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栗橋八雲と蜂須賀樹②


 そして、八雲と樹は案内されるがままに、女性教師の運転するパジェロに乗り込むのだった。


 女性教師の名前は「姉崎(あねざき)(かえで)」という、年齢は26歳だということだ。   


 すでに3月に入っているとはいえ、旭川の街にはまだ多くの雪が路面に残っている。しかし、4WDのパジェロはでスイスイと雪道を進んでいく。その後部座席で、八雲は楓に質問する。


「姉崎っていう苗字ってことは、先生はイエヌ人の血が入っているんですか?」


 本来は苗字を持たない民族であったイエヌ人も、明治以降は和人風の戸籍名を持つことを義務付けられた。その苗字は、使用される漢字や読み方も本土のものとは違う一風変わったものが多いが、「姉崎」は千歳市周辺のイエヌ人によく見られる苗字である。


「おっ、なかなか鋭いな。察しの通り、あたしの祖父はイエヌ人だよ。まあ、そうは言っても、その祖父もイエヌと和人のハーフだから、孫のあたしにはほとんどイエヌの血は入っていないんだがな」


 女性ながらも、伝法な口調で楓は笑う。


「ふーん。じゃあ、やっぱり純血のイエヌ人ってもういないの?」

 助手席では、空港内の売店で買ってきたポテトチップスをリスのように貪り食う樹が、教師相手にもかかわらずタメ口全開で馴れ馴れしく話しかけている。


「完全に絶滅したってわけじゃないが、まあ明治以降は大量の和人がイエヌに移住してきて同化政策が採られてきたから、そうそうにお目にかかれる存在じゃなくなったな」


「ふーん」


 自らが質問したにもかかわらず、樹はなんとも気のない返事をして背もたれに大きくもたれかかるのだった。


「それよりも、オマエらはふたり一緒にいてたが、前から知り合いだったのか?」


 楓が八雲に尋ねる。



「いいえ、違います。いろいろあって話をしていたら、偶然おなじ学校の新入生同士だったっていうだけです」


「そうか。やっぱりそうだよな。栗橋は東京。蜂須賀は三重の出身だもんな。しかし、オマエらも物好きだな。いくら寮生とはまだ入学式まで一か月近くあるこんな時期にもう地元を離れて、わざわざイエヌまでやってくるなんてな」


「そこなんだよ! 楓ちゃん!」


 突然、ポテチを食べる手を止めて、樹が大声を張りあげる。しかも、勝手に先生のことを楓ちゃん呼ばわりだ。


「ボクは伊賀でじいちゃんとふたりで暮らしていたんだよ。言っておくけど、伊賀市ってて言っても、市街地じゃないよ。それこそ本当に山奥で、こんなお菓子を売っているところなんて、もちろん存在しやしない! 信じられる? 今どきインターネットはおろか電気もガスも通っていないようなところで暮らしていたんだよ。正直、ガキの頃は一刻でも早くあんなところから抜け出したかったよ。だから、もうじいちゃんにこの学校に通えって言われた時には、たとえ命令とはいえ嬉しかったよ。だってこれでボクも憧れだった都会っ子の仲間入りじゃん」


 身振り手振りを交えて、童女のごとくあどけない笑顔で喜びをあらわにする樹。だが、その指先からは先程まで食べていたポテトチップスの食べかすがシートの上にぽろぽろとこぼれており、密に楓がこめかみに青筋を浮かべているのを八雲は見逃さなかった。


 ここで、これから八雲たちが通う高校──北央大学付属高校について説明しておきたい。北央大学とは札幌市に本部を置いている私立大学。イエヌの土地では、龍を始めとする本土以南では生息していないさまざま動物や精霊が存在しているが、北央大学はその分野での研究に於いて世界で最も権威ある大学だ。


「それで、楓ちゃん。北央大と付属高校ってさ~。札幌にあるんだろ? すげーな札幌だぜ。札幌。政令指令都市じゃん。それでさ、ボクたちが住む学園の寮ってどんなところなの?」 


「おう、そりゃあ凄いぞ。なにせ、オマエたちのためにわざわざ寮を新築したんだから。ありがたく思えよ~」


「えっ? わざわざ寮を新築したの?」


 驚きながらも樹は、手にべっとりとついたポテトチップスの油をシートにこすりつける。


「そりゃあ、そうだろ。オマエたちは記念すべき北央大付属高校特英科の一期生なんだ。それくらい学校も期待してるんだ」


 さも、当然のことのように一笑する楓。だが、その後に「けどな……」という言葉を口にする。


「オマエがいくら特英科の生徒だからといっても、人がローンで買った車にポテチの食べかすをこぼした挙句、手についた油をべっとりシートにこすりつけるような舐めた真似してると、マイナス20度の雪原にパンツ1枚で叩き下ろすからな」


 まったく笑っていない瞳で乾いた笑いを口元からこぼしながら、楓は運転しながら空いた左手で樹の頬を限界まで吊り上げる。


「いひゃい! いひゃいよ楓ちゃん」


「あと、あたしは一応オマエたち特英科の担任なんだ。勝手に楓ちゃん呼ばわりするな。先生と呼べ!」


 ちなみに、特英科というのは、楓が言っていたように、今年になって新設されたばかりの、自然環境の保護や有害鳥獣などの自然災害に関する人材を教育、輩出を目的とした学科だ。その特英科に選ばれたということは、樹もそれなりに普通の高校生とは違うストロングポイントを持った男ということなのだろうが、今のところまったくそうは見えないのであった。涙目になりながら、「ふぁくぁりますた。しぇんしぇ~(わかりました。先生)」と口にする。


「でもさ。センセイ、さっきも言ったけど、ボクは山奥の僻地育ちでさ~。すすきのの繁華街とか行ってみたいんだ。休みの日とか案内してよ~」


「おう。気が向いたらな」


「学校が札幌市内にあるんだから、とうぜん寮も札幌市内にあるんだろ?」


「……おう、そうだぞ。寮は正真正銘、札幌市内にあるからな」


 札幌市内という単語を、今までで最も強調したような口調で質問に答える楓。しかし八雲の目には、答えるまでに一瞬、不自然な間があったような気がするのだった。


「そうか。うれしいな~。ふふん。ボクも都会っ子の仲間入りか~。今まで僻地暮らしで無駄にした青春をようやく取り戻すことができるんだ~」


 喜々として声を弾ませる樹。


 しかし、その横では楓が視線を泳がせて無言を貫いているのを、八雲は見逃さなかったのだった。



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