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席に戻ると見上君はふ、と小さく笑った。
小さな彼が突然すました顔をしだしたので俺は思わず目を丸くする。
「まぁ猫田君がしらなくても不思議じゃないよ、ファンしかしらない事だしね」
「へえ、そうなんだ」
「人見様はね、大の甘党なんだ」
「そうなの?可愛いね、マスマススキニナッチャウヨ~」
そりゃあもう、大きな瓶に入った飴玉を一日で全部食べちゃうくらいにね!、とにこにこ笑いながら見上君は上機嫌で言う。
俺びっくり。あんなナリでそんな甘党だなんて、そりゃあたまげた。
見た目そんな感じ全然出てないけど、いつもよりテンションが二倍上がりになっているんですよ。
人見緑と言ったらたら学校でも有名な手に負えない化け物みたいなもんだ。
そしてそんな化け物の上にテストでは毎度ベスト5位内には必ず入っている。
まさに顔より力よし頭よし家柄よしのパーフェクトマン。
そんな彼もやはり生徒会役員なだけありもれなく性格に難あり。一年のときはD組でも相当暴れていたという話も聞いている。
そんな危ない奴が生徒会にはいってる事自体驚きだが今更何もいうまい。ただ甘党って、つい語尾に(笑)をつけてしまいそう。
「でしょ!?素敵だよねぇ…ああっ抱かれたい!!ねっ、猫田君もそう思うよね!?」
おもわねーよ。
なんだ抱かれたいって、一般常識でそんなの人前で普通に豪語する奴いねーよ。大体俺のケツはもし失うときがあれば初めては愛する哲平にと決めている。
なんちゃって。
「人見様になら僕もなにされてもかまわないなぁ~」
そんな心底どうせもいい話しを聞きながら笑っているとガラ、とドアが開いた。
途端食堂で聞いたりした時より控えめの可愛らしい悲鳴が上がった。
うん、このファンクラブ可愛い系の奴等ばっかでよかった。
美化委員長のファンはまさに漢って感じの奴等ばかりだから叫び声は獣の雄たけびだし、地鳴りだよ地鳴り。
「ねっ猫田君人見様が来たよ!!」
「き…った、ねえ!!」
いや汚いじゃない。ちゃんと来たねといいたかった、だがそうできなかった。
(痛い痛い痛いっいたたたた、いってぇよ馬鹿お前興奮して俺の手握るのやめて!!皮剥げちゃうよっ!)
ハァハァと荒い息で隣に座る俺の手を握る見上君。ぶっちゃけすっごい痛い。
なんだろうな、俺の中で見上君というポジションが愉快な馬鹿に昇格していってるんだけど。
とりあえず手、離してくださいまじで。
痛みに俺が悶えている間人見は室内へのっそりと入ってくる。それを森崎が出迎えたのだが。
「騒がしくてすいません、人見様。こちらへ………ん?」
柔らかい笑顔でのそ、と入ってきた人見を前へつれだそうとした時、森崎先輩の顔が固まった。
俺は同じように固まっている見上君の手をその間に叩き落とさせてもらった。
ふぅふぅとすっかり赤くなってしまった手のひらに息を吹きかけながら静まり返った室内に顔を上げる。
俺から見ればどうみても烏の巣みたいな頭にしか見えない髪型の人見。
真っ黒な髪と真っ黒な目は自分の胸元らへんにある頭を愛おしそうに眺めている所だった。
その姿は真っ黒な毛並みの大型犬のようだ。
「……秋」
「へえ!!凄いな!!でも俺来てもよかったのか?」
「俺が…一緒に、居たいだけ…だか、ら」
俺が一緒にいたいだけだから、なんて低くかすれた声で呟く人見。
隣で見上君が歯軋りしているが俺も多分そんな顔になっているに違いない。
((((憎き神田秋が何故ここに!!!!!!!))))
その時初めて俺とファンの奴等の思考が重なった。
脳内でちっさい俺が神田の写真に向けてダーツをしているのが見えた。ちっさい俺、ど真ん中狙え。目でもいいけどからっぽな頭を狙え。
「人見様、何故神田君がここに?」
「…別に……」
驚いたようだが不快感はまったくなく、直ぐに優しい笑みを浮かべる森崎。
その笑顔は演技でもなんでもない、普通の笑顔だ。
(…森崎先輩は神田が嫌いじゃねー感じ?)
さっき固まったのは驚いただけだったのだろうか。
視界にいれたくない神田は置いておいて、森崎先輩に視点を変えてみた。
「いえ、人見様がいいなら僕は構わないですよ、今回も皆から手渡しで菓子を渡したいので…いいですか?」
「……ああ」
「菓子?そんなのいつももらってんのか?」
こく、と頷く人見。神田はへー、と対して興味のなさそうに答えた。
「じゃ、一列に並んでねー」
「はい!!」と一斉に席を立ち上がり列を作る。もちろんそのなかに俺たちも入り込んだ。片手には見上君から渡されたお菓子。
(なぁんか…違和感感じるっすよねー…お遊戯会か何かみたいだな。)
何にといわれれば「なんとなく」だが誰にと聞かれれば「森崎に」となる。
他と違ってガツガツとしていないからかもしれない。