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過去③

 目が覚めると、そこは先程までの幻想の世界とはまったく異なる薄暗い場所にいた。


 そして、レラは自らの口内に暖かな食感の液体が流れ込んできているのに気がついた。レラは最初、それは母がすりおろしてくれた林檎かと思った。しかし、その液体は林檎よりもずっと暖かい。


 いったい何だろうとレラは思った。


 瞼を開けると、目の前には人の指があった。そして、その指から血が流れ出ている。


 レラは、その人の指に口をつけ、生き血を飲んでいたのだ。


 レラは慌てて、飛び起きる。


「よかった。ようやく目が覚めたんだな」


 そこには八雲がいた。心の底から安心しきった表情でやさしく微笑む。


「なかなか目が覚めないから心配したんだ」


 レラは周囲を見渡す。どうやら、ここはどこかの岩洞のようだ。ひんやりと冷たい岩の感触が服を通り越して皮膚にも伝わっていく。


 そして、気を失う前の記憶を掘り起こす。


 そう、レラは(ウパシ)(カムイ)に腹を突かれて、崖下に放り投げられたのだ。そして、その落下の途中の八雲が自らの身を投げ出して助けに来てくれて……。


 だが、それ以上のことは思い出せない。どうやら、その辺りで気を失って夢を見ていたようだ。


〝夢って……〟


 レラは夢の中で自らが最後に発した言葉を思い出して、赤面する。


「あなた、聞いてたの?」


 レラが尋ねると、八雲は人差し指で頬をかく。


「……き、聞いてないよ」


 そして、視線を宙に浮かすのだった。


〝こいつ、絶対聞いてた……!〟


 レラは自らの迂闊さを呪い、歯噛みするのだった。


 そして、気まずさを払拭するために、レラは話題を変える。


「ここはどこなの?」


「ここは崖下にあった、(ウパシ)(カムイ)が夏眠するために掘った岩洞だよ」


 暑さに弱い雪龍は、冬眠ならぬ夏眠をする。身体が大きな雪龍が眠るために掘られた穴なのでヒトふたりが体を休めるには充分な広さだ。


「でも、なぜあなたはこんな所を知ってるの?」


「言っただろ。俺は東京に住む前はこの天塩の森で暮らしていたって。それに、ここだけじゃない。俺はこの森にある(ウパシ)(カムイ)の夏眠用に掘っている岩洞をいくつか知っている。ここはそのうちのひとつだよ」


「いくつかって、どれくらい?」


「あー、そうだな。だいたい20個くらいかなぁ……」 


「に、20個ですって?」


 あたりまえだが、夏眠を取っている時の龍は眠っているため、最も無防備な状態なので夏眠用の岩洞は簡単に見つかるような所にはつくらない。


 しかも、龍の研究者や猟師は、たとえ岩洞をみつけてもその存在を独占して秘匿するために、個人が知っている岩洞の数は五個もあればいいほうである。


 それなのに、八雲はその4倍にもなる20個以上の岩洞の存在知っているのだという。それは、毎日のようにクンネと共に森を歩き回っているレラでさえも驚愕の念を禁じ得ない。


 ここで、レラに新たな疑問が浮かぶ。


 今まで、ただの都会の者の甘ちゃんだと軽んじて、たいして気にも留めていなかったが、この男は何者なのだ?


 狩猟も満足にできない素人のくせして、なぜ専門家すら凌駕するほどの龍に関する知識を有しているのか?


 いや、そもそもこの男はなぜ特英科に在籍できているのだ?


 純血のイエヌ民族で神術の使い手であるレラ。忍者の末裔で驚異的な体術の持ち主である樹。


 対して、たしかに八雲の運動神経は人並み以上にあるし、イエヌの動植物に関する知識も高校生離れしているし、時折だが先程のように専門家すらも知らない知識を有していることもあるが、ただそれだけでだ。


 ハッキリ言って、レラと樹に比べたらそのスキルの高さや希少性に於いて、著しく劣ると言ってもよい。


 しかし、現に八雲は特英科に選ばれており、しかも龍に関する知識と経験では楓はレラよりも八雲を完全に信頼している。4年前に(ウパシ)(カムイ)に両親を食害されて以来、龍に関するあらゆる知識をレラは叩き込んでいるにもかかわらずだ。そもそも、この男はかつて父と共に天塩の森で住んでいたというが、この周辺には町は集落すらも存在しない収容区すらも比べものにならないくらいの人里離れた僻遠の地だ。この男の父親はいったい何の職業についていたのだろうか?


