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「今度は気に入ると思ったんだけどなあ~」
「面白くねえっつの」
がたっ、と椅子を引いてどかっと座った黒い髪の相手。佐藤都留とは仲がいいのだろう、軽口を叩き合っている。
「どんな珍しいもんかと思えば、ただの猿じゃねぇか」
「えー、面白いよお~馬鹿で~。それにゴミって一くくりじゃいけませーん」
「じゃあ生ゴミ」
ケラケラと笑う佐藤都留。柔らかな顔からは想像も出来ないほど辛辣な言葉だ。もう一人に至ってはゴミ扱いだ。そりゃあ俺も悪かったが、この仕打ちはないだろう。
笑う佐藤都留に釣られて教室は大きな笑いで包まれる。
「っふざけんなよ!!面白いとか面白くないとか意味わかんねぇよ!!」
秋の怒鳴り声もわずらわしいのか、耳の穴を小指で塞いで欠伸を漏らす。
それまで黙っていた志摩は突然、秋の体を押しのけ前へずんずんと進んだと思えばその生徒腕を引っ張った。
「…いい加減にしろよ」
先ほどまで騒がしかった教室がしん、と静まる。
掴んだ腕は直ぐに振り払われ、乾いた音がなる。
「…ソレ、俺に言ってンの?」
「お前以外に誰がいんだ」
切れ長な目で見つめられるとまるで射抜かれそうだ。それでも怯まずそのまま俺は大きな声で怒鳴りつけた。
「微妙とか不細工とか…そりゃアンタほど綺麗な顔してないから言われても仕方ないかもしれないけどさ!!面白くないとかっゴミとか…呼びつけておいてそんなこと言うアンタのがよっぽどしょうもねえよこのタコ助!!!」
「タ…コ助?」
据わっているであろう目で相手の顔を睨んだ。
秋でさえぽかんと呆けている。
「大体初対面の相手には礼儀を通すのが普通だろ、母親に教えてもらわなかったのかよ!その頭にこそ生ゴミがつまってんじゃねーのっ」
「あ゛あ!?」
「あ゛あって何、俺にもっと説教させたいのかよ!俺はねちこいからな!!正座させて二時間は喋り続けるからな!!5分休憩合わせて6時間説教したことあんだからな!!」
ぜぇぜぇと必死に酸素を肺に取り込む俺。目の前の相手は目を見開きじぃ、と俺を見つめていた。
しかし段々と理性が帰ってくると今度はザーッ、と勢いよく血の気が引いていく音が聞こえた。黙って俺を見つめる相手にぶるぶると手が震えだす。
下の弟がどうしようもない奴だからいつも通り怒っちゃったけど、あれ、なんか雰囲気やばくない?めっさガン見されてない?俺。
そこで俺は未だ掴んでいたままの胸倉に気付き慌てて手を引いた。
が、まったく動かない。
(あ、あれ?なんで腕動かないんだ?あ、あれ?なんで佐藤都留は肩震わしてんだ?)
「俺は久木竜也、D組の頭。お前は」
「久…っあ、あ、えっあっおっ俺は…志摩、幸助…す」
あまりの視線の痛さに先ほどまでの威勢はどこへ消えたのか。ガタガタブルブルと震えながら俺のいる場所だけまるで地震のように揺れているのだ。
なんてこったい。俺は名前を聞いて眩暈がした。爆笑している佐藤都留をぐるぐると回る目で恨めし気に眺める。
「ぷっくくっ、ひっふっくふっっ、っあはははは!!!!面白いっ面白い幸助君面白い~ぐふっ、わっ笑いすぎて吐きそう…うっぷ」
掴まれた俺の腕。
むしろギリッと音がしそうな程、結構痛い。
「お前…いいな」
「は?」
「今日からお前D組メンバー決定。止めてこっちこいよ」
「はあ!?」
「何言ってんだああ!!幸助は俺と居るのっ俺と一緒にB組にいんだよ!!」
俺の掴まれた腕をさらに違う方向へと引っ張りこんできた秋。ちょっ痛い!!折れるって!!
「消えろチビ」
「ちょっ勝手に話すす…」
「うっせぇノッポ!!ばーかばーかノッポ!!」
――これが生徒会にプラスされた俺の災厄二つ目である。
そして現在。
その話を聞かせた友人はみんなわざとらしく涙ぐみながら「俺、お前の事忘れねーからな!!」と言って離れていった。
くそう、薄情な奴等め、と思ったがぶっちゃけ俺も生徒会とD組に目をつけられた奴と関わりたいとは思わないので泣く泣く一発殴って諦めた。
(あ~あ~…なぁんで俺あの時ちゃんと我慢できなかったんだろ…あんな事言ってたら秋の事言えないよなぁ…!!もっかい時間戻らないかなあ!!)
後悔後に立たず、覆水盆に返らず。こんなにもそのことわざ達が身に染みるとは思わなかった。
(でもさ、でもさ、…ここまで秋だって手がかかるとは思わなかったんだよな。)
秋のネクタイを締めながらぼー、と考える。
でも出さなくてもよかったのかもしれない手を出したのは間違いなく自分からなのだ。今更何かいえた義理ではないし、見返りを求めるわけでもない。
「ありがとなっ!!あっなあ聞いて!俺なーネコタとID交換したんだ~!でもつながんねーの」
にこっ、と笑ったかと思うとしゅん、と頭を下げる秋。
猫田と?繋がらない?……そりゃあ。
(きられた…というか多分元からするつもりなかったんだろなあ秋とのline。)
猫田、いつもにこにこ笑ってるけど猫田はあんな性格じゃないだろうし。
それにきっと秋は猫田が苦手そうなタイプだしなぁ…。
俺は猫田の素顔見たことないけど、三山は知ってるんだろうか。
「幸助?」
「えっ、あ、悪い悪い。いこっか」
「おう!!今日食堂?」
「あー、今週いっぱいは仕方ないけど食堂だな、」
炊飯器壊れたし。本当は行きたくないけど、あんな焼け付くような視線が集まる場所。
けろっ、とした顔をしている秋を見た限り傷つくとかはないっぽいけど。
印象通り強そうな奴である。
表情もコロコロと変わるし見ているぶんには面白い奴である。
「幸助、最近元気ねーな。しんどいのか?」
心配そうに大きな目を忙しなく動かせる相手。
俺はくすり、と笑うと秋の頭をわしゃわしゃと少し乱暴な手つきで撫でた。
「大丈夫だって!!疲れなら育児疲れかもな」
「餓鬼あつかいすんなよなっ」
「はいはい」
最近、たまに思うことがあるけど。
無邪気とか無垢とか、、好奇心とか、全部無神経に繋がるような気がする。
無邪気で無垢だから、他人が何を考えてるのかわからない。でも好奇心は強いから、ずばずば聞いてしまう。
でも、相手はそれに傷つく。
しかしそれにさえも気付かない。
たまに、そんな事を思う。
でもこれは矛盾だらけで自分勝手な考えだということもわかっている。本当はそこがいいところなのだ。それをそういう視点で見るからいけないのだ。
「今日何食おうかなー」
隣でにこにこと笑う秋。
俺は心の中で首を振った。
(友達にこんな考えもつなんか…駄目だ。秋はいい奴じゃないか、一緒にいて疲れたりもするけど楽しいし。)
本当は秋はいい奴に見えるだけで中身は浅く、面白みのない守られるだけの人間なんじゃないか、なんて。
そんな嫌な考えを打ち消すように顔に笑顔を浮かべた。まるで、哀れんでいた副会長と同じ笑みを貼り付けるように。
――いつから、俺はこんな嫌な奴になってしまったんだろうか。