デート
朝、目を覚まし、昨日と同じようにミルクティーを用意する。砂糖が落ちていく姿に少し胸が騒いだけど、すぐに平静を取り戻す。これは景気づけの一杯、他の意味なんてないんだから。そう言い聞かせて口をつける。濃厚な香りに包まれて一気に幸せな気分に。この調子ならいける、サクッと準備をしよう。
シャワーを浴び始めた途端に、また反省会を開きそうになった。ルーティーンというのは恐ろしいもので、比較的明るい状態でもわざわざ暗いことを考え出す。
「みんな怒ってるのかなぁ。」
やっぱり不安なのは否定できない。あの子が私といるってことは、他の人といる時間が減るってことだから。
「ま、くるみといる間はそういうのも気にならないか。」
ちょっとだけ強がってみる。実際、あの子が隣にいてくれる間は周りの目も怖くない。このまま一緒に過ごす時間が増えていけば、私が余計に心配をする時間が少なくなっていって、明るいままでいられるかもしれない。
「そうだよ、強気で行こう。」
今日はだいぶスッキリとシャワーを終えられた。昨日くるみが遊びに誘ってくれたのが大きな要因かな、思い出すだけでニヤけてしまう。うんうん、なんだか楽しくなってきた。さあ、この勢いで登校!
「その前に」
いつもの相棒を鞄に入れる。またいつ必要になるか分からないし、一応ね。
通学路の途中でくるみと出会う。
「おはよー」
「おはよう。」
いつもと同じ通学路も、あなたがいるだけで違う景色になる。
私は朝から元気を分けてもらったことに感謝しながら隣を歩く。相変わらず会話が下手で、くるみが楽しんでくれているか判断できないけど、前よりはマシになった気がする。
暖かい気持ちになりながら、歩く。
校門についてからは予想通り、私は後ろでくるみは前に。だけど悲しくはならない。そこにあったのは優越感。みんな今のうちにくるみとたくさん話しておきなさい。そういう目線。
くるみもちょっと残念そうに、「後でね。」と私に視線を飛ばした。
さすがに授業ごとの短い休み時間では、あの子も人だかりを捌くので精一杯。それでも昼休みは必ず私のところに来てくれるようになった。入学したての頃からは想像もできなかった時間。一ヶ月耐えてきた甲斐があった。
念のため「大丈夫?」と確認を入れる、くるみは「ここが落ち着くの。」と返してくれる。その表情はどこか寂しげにも見えたけど、気づかないふりをした。
この1週間はそんな日々だった。くるみとどんどん仲が良くなって、みんなからの不信感は強まって……。それでも彼女といる時だけは怖くない。学校でミルクティーに頼る回数も確実に減っていた。家にいるときは、まあ、うん。とにかく幸せな日々が続いて――
そして週末! 行く場所は秘密だって言ってた。
「私の魅力に気づかせるって、どういうことだろ。」
あえて疑うように独り言をつぶやく。そこに期待を隠しきれていないのは自分が良くわかっていた。
「さーて、一番の問題はこれだよね。」
クローゼットの前でにらめっこ。地味な私だけど、オシャレへの憧れがないわけじゃない。カワイイというのがどういうものなのか、自分なりに調べることだってある。一人で買いに行って、試着して無駄に目をキラキラさせて。
「買っても外で着れたことがないんだよなぁ。」
いざ服を選ぼうとすると手が止まる。私なんかが着たってしょうがない、そんな言葉が頭をよぎる。心が暗くなるとキレイな服たちが眩しく映って、見ていられなくなる。だから選ぶものも暗くなっていく。
「これと……これ。」
私が取ったのはぶかぶかのパーカーに、ショートパンツ。足を見せるファッションもしたいけど見せられる勇気がないから、サイハイソックスでささやかな抵抗。あとは厚底のブーツを履けばサブカル系女のできあがり。他人が私を見た時のイメージってこんな感じだろうな、と思うのを追求してここに行き着いた。
自分でも「なんだかなぁ。」と嘆息しつつ、あの子に会いに行く。
待ち合わせはいつもくるみと合流する場所。普通は駅前とかだろうけど、二人で話すうちに自然とここに決まった。早く会いたくて、厚底なのに早足になる。通学路をこんな気持ちで歩くのは初めてだ。
「あ、きたきた! もー、サキ、遅いよ!」
先に待っていたくるみが手を振っている。遅刻ではなくても、待たせてしまった事実が足をさらに速める。
「お待たせ、くるみ。……うわぁ。」
くるみの姿を見て、つい感嘆のため息を漏らす。ノースリーブのブラウス、掛けるように羽織ったジャケット。下はプリーツスカートで高めのヒール。制服のときもカワイイと思ってたけど、今はそれを完全に上回ってる。しかも首元のチョーカーとペンダントが大人っぽさを演出して、かっこよさまで感じる。
「会っていきなりうわぁって……。」
「あぁごめん! 見とれちゃって。」
