大脱走
大都市とは違い、深夜になる前に終電が終わってしまうローカル線の駅を目指すため、 一刻も早く寮の敷地内を出ていき、山道に足を踏み入れる樹。
いつしか冬の低い太陽は山の稜線の向こう側へと完全に消え失せ、辺り一面は濃い闇に包まれる。市街地ならば充分に明るい時間帯だが、ここは人里離れた山の奥。一歩、寮が見えないところまで足を踏み入れると、どこまで歩いても光に巡り合うことが出来ないと思えてくるような深い闇が樹を包み込んでいた。目の前にかざした自らの掌さえも見えないような正真正銘の真っ暗闇。頼りは右手に持ったたった一つの光源である(寮の備品からパクった)マグナライトのみ。
その後ろから──
「すまん、ハチ。俺も連れて行ってくれないか?」
八雲が声をかける。
「なんだよ、八雲。オマエは残るんじゃなかったのかよ?」
「さっきはああ言ったが、やっぱり俺もこんな田舎は嫌だ。東京に帰りたい。一緒について行っていいか?」
先程までとは違い、胡散臭い品物を値踏みするかのような目で八雲をみつめる樹。
「まあ、いいよ。オマエがついてきたいっていうんなら、ボクに止める権利はないし。でも、ボクも急いでるんだ。足手まといになるようだったら、ほっとくからな」
「ああ、それでいい」
そして、ふたりは闇夜の雪山を歩き出すのだった。