 そのとき、岩洞の中に風が吹き込み、レラは身震いする。


 寒いわけだ。なぜならレラが着ているイエヌの民族衣装は、(ウパシ)(カムイ)の爪によって大きくさけているのだから。そこから風が入ったようだ。


〝──!〟 


 だが、レラはそんな八雲に対する疑問すらも一瞬で吹き飛んでしまうほどの衝撃の事実に気づく。


 レラは崖に落ちる直前に(ウパシ)(カムイ)によって腹を串刺しにされた。なぜ服は破れたままなのに、体の傷はほぼ完全にふさがっているのか。


 いや、そもそも、なぜレラと八雲は今でも生きていられるのだ。


 あんな崖から落ちたら、どう考えても死ぬ確率のほうが高いはずなのに。


 そして、この男はレラにいったい何をやっていたのだ? なぜレラは目覚めた時にこの男の血液を指先から吸っていたのだ?


 だが、次の瞬間にはそれらの疑問が一瞬にして解決する。


 先程までレラが八雲の指先から吸っていた血。その指先から流れ落ちていた血が一瞬で止まり、完全に傷がふさがるのだった。 


 レラは驚嘆に息を飲む。


 古くからイエヌに伝わる神話。


 それならば、この男の怪我が一瞬で治癒したのも、龍の生態に詳しいこともとすべて説明がつく。


「ねえ、あなたって……」


 レラの言うよりも早く、その心情を察した八雲は言葉を紡ぐ。


「そうだよ。察しのとおり、俺は龍の生き血を飲んだ人間──不老不死を手に入れた人間、カンナカムイだよ」


 やっぱり──とレラは思った。


 それならば、これまでの事象もすべて説明がつく。


「ねえ、よかったら、あなたの過去をわたしに聞かせてくれないかしら? 今まであなたにあんな酷い態度をとって、図々しい頼みだとは思うけど……」


「そうだな。俺もレラの過去を聞いたし、レラの傷が完全にふさがるのにはまだもうちょっと時間がかかりそうだから、少し話そうかな」


 レラは八雲の傍に座り込み、肩を寄せてその話に耳を傾けるのだった。

「今から13年前に、この天塩の森でおこった太陽航空の墜落事故は聞いたことがあるか?」

「ええ、たしか500名以上の乗員・乗客の九割以上が墜落時に死亡、運よく瀕死の状態で生き残った者たちも墜落した地点が真冬の天塩という過酷な状況だったために、最終的には全員死亡したという、21世紀の日本における最悪の航空事故よね。それがどうかしたの?」


「ああ、公式では生存者はいないという事になっているが、本当は違うんだ。じつは、たったひとり……当時2歳の子供だった俺だけが、墜落時もその後の過酷な状況でも生き残ることができたんだ」


「どういうこと?」

「墜落現場には犠牲者の腐肉をあさるためにさまざまな動物が集合していた、もちろん龍も。そして、一頭の(ウパシ)(カムイ)が何を思ったか生き残った幼児のひとりを巣に連れて帰り、その生き血を飲ませて看病した。といっても、これは後から聞いた話であって、さすがに二歳の頃の話なので俺自身にもそこら辺の記憶はまったくない。本当の俺の両親もこの時の事故で亡くなったらしい」


「正直、昨日までのわたしだったらハナで笑ってたと思う。でも、実際にさっきの光景を見てしまったからには信じないわけにはいかないわ。続けて」


「俺が持っている最も古い記憶はその(ウパシ)(カムイ)とふたりでこの天塩の森で暮らしていた日々さ。(ウパシ)(カムイ)は俺をじつの息子のように育てて、俺もその(ウパシ)(カムイ)を父さんと呼んでいた。父さんと俺は言葉が通じ合わなくても、お互いが何を求めているのかも手に取るようにわかった。父さんは強くて、やさしくて、いつも俺のことを第一に考えてくれた。うまそうな木の実があるとまっさきに俺に食べさせてくれるし、ヒグマが襲ってきてもすぐに蹴散らしてくれた」


