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もちろん俺は平凡を愛する一般生徒だったわけだが色々アレでコレな秋と一緒にいるとさまざまなトラブルに巻き込まれた。
それが遡ること…三四日ほど前だ。
その日は秋がどこぞの不良に呼び出された事から始まった。
入学してすぐに生徒会に気に入られた秋を気に入らない生徒は多数いた。
なのでよく呼び出されることはあったのだ。
「お前等誰だよ、俺になんか用か?」
「おっおい秋」
強面の生徒たちにキッと顔をしかめる秋。
わざとでなくても喧嘩腰
平均より少し小さい秋、それよりでかい二人のいかつい顔をした不良。
…俺もう足が生まれたてのバンビ状態だよこんちくしょう。
「お前が生徒会長に喧嘩売ったっていう転入生?」
「神田秋だ!売ったわけじゃねえよ、ワケわんねー事ばっか言いやがるから殴っただけだ」
(そっそれを喧嘩売ったって言うんだよ!!)
ひるむ様子のない秋に生徒たちは気分を害した様子もなく、むしろ少し機嫌がよさそうで。こんなときでも秋の謎の魅力は発揮されるらしかった。
「ふぅん、まあ俺等はどうでもいいけど。ちーとだけD組に顔かしてくんね?」
その一言につぅ、と背中に嫌な汗が伝う。
D組といえばこの学園で手のつけられない問題児達が集まるクラスだ。ヤクザの息子だとか、極道の家元だとか、マフィアだとか、数多の不良だとか。
その中でも極悪といわれるものたちがD組に集められるのだ。
まさに学園の悪、肥溜めとまで言われる場所。
俺関係ないよな、置いていっても誰も責めないだろう……逃げるか?
「は?お前等馬鹿?顔って貸せないじゃん、馬鹿だなあ」
あははは、と笑う秋。ぽかーん、と「こいつ何いってんの」みたいな顔で秋を見つめる不良さん。
(あ゛あああ馬鹿はお前だよー!!そりゃ顔は貸せないよ!!)
「あ、秋…あの、ここでの意味はついてこいって意味だから、その…ね」
恥ずかしくてたまらない。特に気にしたふうでもない本人はけろっとしているのにその隣にいる俺が赤面っていったいどういうことだろう。
(…こんな奴、置いていけるわけないよなあ…。)
なにか馬鹿やってD組の生徒たちにボコられて帰ってくるなんてことになったら、俺責任とれないよ。
――着いてくしかあるめぇ…よ…。
結局、秋が馬鹿だと気付いた不良さんはあれやこれやと言いくるめて秋と俺をD組に連れて行く事に成功した。
人通りの少ない廊下を歩きながら少しはなれて前を歩く不良さんをチラ、と見る。
「あ、秋」
「んー何…っで!?」
「声、小さくしろって!!」
能天気にでかい声を出す秋の腕を思い切り抓ると「何すんだ」と言いたげな視線を投げかけられる。
「いいか、今からいくDクラスっていうのはめちゃくちゃ怖い不良ばっかの集まりなんだ、くれぐれもっくれぐれも会長にしたような事すんなよ!?」
「お、おう…?」
首をかしげつつ頷いた秋。ああわかってない、こいつわかってないよ!!
「本当にわかってんのかぁ?」
「わぁってるって!人間話せばみーんなわかってくれるから大丈夫だって!!」
(……秋君秋君、わかってくれないからD組って寄せ集められてるんじゃないのかな?普通のクラスじゃやっていけないからDなんてクラス作られてるんじゃないのかなあ!!)
やっぱわかってないよこの子。
にこにこと笑う秋。俺はその隣でため息をまた一つ零した。どんどん急激に俺の幸せが吐き出されていっている気がするのは気のせいか?
どんどん廊下を進むにつれて壁に落書きが増えていった。心なしか雰囲気というか校舎全体が……ゴゴゴゴってなってる気がする。
勝手に行われたであろう後者改造。綺麗な校舎がCクラス辺りから段々と可笑しなことになっていっていた。
「さー我等アブノーマル、D組によーこそ」
「背後に気をつけてー、見かけで人を判断しねーよーに」
「「じゃ、さっさと入れ」」
す、とドアの前で両脇にそれた不良さん二人。秋は躊躇する事なくドアをガラッと開けた。
「ぎゃははははッあーキマってンなあオイ、佐藤さんに薬でも貰ったかよ?」
「あー?貰ってねーヨ。薬は久木さんがきれんだろ、ご法度ですぅ」
「ぶっっ!!法度ってアメリカかよ!!」
…それをいうなら江戸かよ、だろ。なんだアメリカって…海外じゃねーか!!!!
――ガラガラ、パタン。
秋があけたドアを俺はすぐさまゆっくりと閉めた。
「秋君秋君、戻ろう」
「え?なんで?やんちゃっぽいけど面白そうじゃね?」
「いっいやいやいや!!」
「神田秋の言う通りだよお?楽しくてぇ気持ちいー事しかないからネ、うちのクラスは」
「ひっ」
俺と秋の間に、ぬっ、と顔が入ってきた。
その声は妙に甘ったるく、耳元で囁かれゾッと毛が逆立つ。
「だ、だ、だだだ誰っっで、すか!!」
バッ、と振り返れば後ろにおっとりとした顔の生徒が立っている。
おっとりしているのは顔だけで服装は派手、髪は…なんというか奇抜だった。
目にかかるほどの前髪は薄く茶色に染められ前髪だけを残し後の髪は耳にかけられクルクルとウェーブにされている。
全体的に甘い顔立ちで垂れ目が優しげだ。優しげだが、どこか嫌な雰囲気を感じる。
「佐藤都留でーす、都留君でいーよ」
「俺神田秋っよろしくな!!」
「よろしく~馬鹿っぽいね~バ神田とかいいねぇ」
「なっ!!だっ誰が馬鹿だよ!お前のほうが見た目馬鹿っぽいぞ!!」
「ばぁかだもん」
――い、今なんていった?佐藤都留?
「さっ佐藤都留うう!!??」
「わっびっくり~急におっきー声出さないでよ」
うー、と小さく唸りながら耳をほじる相手。
おまっ佐藤都留って…極悪非道のドSで有名な学園問題児ベスト4の一人じゃないか!!
超ド級の危ない頭の持ち主だよ、持ち主だよ!
俺はその場からものすごい勢いで離れた。
「何やってんだよ幸助、さっきから変だなあ」
「ふぅん、さっきからねぇ?」
細められた目、口はにんまりと楽しげに吊り上げられた。
変なのはお前って言いたいところだけどっっ…転入してきて案内も全部してないし話をしなかった俺も悪い…の、かな?
びくびくと震える俺。秋の周りだけぽやぽやとお花が飛んでいるが、俺の背後には今にも食われるって感じている哀れなウサギ。
佐藤都留の後ろにはシャー、なんて。
蛇が、ね。
「とりあえず~…入りな?」
「え?あ、おう」
「アーーーーッ」
こうして俺達は魔窟に足を踏み入れたのだった。




