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獣害

 八雲たちの特英科3人の入学式が間近に迫ったある日。


 3月も中盤を過ぎ、イエヌも徐々に暖かくなってきたが、その日は真冬の寒さがぶり返してきたのだった。


 収容区の寮の外では、一度は取れかけた木々の雪景色が再び色づいている。暗い、凍てついた気流が足元から染み入るような寒さだった。


 楓は窓の外の景色を眺めながら、深々とため息をつく。


 入学式が間近に迫った3人だが、平時の過ごし方は3者3様だ。


 八雲は午前中に自室で学校の勉強をして、昼過ぎから寮内のトレーニングルームで身体を鍛え、夕食が済んだら読書と、毎日の行動パターンがほぼ決まっている。几帳面な性格がよく滲み出ている。


 対して、レラは寮にいることが少ない。1日中……時には泊りがけでヒグマのクンネと山林を練り歩き、狩猟や野鳥の観測をおこなっていることが多いのだ。


 一方、日常の行動が最もパターン化されていないのが、樹だ。ファーストフードを食べに街まで行ったのかと思えば、どこから持ってきたのか一日中テレビゲームをしていたり、門限ギリギリまで帰ってこなかったかと思えば「稼いできた」と一言だけ残して十数万円を持って帰ったこともあった。


 今日だってそうだ。こんなクソ寒い日にかかわらず、なぜか寮の庭の真ん中で1時間以上も佇んでいる。


 さすがに興味がわいたので、楓は樹のもとに近寄る。


 右腕だけをまっすぐ伸ばして、無言で佇んでいた樹だが、楓の接近したことに感づくと視線だけことらに向ける。


「なにやってんだオマエは?」


「ああ、楓ちゃん。これは相手の気配を読むトレーニングしてるだけだよ」


「庭で右腕だけ伸ばして突っ立てるのがか?」


「違うよ。よく右腕を見てみなよ」


 そう言って自らの右腕に視線を伸ばす樹、その先には一羽の小鳥が肘と手首のあいだにとまっていた。


 しかし、よく考えればこれはおかしい。楓がこんなにも至近距離で近づいてきているのに、小鳥はいっこうに飛び立つ気配がない。


「鳥ってさ、地面を蹴ってその反動で飛び立つんだよ。だから腕にとまった鳥が飛び立つ瞬間を見計らって腕をわずかに下げれば、鳥は反動をつけることができずに飛び立てないんだよ」


「あー、そういえば中国拳法でそんな鍛錬法があるって聞いたことがあるな。おまえんちは忍者の家系なのに、中国拳法の修行もやってるのか?」


「蜂須賀流の忍術は進化の過程で、かなり中国拳法……それも『内家拳』のエッセンスを取り入れてるからね」


「内家拳?」


「そう、中国拳法には、通常の格闘技のように、筋骨を鍛えて膂力と瞬発力を頼りにして破壊力を生む『外家拳』と、呼吸や経絡をめぐる血流を律して錬気による内功によって技を磨きあげる『内家拳』に大別されるんだ。蜂須賀忍術はかなり格闘術に重きを置いているけど、忍者としての身軽さは失いたくない。そう考えていた祖先にとっては、体重の多寡が戦闘力に直結する『外家拳』よりも呼吸法と錬気によって破壊力を生み出す『内家拳』のほうが都合よかったんでしょ。こういう、近代的な格闘ジムに通っている奴がバカにするような鍛錬法がいっぱいあるよ」 


 寮内には、それなりの器具を有したトレーニングルームがあるにもかかわらず、樹はそういった施設を利用してウエイトトレーニングなどはせずに、こういった蜂須賀流忍術独自のトレーニングをしていることが多い。たんぱく質やカルシウムといったものでしか人体を語れない楓には理解できない世界である。


 そんなとき、楓の携帯電話に着信が鳴り響く。


「はい、姉崎です……」


 通話をしている楓の表情がみるみるうちに強張っていく。


「はい。それではすぐにそちらに向かいます」


 通話を終えて樹のほうに顔を向ける楓。

「おい、蜂須賀、至急みんなを集めてくれ」


 その硬い声音と表情に樹が訝しがる。


「なんだよ、楓ちゃん。いったい何があったんだよ?」


「獣害事件が発生した。この前行った天塩の森で人がヒグマに食われたらしい。応援であたしも呼ばれた。オマエらも来い!」

 




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