「その頃から生き血を飲んでいたの?」


「食料が取れないときとか、よく血を飲ませてくれたし、俺がケガをした時なんかは患部に血を垂らすとどんな怪我でも一発で治ったよ。まあ、普段から俺は父さんの血を飲んでたから、患部に血を垂らさなくても、たいていの怪我は1時間もしないうちに治ったけどな」


 その満たされた日々を思い出しているのだろう。八雲はやさしげな目元をさらに細めて、目尻を下げる。その表情にはつくりものではない本物の安らぎが存在していた。


「でも、太古の昔から今までカンナカムイの不老不死伝説を求めて龍の血を飲んだ人間はひとりやふたりじゃないわ。でも、誰ひとりそのチカラを身につけることができなかった。それで、いつしかカンナカムイの伝説は生物学ではなくただの神話や伝承の創作物だとされていたのに……」


「その血を飲んだ人間っていうのも、龍を殺してその死体から血を飲んだっていう人間がほとんどだろう? 俺のように本当に生きている龍の傷口から血を飲んだ人間っていうのは10人もいないと思うし、ましてや研究者ですら年に何回も見れるような生き物じゃない龍の生き血を日常的に飲むことができた人間なんて俺ひとりだけだと思う」


「たしかに……」


「あと、これは研究所の人たちが言っていたことなんだが、もしかして治癒や超回復の効果があらわれるのは、血を与えている龍の精神状態が大きく影響しているのかもしれないって。少なくとも、今まで生き血を飲んだことがある人間でも自発的に龍から血をもらったって奴はいないと思うんだ。でも、父さんは自分からよく俺に血を飲ませてくれていた。そこが今まで生き血を飲みながらカンナカムイになれなかった人間と俺の違いだって言っていた。まあ、その研究所の人もこの説は何の科学的根拠はないって言ってたけどね、まあ本職の研究者でもそういうことを言うんだから、龍は本当に神秘に包まれた存在っていうことさ」


「そうね」


「でも、父さんが俺にやさしかったことは本当のことで、真冬ではマイナス40度近くになる天塩の森でも、父さんの身体にくるまれて寝たらあったかくて、本当に幸せだった」


「でも……」


 その言葉を口にした瞬間、八雲の安堵の表情が空白となる。レラは知っている。この表情は、人間が蓋をしておきたかった記憶をムリヤリに引きずり出している苦悩と苦痛の表情だ。


「そんな幸せな日々もとつぜん終わりを告げた。


 今から5年前、俺と父さんがふたりで暮らし始めて8年が経ったある日。俺は風邪をこじらせて肺炎になり生死の境を彷徨った」


「肺炎? 不老不死のカンナカムイなのに病気になったの?」


 レラが驚きの声をあげる。


「ああ、カンナカムイといっても神話や伝承のように絶対的な存在じゃないんだ。たしかに治癒能力は格段にあがり、俺の血を使えば他人の怪我も治すことができる。でも、ただそれだけなんだ。不老不死なんて言うが、普通に齢も取るし病気にもなる。あと神話なんかじゃあ超人的な戦闘能力を手にした英雄が出てくるが、俺自身の身体能力は人並みだし、むしろハチのほうがカンナカムイと疑いたくなるくらいのハイスペックさだろ?」


「そうね。そういえばあなたの身体能力は人並み以上だけれども、常人と変わらないものね」


「ああ、それでカンナカムイになったおかげで怪我には強かったが、俺はあっさり病気になってしまった。そして、生き血を与えても栄養価の高い食べ物を与えていっこうに病状が回復しない俺に対して父さんはある決断をした。


