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「なあ小豆」
「んー?」
「あれって志摩と神田じゃないか?」
「へ?まじで?」
今日のワンポイントお洒落眼鏡をくいっ、と人差し指で押し上げ目を細めてみた。
「あ、本当だ。哲平お前目ぇいいなあ」
「両目2、0だからな」
目を細める俺とは違って哲平は直ぐに視線をはずし歩き出す。
(いーなー……あん?)
楽しげに談笑しながら教室に向かう二人。二人が通り過ぎるのを壁にはりついて隠れながら見つめた。
「…何やってんだお前」
「…覗き見?」
「……不審者丸出しだぞ。つーか志摩と神田なんだから普通にしてればいいだろ」
阿呆らしい、と鼻で笑う哲平に俺は「ちっちっち」と人差し指を振った。
俺ってば神田とアド交換したにも関わらず即効でアド変したから今会えば必ず、「なんでメール届かなかったんだよ」とか聞かれるに決まってる。
(…つーか…談笑っつか…志摩ってあんな笑い方する奴だったけ。)
神田はいつも通りニコニコと笑っているが、その隣で志摩が取り繕ったような笑みを浮かべているのだ。
俺の知っている志摩は、八重歯がちょっと見えるハニカミ笑いが素敵な奴だった。
でも今のは…どっかで見たような笑顔だ。
「ああっ!!!副会長か!!」
「うおっ!?なっなんだよ急に叫ぶなよ!!」
「あーあー、そうだそうだ。食堂で見た顔と一緒なんだ、へぇー。志摩は見る目あっからなぁ」
あるからこそ、見たくないものだって見てしまったりする。節穴っていうけど、節穴のほうがいいときだってある。
(バ神田の芯が見えてきた感じかなぁ……志摩も早く気付けばいいのに。)
志摩がバ神田から離れさえすれば、神田と一緒になってちょっかいかけられることもなくなるだろうに。それに神田から離れさえすれば志摩くらい簡単に守れるのだ。
やろうという気は起きないが頼まれればやってやらないこともない。
なんてことを考えながら、でもそれはありえねぇんだろうなあと反対の事を考える。
「お前またなんか考えてんだろ」
「いんや、別にー。んじゃ行こっか」
「…………はぁ」
あっなんだそのため息このやろ。
教室に入ると哲平はさっさと自分の席につき。俺は挨拶をしてくるクラスメイトににこやかに挨拶をしていた。
そんな俺に哲平は小さくため息を吐くと無言の圧力をかけてくる。
愛想のない奴め、愛想というのは人間関係を円満に運ぶためのもんなんだぞ。
といっても哲平は普通男子、略してフツメンのくせにクールで切れ長な目が素敵っなんていうマニアックな生徒も数人ちらほら居るのだから不思議だ。
逆に俺は人気なのにそういった意味で人気がないのは何故だろうか。顔か、フツメンの中でもこの顔が劣るからか。
「猫田君おはよう!」
「ああ、おはよう」
「猫君おはよ」
「おはよう、なんだか肌が綺麗だね、手入れ変えたの?」
そう!わかるー?、と俺の周りに近づいてきた生徒たち。クリームを変えたんだとかなんだとか。年頃の男も大変なものだ。
しかし楽しくガールズトークならぬボーイズトークをしていたその生徒の頭は馬鹿によって無理やり反られた。
――グイッ!
「わっ」
「いっ!?」
ぐきっ、と音がなるんじゃないかと思う程乱暴に扱われた頭。あ、痛そう。
「ネーコタっはよ!!!」
にかー、と笑っている馬鹿もとい神田は自分の下で喚いている奴などおかまいなしに喋りだす。
いやいや視線に気づいてあげてよ可哀想だよ彼。もうご自慢の肌どころじゃないよ。
「神田く…」
「神田君なんて水臭いなあっ秋でいいって!!な?ネコタって近くで見るといい具合に目ェ濁ってんな!」
「……おはよう」
(人の話をさえぎるなと殴りたい…。)
俺の知り合いに物凄いいい奴、それこそ志摩の世話焼きなんか比にならないような奴がいるけど。
すっごい太っ腹母ちゃんって感じでうっしゃドンときやがれ的な感じな奴がいる。そいつは結構無敵、こんな馬鹿も軽くあしらうんだろうけど。
ぶっちゃけるまでもなく俺には無理だ。俺は自分に甘く人に厳しい派である。
すでに引きつっているであろう頬は見えない程度には我慢している。
「あれ、どうしたんだよそんなほっぺヒクヒクさせてさ?」
だからそういう所で野生の勘いらねーんだよわかるかな!!
イライラ。
「ネコタはやっぱヘラヘラしてないとな!!」
イライライラ。
「生徒会の奴等ももっと笑顔が必要だよなぁ…うん、やっぱ本当の笑顔が一番!!ネコタも本気で笑ってみろよ。ほら、にーって!!」
イッラァッ。
ちょ、まじなに。なんなんだいお前さん一体何がしたいんだい。というか何故返事もなく一人で喋り続けていられるんだい。ある意味才能だよ。
「いいかげ「いい加減にしろ」…!」
俺の笑顔の反論…が始まる前に横から腕が伸びてきて神田の襟首をガッと掴んだ。
目をぱちくりさせる俺、と神田。
俺の前には俺より随分と眉間に皺のよった哲平が立っていた。
「ギャーギャーギャーギャー朝からガキみたいにうるさいんだっつの」
ちらりと見れば刺々しい雰囲気が教室を覆っている。そして鋭い視線。
他の何人かが「猫田君大丈夫?」なんて声をかけてくれるが適当にあしらう。
なるほど、神田袋の予感だ。




