~、私探してたんだからね! メッセージもぜんぜん見てくれないしさ~。」

「え、あ、そうだったの?ごめん……。」

 すぐにスマホを確認すると、何件もの通知マークが目に入った。昨日結局一人で帰ってしまったことを思い出す。

「用事があったの忘れちゃっててさ。」

 罪悪感を握りつぶし、咄嗟に嘘をついてごまかした。

「ホントに心配したんだからね~!」

 くるみがほっぺをふくらませる。その愛らしい姿が、私の心を灼いていく。


 そういえば、くるみはあの後どうしたのだろう。気になるけど聞くことなんてできない。だって、くるみはいつもどおりに振る舞ってくれてるから。何があったかなんて知られたくないんだ。

(もし今以上の関係になれたら、あなたの悩みも打ち明けてくれるのかな。……だけどそんなの傲慢だよね。)


 くるみの負担にならないように、私も普段どおり話す。仲の良い幼馴染になる。

 隣を歩いていいはずがないのに、それでもあなたと一緒にいたい。どうしようもないくらい、愛おしい。

 こんなことを考えてるってバレたら、どう思われるか分からない。関係が壊れてしまうのが一番怖い。私にはこの位置だって幸せすぎる。


 私なんかがあなたの幼馴染になれた。それで十分すぎるの。だから、私の気持ちであなたを苦しめたくないんだよ。……いっそあなたの方から、私を突き放してくれればいいのに。


(……いつからこう思うようになったんだろう。いやそんなの分かってる。)


 つい感情が口に出そうになって、慌ててパックを取り出す。持ってきていて良かった。これを飲んでいれば、黙っていても不審には思われないはず。


「あ、まーたそれ飲んでる。」

 そう言って上目を遣うくるみを見て、激しく胸が騒ぎ出す。私は伝えてしまいたい気持ちを必死に抑えて、ストローに口をつけた。


「ぜんぜん飽きないな~。サキってほんとに好きだよね、ミルクティー。」


「……うん。」

 ――ずっと前から


「好きだよ。」

 ――どうかこの想いに、気付かないで。











 その言葉が私に向けられたものだったら、どんなに良かっただろう。


 昔から思っていたけど、サキは好きなものに対してすごく真っ直ぐ。目がとてもキラキラして、幸せな空気がこっちにも伝わってくる。


 その目で、私のことも見てくれたら、二人で幸せになれるのかな。


 けど、あのキレイな目は私なんかにはもったいないんだ。みんなに好かれるように振る舞って、期待を裏切らないように自分を演じて……私はそういう人間なの。

 確かに友達は増えたけど、そういうのは間違いだってこともわかってる。それでも、今更変えられない。私はこうやってこれまでの環境を作ってきた。偽ることにもなれてしまった。もし周りに見放されたらと思うと息が詰まる。


 高校に上がってからは特にそう。みんな今までの経験がある分、関わる人を選ぶのがうまくなってる。誰と話して誰を切るのか、その判断が速くなってる。だから必死に合わせてきた。

 けどサキは小さいころからずっと変わらない。サキの前でなら、偽らずにいられる。そのままの自分でいられる。それが心地よくて、ついサキのところに行ってしまう。心の拠り所として使っているようですごく申し訳ない気持ちになって、でも私が暗い顔してたら余計な心配かけちゃうから、サキには笑顔だけを向ける。


 他の人と話しているとすごく疲れるけど、サキといる時だけはずっと楽しいまま。……本当はサキにもっといろんなことを聞いてほしい、いろんなことを話してほしい。サキとずっと一緒にいたい。だけど怖い、サキが私のことをどう見てくれているのか分からない、“これ以上”なんて求めてないかもしれない。だから幼馴染で止まる。それくらいならよくある関係、サキと一番仲良くできる、ギリギリの関係だから。

 でも、もっと……


 もう、どうしたらいいか分からないよ。



 パックを持って歩く幼馴染を想いながら、学校にたどり着く。

 私は前に、サキは後ろに。振り返って目があった。何か伝えたそうな目、だけど声はもう届かない距離。ああ、またみんなが求める茶畑くるみを演じなきゃいけない。心がすごく疲れる。


 でも、サキがいるから大丈夫。


 私は後ろに追いやられるあの子に向かって、精一杯の微笑みで返事をした。

読んでくれてありがとうございました!

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