 人間の医者に託すために父さんは朦朧とした意識の俺を抱え街に降りていき……そこで騒ぎになり、駆けつけたハンターたちに害獣として射殺されたんだ」


 八雲の瞳に熱い膜が張りつめ、小さく揺れる。やがて、その水の球は自身の重みに耐えきれず頬を伝い落ちるのだった。


「聡明な父さんが分からなかったはずがないんだ。龍である自分が街に降りていけば必ず射殺されるなんてことを。でも……それでも父さんは病気になった俺を人間の医者にみせて助けるために自ら犠牲になったんだ……」


 もし親子の絆というものが、遺伝子学上の繋がりではなく、心と心の触れ合いを差す言葉なら、まちがいなくこの1頭と龍とひとりの人間は親子だったはずだ。


 レラが母に対して抱いていた感情を八雲は抱き、また、母がレラに対して抱いていた感情を雪龍は抱いていることを、レラは今の言葉から確信するのだった。


「父さんが人間に射殺された後、後に太陽航空の墜落事故の生き残りと判明した俺は、東京にある北央大の龍科学研究所の支部に引き取られた。龍に育てられたカンナカムイなんて、研究所にとってはこれ以上ない格好の研究対象だったから当然と言えば当然なんだけどな」


「じゃあ、じゃあ3年前に研究所が発表した論文っていうのは……」


「ああ、あれは龍が火を使って調理をするっていうのも含めて、すべて俺の体験談をまとめたモノだよ。子供の頃の俺はこんな過酷な状況で暮らしていたにもかかわらず、偏食だったんだ。それを見かねた父さんが爪で火を起こして焼いてくれたんだ。父さんが焼いてくれたシカ肉は本当に美味しかったな。この前、先生に食べさしてもらったものも美味しかったが、やっぱり父さんの捕ってきてくれたシカ肉がいちばん美味しかったな……」


 静かに瞳を輝かせながら、視線を泳がせる八雲。


「あなたは恨まなかったの?」


 レラは静かだが、明確な意志を持った声音で八雲に問いかける。


「だって、人間に父親みたいに慕っていた龍を殺されたんでしょう? あなたはわたしに言ったわよね? このイエヌをヒトと動物が共存できるような世界したいって……。なんで、そんな事が言えるの? 最も大切な存在を奪った人間が憎くないの?」


 いつのまにかレラは喉が裂けんばかりに声を激しく叩きつけていた。そして、いつのまにか八雲の境遇を、己の過去と重ね合わせていることに気がつくのだった。


 そのレラの詰問に、最初、八雲はきょとんと驚いたような顔をみせた。しかし、すぐに真剣な表情でレラをみつめて、一語一句、丁寧に言葉を選んでいくのだった。


「たしかに父さんが殺された直後は錯乱もしたし、人間を恨んだこともあったし、龍として生まれてくることができなかった自分の運命を呪ったこともあった。でも、今は不思議とそんな気もちはわいてこない。なにか明確なきっかけになる事件みたいなものがあったわけじゃないけど、徐々に、時間が癒してくれたんだろうな。研究所の人たちも俺のことをただの実験動物として扱うんじゃなくて、きちんと愛情を持って接してくれて色々なことを教えてくれてた。とくに、野獣同然だった俺をたった5年できちんと社会生活が営めるくらいに根気よく教育してくれたのは本当に感謝してる。

 だけど、やっぱりいちばん大きかったのは、過去は変えられないけど未来は変えられるってことに気づいたことかな。もし、この世に自分が生まれ父さんに出会った理由があるとしたら、それは辛い()()れを経験するためじゃなく、2度と父さんや俺のような悲劇を繰り返さないためだと思いたかった。だから、俺はこの学校に来てイエヌの自然を守りたいと思った。それは本当で後悔はしていない。でも……」


 そこで八雲は一旦、言葉を区切る。

「それでも……それでも、もし神様がたったひとつ願いを叶えてくれるっていうのなら、俺は子供の頃に戻って、父さんにおもいっきり甘えたい」


 それからレラは何も言えなかった。同じ心の痛みと喪失感を胸に抱きながら、他人と運命を呪い、凄惨な過去がなかった場合の自分を夢想することを心の慰みとしていた者と、自らのチカラで変えられるものと変えられないものの区別がつき、過去ではなく未来に目を向けた者の差をまざまざと見せつけられた気がしたからだ。


