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「ね、猫田君?」
一人で急にボーッとしだした俺を不安に思った見上君は、心配そうに顔の前で手を振った。
目をぱちぱちと瞬かせると目の前で動く手をゆっくりと払いのける。
「ああ、ごめんね?人見様の事考えるとつい、ね」
うっとりとした目で言うと見上君は「わかるよ!!僕もこの間授業中つい…」うんたらかんたら延々と続きそうな人見の魅力秘話を語りだした。
秘話は今日でついに秘話第27話に突入だ。
紅潮した頬がまるで林檎のようだ。
後一時間は息継ぎなしで話し続けそうな見上君はベストタイミングで鳴ったチャイムの音に名残惜しそうな顔で席へ戻っていった。
見上君はファンクラブに入っている生徒たちの中でも一番仲のいい生徒だ。
仲良くなっていて損はないタイプだし、なによりちょっとした瞬間に見える馬鹿っぽいところが好きだ。かつては見上君もつんつんと尖っていて、中々友好関係は築けなかったのだが今ではごく普通でちょーっと性格の悪い俺にぴったりな、実にいいオトモダチだ。
「授業始めるぞー」
ガララ、と開いたドアから明るい茶髪の一見ホストみたいな不良教師が入ってきた。
一見ホストのような外見をしているが、それについて今はもう誰も何も思わない。
かつて生徒にホスト教師ホスト教師と呼ばれつづけイラッときたのだろう。
担任は「やることやってんだテメェの好きな格好してて何が悪いんだガタガタ言ってんじゃねェぞゴラァッ!!!」と怒鳴りつけた。
ごもっともです、としかいえない生徒たちは恥ずかしそうに頬を赤らめていた。
俺は爆笑していた。今のところこいつのお気に入りは神田…ではなく志摩らしい。
いい奴だもんな、志摩。中々に純情で擦れた純情だよ。
あれ?純情って擦れてるっけ?あれ?
まあ何にせよ志摩は俺でもいい奴だと思う。
「猫田ーお前ちゃんと俺の話し聞いてる?」
「僕が沙希先生の話しを聞き逃すわけないじゃないですか…」
沙希、なんて可愛い名前をした先生。頬をひくつかせると、ぽっと頬を赤らめる俺を極力見ないように顔を背けた。
興味を俺から志摩に移した沙希先生はにやにやしながら志摩に話しかけ、その後ろで夢の世界に旅立った神田の頭を殴った。
クラスの奴等は半分嫉妬の視線と半分笑いを向けてなまぬるい感じで見守っていた。
俺は頬杖をつきながら笑う。
そうそう、本来学園生活とはこれくらい生ぬるく過ごせるものなのだ。
途中携帯が震えたのでメールを見ると哲平が「今日お前晩飯どうすんの」なんて怒ってますよアピール満載な無愛想な文面を送ってきた。
哲平性格いいからなんか可愛く見える。顔も性格も可愛げゼロだけどね。
とりあえず『集会があるから遅くなると思う』と送れば直ぐに『わかった、後で暖めて食え』と返信がきた。
結局作ってくれるらしい。
(ぶぐく…っ哲平まじツンデレ可愛い、あははは!!)
