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「私もこんな事は口うるさく言いたくはないが、風紀としてこの場を収める必要があるのでね。勿論この場にいる生徒全てを対象としてだ」
さらっ、と髪を靡かせて周りに群がる生徒たちに目を向けた風紀委員長こと、桐島。
冷たい目さえも桐島を引き立てる材料となるのだから否めない。
「俺に好意を抱いているというのならこの俺を煩わせるようなことはしないでください、いいですね」
「はい!!」と食堂にいる生徒一同から勢い良く返事が返ってくる。
口調は副会長と似ているが根本的な何かが違うのだろう、人を纏めるのがうまい。
口元をわずかに引き上げて微笑む桐島に生徒たちからほう、と息がもれ出た。
見惚れるほど美しいその姿に心頭している。
というか俺にしちゃあんな冷たい微笑みは恐怖以外の何物でもないのだが、奴らには放蕩として映るのだろう。
「嫌な顔だな…ネコタより全然ましだけど」
神田は少し唇を尖らせながら小さく呟いた。だがしかし…おいコラ俺には聞こえてんだよなんだ俺よりマシって。そりゃあ俺も副会長も風紀委員長もみんな笑顔の種類が違うだろう。
あれは他人を利用するための笑顔。
俺のは他人から自分を守るための笑顔だ。
「わかったら早く食堂から出て行きなさい、そろそろ昼休みも終わりますよ」
ゆったりとしたその言葉に即座に反応したファン達はドドドド、なんて足音を響かせながら食堂を出て行った。
それをぽかーんと馬鹿面で見つめている志摩はハッと思い出したように声を張り上げた。
「秋っ猫田に失礼なこと言いすぎだ!!」
「なんで怒ってんだよ?だって本当の事じゃん」
「本当だからってなんでも言っていいわけじゃないんだよ!だから、その…っあー…!!お前の言った事が本当でもそれで傷つく奴だっているって事だ!!」
「その通りだよ」
顔を真っ赤にして子供をしかる母親のように怒る志摩、その言葉にうんうん頷いた桐島は薄っぺらい笑顔で神田を見つめた。
「君の言葉で傷つく人間だっているんだ」
桐島の言葉に、懲りずにぶすくれた顔をする神田は志摩に頬をつねられている。
志摩は目の前で微笑む桐島に体を固めてしまうとあきらかにビクビクと震える体で直角にお辞儀をした。
「あああっああ、あのさっきはありがとうございました…っ」
「…いや、礼を言われるようなことは…風紀として当然のことをしたまでだよ」
桐島の瞳にわずかな興味の色が映ったのを俺は見た。
完全に三人の世界を作り出してしまっている相手に、俺の存在感は天ぷらが盛られた皿の隅に完全につつかれることのない天カスと同等だった。
まあこれはある意味チャンスなのかもしれない。
風紀につかまって詮索されるのも嫌だし反省文なんてもっと嫌だし、目をつけられるなんてさらにさーらーに嫌だから、逃げるなら今しかないかもしれない。
俺はこそこそと壁に張り付きながら抜き足差し足で逃げるように食堂を出た。
この日俺は神田とはヨロシクできないことを悟ったのだ。
守られてることをしらないでみんなが優しいと思っているのか、簡単に周囲に敵を作るような言動をとる。
「知らなかった」では通用しないのに馬鹿な奴だ。
暖かな場所でぬくぬくとしながらそれを普通だと思っているタチだ。
とかいってる俺も案外生温い場所にいるんだけど。
「小豆!!」
食堂から出て教室に戻る廊下を歩いていると前から哲平が焦った顔で走ってきた。
俺は目をぱちくりさせてあると般若のような顔が近づく。
「なになにーどったの」
「何何じゃねえよ!!お前食堂で何したんだよ、ファンの奴等がお前の事すげーーーー話ししてたんだけど!!」
「そーなんだよお陰で飯くってねーの。俺まじでとばっちりー」
「嘘付けお前放っておくとろくでもない事しかしねーんだから!」
(人の事をそんな駄目な奴みたいな言い方しなくても!!)
しかしよく見ると哲平の肩が上下に動いている事がわかった。
何、お前そんな急いで走ってきたの?ういやつめ。
「……ま、教室戻って楽しくお昼しましょーよ。哲平弁当くれな」
「はあ?ざけんじゃっ」
「はいはい哲っちゃん行くよー」
「っ誰が哲っちゃんだ!!」
吠える哲平の肩に腕を回して俺は笑いながら教室へ歩いた。
ー―のが、先週の話し。