 それから、八雲とレラはお互いの事を語り合った。八雲の東京での暮らしやレラが初めてクンネと出会った時のことなど。今まで他人のことなど興味がなく、自らのことを語らずに生きてきたレラにそれは新鮮な体験だった。


「それじゃあ、レラの怪我も完全に治ったみたいだから、行こうか」


「えっ?」


「まだ、あの(ウパシ)(カムイ)は生きている。ここで俺たちがあの悪しき(ウェンカ)(ムイ)となった(ウパシ)(カムイ)を討たなければ、また新たな犠牲者が出る。もう俺はいぶきちゃんみたいな被害者は出したくないんだ」


 八雲は瞳に強靭な意志を宿しながら立ちあがり、コブシに力を込める。


「そうね。でも……わたしは行けない」


「どうして?」


 八雲がレラに尋ねる。


「さっきも見たでしょ? 神術が使えないの。残念だけど、神術が使えないわたしは足手まといにしかならないわ」


「あれから時間が経ったけど、今も使えないのか?」


「ええ」


「原因は?」

「神術はその名のとおりイエヌの神からチカラを分け与えてもらって行使する技だから、イエヌの大地を怒らせるようなマネをしたら使えなくなることがあるけど……。わたしはそんなふざけたことはしてないし、どうしてかしら? 今までこんなことはなかったのに……」


 眉間に深いシワを刻んで考え込むレラ。


「あっ……!」


 そのとき、八雲が素っ頓狂な声をあげる。


「たしか、あの中年の猟師の死体をみつける直前にハチはションべンしに行ったろ。そして、たしかその近くには沢があった。もしかして、それじゃあないのか?」


 その言葉を聞いた瞬間、レラの顔が青ざめる。そして、次の瞬間にはロブスターのように顔を真っ赤にして強く握ったコブシを岩壁に叩きつけるのだった。


 レラの怒りは無理のない事だった。


 人間にとって生命の維持に水分は必要不可欠、その考えはイエヌ民族にとっても同様で、イエヌの人間は数多くいる自然界の神の中でもとくに水の神を崇める。だからこそ、水場を汚してはならないという意識は人一倍強いし、ましてや清流で用を足すなんてもってのほかだ。


「信じられない!」


 普段の物静かなレラとは一線を画す、まるで大型犬が吼えるような声を張りあげる。


「あいつ、なんなのよ! よりによって水辺で用を足すなんて、なに考えているのよ! 第一、普段の生活態度からして気に食わないのよ。粗野でガサツで無神経で! 扉を足で開けるわ。カレーを食べるときに全部ぐちゃ混ぜにするし! なんでやることなすこと全てにおいてわたしの神経を逆撫でするのかしら!」


 その姿をみて、八雲はくすりと笑みをこぼす。


「な、なによ?」


「いや、そんな表情もみせるんだって思っただけさ。レラは怒るにしてもいつも静かな口調でむっつりしてるだろ? だから新鮮だなって思って」


 八雲がそう言うと、途端にレラは顔を真っ赤にさせる。


「そうよ。わたしだってこんなふうに声を荒げて怒ることだってあるわよ! 悪い?」


 子供のように頬をふくらませて、ぷいっと横をむくレラ。


 その幼い子供じみた反応に、八雲はようやく素顔のレラをみることができたと満足するのだった。


 そして、レラは水を始めとする神に許しをもらうために、カムイノミと呼ばれる祈りを捧げる。イナウと呼ばれる木幣や食べ物を並べ、十数分間イエヌの土地の言葉で祈りをささげるのだった。


「これで大丈夫かしら?」


 レラが空中に小石を投げると、その小石は落下する前にレラから放たれる風の刃で真っ二つになる。


「それじゃあ、行きましょうか。そして、あの(ウパシ)(カムイ)との決着をつけましょう」


 レラはそっと静かに、しかし明確な闘志とみなぎる自信をあふれさせた言葉を口にするのだった。




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