机に突っ伏しながら小刻みに揺れる俺の肩。
そんな俺に顔を真っ赤にしてこちらをにらみつける哲平が消しゴムのカスを次々と投げつけてくる。
俺はカスまみれになった頃ようやく笑うのをやめた。
こうしていればまるで普通の高校のようなのにな、とどこか頭の隅で思った。
時は変わって放課後、終礼を終えた教室はざわざわと騒がしい。
これから部活だという爽やかマンたちも入れば、図書室に行くという美人、それを怪しい目つきで見つめる男たち、さらにその男たちを鋭い目で観察する風紀委員。
とまあさまざまな生徒たちが帰り支度をしている中、可愛いチワワたちは甲高い悲鳴を上げながら波のように教室から走り去っていく。
ちなみに自分のその波の中にいる。
「きゃあああ」と悲鳴を上げながら走る集団。
但し隣の見上君だけ興奮しすぎて「ぎゃあああ」なんて断末魔の叫びみたいな声になっている事に爆笑しながら。
どうした見上君、君の可愛い綺麗な顔がもの凄くギャグになっているよ。
めちゃくちゃ面白いからいいけど。
そう、今日は二週間に一度のファンクラブ定例会議なのだ。
本日は生徒会書記、人見緑のファン会議だ。会議室に入るとそこにはすでに会長と副会長が居た。
各自椅子に座りながら俺は見上君の隣に座る。
ホワイトボードからこちらへ振り返ったファンクラブ会長に皆感嘆のため息を漏らした。
「もう直ぐ人見様がいらっしゃるから、その前に新しく入った一員の紹介をしましょう?」
穏やかな笑みで微笑む会長、驚くような綺麗な顔。イギリスの血が混じったハーフらしくその美しさから会長自身の人気も絶大なものだ。
彼、森崎フィニアンは深い笑みを浮かべて真っ白な手を俺に差し伸べた。
宝石のように光のあたり具合で色の変わる緑がとても綺麗だ。
その宝石に魅せられたのは俺も例外ではない。
「猫田君、前に出てきてくれるかな?」
「あ、はい」
呼ばれた俺はそのまま椅子を引いて前に出た。
視線が自分に集まるのを感じる。嫉妬や興味といった類の視線だ。
そんなものは慣れたもので、森崎には月とすっぽんほどの違いはあれど見上君に定評のある笑顔で微笑んだ。
つまり哲平が一番気色悪いという笑顔だ。
「猫田君は緊張とかあまりしないのかな?」
慣れた俺に森崎は不思議そうに小首をかしげる。
「いや…ここにいる皆人見様の事をお慕いしているんだなぁって思うと嬉しくなってきちゃって…はは、ごめんなさい変ですか?」
「まさか!大歓迎だよ、改めまして会長こと森崎フィニアンです、フィニでいいからね」
思ってもない事を言う俺をよそに神秘的な目で柔らかく微笑む森崎にやはり見惚れる。
(確かに顔は可愛いと綺麗を半分ずつって感じなんだけど女っぽくはねぇんだよなー。)
女顔というより中性的、女でも男でもなれそうな人形のような顔。
最高級のビスクドールのようだ。
立ち上がった森崎と並ぶとあら不思議、自分よりも背が高い。
俺だって174cmと高い方なのだ。それを越すのだから180に近いのかも知れない。華奢な雰囲気からは想像もつかないが、細見に感じからだろうか、違和感がない。
そんな事を考えていた俺は周りのちょーっと「こいつ僕達のフィニ様に!!」的な感じの視線に気づいた。
(あら…人見半分森崎先輩半分の率のファンなのか。なるほどね)
人見先輩大好きーでも森崎先輩も好きー!!!!な方達が集まっているのか。
つまりこのファンクラブは実質人見と森崎のファンクラブだということだ。
「君みたいな子が入ってくれて嬉しいよ」
「そんな…僕なんて全然」
恥らう素振りをみせながらちょろっと残った良心がちょろっと痛んだ。
森崎の純真無垢のような空気がなんだかものすごく悪いことをしているような気持ちにさせるのだ。
きっと都会で詐欺にあったら速攻カモられて無一文になってしまいそう。
さて、と深緑の目を細めて森崎先輩は手を叩いた。
「時期人見様がいらっしゃるから気を引き締めて、お菓子は用意してる?」
「「「はいっ」」」
――おかし…お菓子?
ぽかん、と目を丸くするのは俺だけで周りはポケットから大量のお菓子を取り出した。
その奥で小さな体をジャンプさせながら両手を振る生徒がいる。
「猫田君っ」
両手いっぱいのお菓子を持って笑う。
持つべきものは便利な友人だ。