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ミルクティーが心の支え

 瞼の裏が光を帯びて、意識を夢から連れ戻す。ほんの少しの気だるさ、けどそれも気持ちいい。ゆっくりと体を起こして、顔を洗って、キッチンに向かう。冷蔵庫を開けた私を迎えてくれるのは、お気に入りのブラウンスイス牛乳。

(ふふ、これこれ。さーて作っちゃいますか、私イチオシのミルクティー!)

 そのまま飲むのも悪くないけど、紅茶と絡み合った時が一番おいしい。

「それじゃ、早速ケトルを……。」


 お湯が湧くのを待つ私の傍には、選りすぐりの茶葉たち。今日はどれにしようか、アールグレイ、ダージリン、それともキャンディ? うーん、でもやっぱりアッサム。だって、ミルクと相性抜群だから!


 お気に入りのカップを用意して、先に牛乳を注ぐ。表面が落ち着いてきたら優しく紅茶を。きれいなマーブルが描かれて、その後一つの色になる。まさにミルクティー色、見てるだけでワクワクする。でも本番はここから。シュガーポットから砂糖を四つほど取りだして、カップの中に落とす。砂糖が溶けて沈んでいく様子をまじまじと見守る、この雰囲気がとても好き、こうじゃなきゃ始まらない。あまーいミルクティーこそ完成形! 砂糖があってこそ成り立つんだよ。この味はどんな時だって私を救ってくれる!……なんてね。


 自分でも笑ってしまいそうな言葉を並べ立てて口をつける。それは優しく舌を撫でた後、初めからひとつのものだったように体に染み渡っていく。うん、おいしい。



 気取っていた所で時計が目に入った。もう少し余韻に浸っていたいのに、針は無遠慮に私を急かしてくる。ああ、朝一の楽しみが終わってしまう。まだまだ物足りないけど、カップと抱擁を交わす唇に別れを告げさせる。舌の上で繰り広げられるロマンスもお終い。弾んでいたはずの心は、いつの間にか澄ました顔をしていた。さて、問題はここから。


 ここだけの話、私にとってミルクティーは精神安定剤。味も大好きだけど、なんだか飲んでると落ち着けるから。飲んでいる間は嫌なことだって忘れられる。ミルクティーと向き合っている時は自分をさらけ出せる。

 だからその分、後が辛い。登校の支度をしなきゃいけないのに体がなかなか動かず、気分がどんどん沈んでいく。そこには砂糖のような白さも甘さもなくて、黒く苦いものが広がるだけ。――ずっと好きなことだけ考えていられたらいいのに。


 いくらねだっても仕方ないから、とりあえずお風呂場に行く。シャワーを浴びる私の中に浮かぶのは、嫌な感情ばかり。昔の小さな失敗とか、学校での振る舞いとか、どうでもいいはずのことが膨らんで、反省しなければいけない気分になる。望んでもいないのに、溢れ返る。

 私は元々暗くなりやすい性格だという自覚があるけど、最近はそれが酷くなっていると思う。ついさっきまであんなにはしゃいでたのに、もうこのザマ。やっぱり無理にテンションを上げるのは難しい、でもああしないと一日やっていけない……。


(はぁ、私には明るいキャラなんて向いてないよ……。)

 私はあの子みたいにはなれない。理想の人を思い浮かべて自分と対比して、その違いに絶望する。

 「でもこのままなのはもっとダメだろうな。親にも心配かけたくないし……。」

 頭の中で響いていた声は、いつの間にか外に漏れていた。いっそのこと水みたいに流れていってほしいけど、そう都合よくはいかない。

「ああもう!ウジウジしちゃいけなんいだって!」


 そう、ダメなのは百も承知。他でもない私自身が今の自分を変えたいの。だから無理にでもスイッチを切り替えて気合を入れる。


 歯を磨く間にゆっくりと自分に言い聞かせる。暗い気持ちを押し隠して、どうにか「普通の人」くらいにまで自分を持っていく。周りから見れば十分根暗だろうけど、避けられる程ではない、それくらいの自分に。

「ダメダメ、言ってるそばから下向きな考えになってる。」

 こういうときはやっぱり飲むしかない。歯を磨いたばかりだけどもう一杯、ああやっぱり落ち着く。うん、大丈夫、なんかスッキリしたし今ならいける!


