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「さっきから、煩せぇよ」
「な、なんだよ三山…お、俺なんか言ったか?」
表情の無い哲平にたじろぐ神田。
哲平は元から表情筋があれな奴だからな、うん。
さすがに馬鹿にも哲平の言葉は伝わったようだ。
「朝っぱらからギャンギャン騒がれるのは迷惑だって言ってるんだ」
「なっ!!あいさつだろ!!ねこたと楽しく話してて何が悪いんだよ!」
どうやら馬鹿の中では俺と神田は楽しくお話をしていたようだ。
花ぱらんぱらん散らしながら「あははは~」「ふふふふ~」ってか?
大変冗談がキツイです。
珍しく哲平の機嫌が悪い事を内心にやにやしながら見ていると、足を他から見えないように踏まれた。
哲平は頭の後ろに目玉がある。
「こいつの顔が楽しく見えたんならお前の脳みそはカラだな、もしくは一面花畑か?不思議の国で出来てんのかお前の頭は」
「っ俺とねこたは友達だもん!!メアドだって交換しったんだからなぁ!!」
交換したけどメール届かなかったんだよね、うんうんドンマイ。
哲平の元からの目つきの悪さにうりゅっっ、と目に涙をためる神田。
おいおいおいおいお前そんなんで泣くのか。
これに溺れる生徒会の奴等とその他のアッパラパーさには顔が上がらない。
もしかしたら俺もアレが出来るようになれば生徒会連中を骨抜きにして、帝国とか築けたりすんのか。
哲平の周りの冷たい極寒の空気に相対するような花畑な神田の味方はここには居ないようだ。
神田の目にたまる涙がどんどん量を増していく。
縋るような目で俺を見つめてきた神田に俺は今一体どんな顔をしているのだろう。
ただひとつわかるのは物凄くイイ顔をしているだろうということだけだ。
たしかに神田は何も悪くない。この学園の悪習をよく理解できてないままに勝手に気に入られ勝手に好かれただけだ。
ただ俺はファンクラブの生徒の気持ちもわからんことはないのだ。
いや、馬鹿で下半身の管理がゆるゆるな集団だということは事実なのだが、それなりに騒ぐだけあって好かれる努力はしている。
年頃の男達が肌質を気にしながら脛毛を風呂場でがんばって剃ったり腋毛剃ったり永久脱毛してみたり。
どんな扱いを受けても盲目的に誰かを愛するって気持ちや姿勢は賞賛できる。
だからこそ、ファンの奴等は何の努力もしないで生徒会から愛される神田が嫉ましいんだ、そうだろ?
腹立つよな、無条件で愛されてそれが普通なんていってる馬鹿。
どうしても愛してもらえない奴からしちゃ、最高にぶっ飛ばしたいよなあ。
愛してもらえない孤独を知らずにのうのうと、笑って馬鹿いって。
冷たさもしらずに自分だけが正しいって勘違いして笑う馬鹿、許しがたいにきまっている。
哲平を押しのけ神田は縋るように俺の腕を掴み握りしめた。
今にも零れ落ちそうな涙がゾクゾクとしたなにかをもたらしてくる。
「自業自得って言葉、知ってる?」
「っ…な、んでぇ?」
くしゃり。
丸めた紙のようにひどい顔だ。
「生徒会の皆様に無条件で愛される神田君が好きじゃないから」
あえて俺は、とは言わない。
ただ散々人の邪魔をしてくれた仕返しくらいしてもいいだろう。
にこりと笑顔を浮かべながらやんわりと掴まれている腕を放し、その体を突き飛ばしてやろうと思ったその瞬間。
焼け付くような視線の中、俺が強く後ろに突き飛ばされた。
――ガタンッ
「っだ!!」
「いい加減にしろ!!!」
突き飛ばされた俺は頭の痛みに悶えながらざわめく教室の中で誰が俺を突き飛ばしたのか、目の前の人物を見つめた。
「やりすぎだ猫田!」
「こ、幸助…」
「いたた…」
今日の朝ぶつけて出来たたんこぶにさらに上乗りされた。
しかめっ面で怒鳴る志摩。俺を突き飛ばしたのはいわずもがな、志摩だった。
俺を睨みつける志摩。
細い腕でどこにそんな力があんのやら。
男だけどどうもこの学校にいるとそういう意識がなくなっていくから、ついつい忘れがちになってしまう。
「小豆大丈夫か?」
「あ、うん大丈夫だよ三山君、ごめんね」
「いや…大丈夫ならいい」
す、と立ち上がりズボンについた汚れをぱんぱんと掃う。
今の音で時間にゆるい教師も気付いただろう、沙希ちゃんなら何も言わないだろうけど。面倒臭がりだし……とりあえず一旦落ち着きましょうよ皆さん。
ごし、と目の端を拭った神田は寂しそうな目で俺を見つめた。
「志摩君…残念だよ、本当に」
お前の事は好きなのに、今ので完全に志摩は神田派と思われた。今まで状況を見守るだけだった奴等も他の者に今日この時のことを伝えるだろう。
これで志摩もめでたく神田と一緒に陰湿ないじめのターゲットというわけだ。
その証拠に教室の空気は最悪だ。厳しい視線が針のように突き刺さっている。
俺は楽なポジションだ。
適当に愛想つかって媚へつらっとけば自然と気にいられて可愛がられる、ようするにお気に入りになれるって事だ。
自分の可愛いお気に入りが乱暴されたってなっちゃ、黙っておけない。
でも俺もそんなつもりはなかったんだ、志摩の事は守ってやりたかった。だけどお前がそんなことをしてしまったらもう、どうすることも出来ない。
(なーんて!!微塵も思ったことないんだけどな、志摩も馬鹿な奴だな。)
適当に放っておいて後で慰めればいいものを。
だがしかし先ほど反対の事を考えたのはこういうことだ。
困ってる奴を見捨てることの出来ない優しさ。志摩は優しかった。
「僕に志摩君の考えを押し付けないでほしいな」
「だからってこれじゃ只よってたかって秋を叩いてるだけじゃないか」
「まっ、幸助いいって!!俺っそれでもネコタと仲良くしたいんだっ!だってネコタは他の奴とは違うじゃんか!!」
ば、と志摩の腕を払って俺につめよる神田。
至近距離にある神田の耳元に顔を近づけ俺は囁いた。もちろん、優しく紳士的に、皆の猫田君っていうイメージを崩さないように、優しく聞こえないように。
「何が違うんだ?僕だって君が嫌いだよ?」
大きく見開かれた神田の目、もともとぐりぐり目玉なのだからそんなに見開いたら目玉が零れ落ちてしまいそうだ。
また志摩が俺に向かって手を伸ばすのを横目にひらりとその手をかわし、神田から離れる。
俺が丁度神田から離れた頃にガラッと教室のドアが開いた。
既に席に座っている俺、呆然と立ち尽くしている神田と志摩。
哲平は俺より先に座っていた。
「おーす…って何やってんだ志摩と神田、お前等かどったんばったん騒いでたの」
ばこっ、と出席簿で頭を叩かれた二人はふらふらと席につく。
「…なんだあの二人……おいこらお前等、何があったのかしらねえけど俺のクラスでいざこざ起こすなよ」
微妙な空気に顔をしかめるが志摩を神田を見て沙希はあまりその話に触れずにHRをはじめた。