「ふ~ん、そう? まあそういうことにしてあげようかな~。」
いきなりやってしまった。冷や汗が出てくる。
「サキの格好はー、うん、予想どおり!」
「うっ……。くるみも、こういうイメージ?」
「自信ないなぁ。ってのが伝わってきます!」
「直球……」
くるみってこんなにズバズバ言う子だったっけ? 言い返せない私も私だけど。くるみと自分を見比べて、尚のこと口ごもる。
「さあさあ、今日はそんなサキちゃんの魅力を最大限に引き出してあげましょう。ほら、行こ!」
「わっ、ちょっと……!」
手を引かれて進んでいく。強引に引っ張られているはずなのに、体は自分の方から動いているようだった。
連れて行かれたのはいかにも上級者向けのアパレルショップ。この手のお店を知らないわけじゃないし、入ったことだってある。それでも身構えてしまう。
(少し嫌な予感はしていたけど、やっぱり今日はこういう……。)
「さあ~入ろ入ろ!」
くるみはとても楽しそうにこっちを見る。この笑顔が見れるなら、付き合ってみるのも悪くないと思った。
「パフスリーブとか、絶対に合うな~。あ、良い! 良い! お姫様みたい!」
「サキは足のラインきれいだよね~タイトスタイルどうだろ……おぉ、これはこれは……。」
「くるみ、なんかおじさんみたい。」
「え? ……そうか、これがおじさんの気分なんだ。サキ、今私おじさんの気持ち理解できたかも!」
なんというポジティブ思考。私はまた言葉選びを間違えたかと思ってヒヤヒヤしてたとこなのに。
くるみに推されるがまま、色んな服を買ってしまった。ただそれは私が今まで憧れてきたファッションのものばかりで、自分のセンスが間違っていなかったことを証明してくれた。
「サキなら絶対似合うから、自信持って!」
もうひと押しとばかりにエールを送られる。
「うん、ありがとう。くるみ。」
その一言に、ありったけの感謝を込めた。
あらかたお店を見て回ったところで、唐突にくるみが切り出した。
「それとね、他にも行きたいところがあるんだ。」
「くるみが行きたいなら、ついていくよ。」
「ホント⁉ じゃあ行こう!」
くるみと一緒なら、本当にどこだって楽しめる。そんな気がした。
「ここって……。」
「もしかして、知ってた?」
「うん、前から気になってたけど、なかなか入れなかったんだ。一人だと怖くて。」
「おっ! それじゃいいタイミングだったね~。サキならここ好きだろうなって思って。」
目の前には小さな喫茶店。ミルクティーがおいしいと誰かのブログで見た。”大きく取り上げられたりはしないが、味は本物の隠れた名店”、そう紹介されていたはず。当然飲んでみたかったけど、私が入ったら浮くんじゃないかって、遠慮してた。
サキがここを知っていたなんて。まさか調べてくれたのかな。憧れの人と憧れの場所にいるなんて、すごく幸せ。
二人でミルクティーを注文する。本格派のロイヤルミルクティー、最初はそのまま飲んで見る。今まで飲んできたものとは格別の味。味で感動したのなんていつ以来だろう。くるみも顔を輝かせてこの感動を味わっていた。
そして私はいつものように砂糖を手に取る。ただでさえこんなにおいしいんだから、甘くなればもっと凄い。
四つ、カップの中に落とす。
(溶けて一つになって……ふふっ。)
くるみも砂糖を使うだろうと思って見ていたら、二口目もそのまま飲んでいた。
「砂糖、使わないの?」
普段から甘いのばかり飲んでいる私は、彼女の行動が不思議で仕方なかった。
「うん。せっかくだからこのまま味わってみようと思って。私ね、ちょっとミルクティーについて調べたんだ。本物は紅茶と牛乳があればそれで完成なんだって。」
「え?」
「砂糖は必ずしも必要じゃないって書いてあったよ。」
「あ、そうなんだ……。」
胸が締め付けられる。なんだろうこの気持は。
「私、そのままのミルクティーけっこう好きかも。サキもたまにはこっちで飲んでみたら? ほんとに太るぞ~。」
「うん……試してみる……。」
くるみはただ普通のことを言っただけ。それなのに、拒絶されたように感じてしまった。いつもしていることを否定されたようで、私のことを否定されたようで。――ああ、違う。まただ、またくるみのせいにしてる。勝手な妄想を押し付けないで。
「ふう、おいしかったね~。」
「そ、そうだね。」
危ないところで頭が切り替わった。今はくるみとの時間を楽しまなきゃ。
できるだけ綺麗な心でいようと努力する。でも、ずっとモヤモヤしてる。
「今日はすっごく楽しかった! またね!」
「私も楽しかったよ、またね。」
どうにか取り繕って、いつもの場所でくるみと別れる。あの後もいろいろ見て回った。くるみはいつもみたいに笑顔でいてくれたけど、自分がどんな顔をしていたかは思い出せない。
部屋に入った瞬間、どっと疲れが出て眠ってしまった。