 「それじゃ、出発しますか。」

 言いながら鞄の中にもパックのミルクティーを忍ばせる。完全に依存症だけど、これが有るのと無いのじゃ大違い。今日もお世話になりますと感謝を込めてから、お守りのように連れて行く。


 これが私、甘野沙樹(あまのさき)のルーティーン。どんなに気が落ちていたって、好きなものと一緒にいれば毎日を乗り越えられる。学校にいるときだってそう、一緒なら大丈夫。というより、そうじゃなきゃ辛いの方が正しいかな。

 もう一度「大丈夫」と言い聞かせて、一歩を踏み出す。



 自分への期待とは裏腹に、学校へ近づくたびにため息が漏れていく。一人でいるといつもこうだ。余計なことを考えて頭と胸をかき乱される。案の定、その考えというのは取るに足らないはずのもの。それが分かっているから、尚更にこんなことで悩む自分にウンザリする。


(たぶんあの子ならこうはならないんだろうなぁ。私の精神って絶対普通じゃないよね……。)

 こんな重い性格、人には見せられない。

(ああ、でもありがたいことに、学校にいるときは意外と落ち着いてるんだよね、私。家に帰ればお察しだけど。)

 学校では理性がちゃんと働いているということだろうか。あの一人反省会をやらなくて済むのは実に助かる。だけど逆に、口を開いたらネガティブなことを言ってしまうのではないかと心配になる。頭がスッキリしていたって、そういうふうに思ってしまうクセまでは治らない。本当はもっといろんな人と接してみたいけど、周りに嫌われるのが怖くて、つい黙ってしまう。


 おかげで友達がとても少ない。どうやら学校という場所はふとした瞬間に孤独を感じるようにできているらしく、『周りに人がいる状態で過ごす』ということは私にとって救いでもあるけど拷問にもなる。


 ――具体的に言うと休み時間を耐え切るのが辛い! みんなどうやったらあんなに自然に、楽しそうに話せるの? しかもまだ五月、高校に上がったばっかりなのに……。自分がすごく惨めになる! だけど耐えられないわけじゃない。本を読んだりして、自分の世界に入ればどうにか。ミルクティーを飲めばいい感じに気分も落ち着くわけだし。

「そうなれば休み時間程度っ。」

 ……テンションを上げ直そうとして余計にめちゃくちゃになってしまった。



 「我ながら情けないなぁ。」

 自嘲して通学路を歩く、そんな時だった。

「サキ、おはよ!」

 明るくてハッキリ、それでいて柔らかい声が背中に届く。振り返ると、そこには私の幼い頃からの友人、茶畑(ちゃばた)くるみがいた。まあ、ずっと学校が一緒でそれなりに話す程度の仲だけど。それでも私にとっては大切な幼馴染。こんな私とも仲良くしてくれる天使のような子。くるみは昔から私の隣に来て、笑いかけてくれる。


「おはよう。くるみ。」

「いやー、最近あったかくなってきたねー」

「うん」

「寒い日だと朝起きられないけど、あったかくても起きられないよ。気持ちよくて寝過ぎちゃう。」

「眠りっぱなしじゃん……。」

「えへへ、でも遅刻してないもーん。」

「そうね。」


 (うぅ……無難な返事しかできない。ほんとはもっと盛り上げたいのに……。ごめんくるみ! もっと会話の勉強するから!)

 くるみが話題を振って、私が無難に返す、それの繰り返し。楽しませてあげられているとは到底思えなくて、後ろめたさが募る。

 自己嫌悪に陥る私をよそに、それでも彼女はニコニコと笑顔を絶やさない。本当にいい子だ。私なんかの話相手にはもったいないよ。



 そうこうしている間に校門までたどり着く。するとタイミング良く、いや悪く、他の生徒たちがくるみの周りに集まってきた。

「茶畑さん、おはよー。」

「くるみちゃん今日もかわい……まぶし……。」

「ねえ聞いてよくるみ、昨日さー。」

「なあ茶畑、昼休み空いてるか?」


 くるみは男女問わず人気がある。あれだけいい子なんだから、人気がない方がおかしいか。入学式の時にはすでに友達に囲まれてたっけ。

 さっきまで隣にいたはずの私はどんどん後ろに追いやられる。少しだけムッとするけどこの人たちは悪くない。ただくるみと話そうとしただけで、悪意を持って私を押し除けたわけじゃないから。結果的に私がここにいるだけ。そもそも文句を言う度胸なんて……ない。


 後ろにいく私とは反対に、くるみはどんどん前へ連れられていく。寂しさを堪えて見つめていたら、振り返った彼女と目が合った。とても申し訳なさそうな目。ごめんねって聞こえた気さえする。そんな目しないで、あなたは何も気にしなくていいの。私のために、その顔を曇らせないで。

 

 私は精一杯の微笑みで返事をした。

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