街へ⑥
そして、次の日、いぶきとの待ち合わせの場所で佇む八雲の姿があった。
「八雲さーん! 待ちました?」
モッズコートとミニスカートを着ているいぶきはご機嫌な面持ちでさっそく八雲の腕に抱きついて、エスコートする。その髪はまるで陽光を反射して黒いダイヤのように輝いているのだった。
「それじゃあ、いきましょうか?」
今日は3月のイエヌにしては比較的暖かく、絶好の行楽日和といってもいい。
そして、八雲といぶきのふたりは腕を組んで、留萌の街を歩いていくのだった。
そこから、ふたりは留萌市唯一の大型ショッピングモールに行って映画を観て、カフェで食事をした。お決まりのデートコース。映画の感想や飲食店の選択、また、その間の会話は九割以上がいぶき主導だった。
「次はなにしようか~❤」
ご機嫌な面持ちで八雲と腕を組むいぶき。
「あのさ、いぶきちゃん。こうやって一緒にショッピングモールで遊ぶのとレラが俺に対して怒っているのが、どういう関係があるの?」
「え~。まだ分からないの? ホント、八雲さんってニブいんだから~。でも、ここでわたしが教えたら意味ないでしょ? これはもう1回どこかへ行かないとダメかな~」
ころころと明るい笑顔をふりまくいぶき。
はっきり言って、今日のこれまでの行動がいったいレラとどんな関係があるのかまったく検討がつかないのであった。
でも、そのいっぽう、八雲は初対面の時よりもだいぶリラックスしていぶきと接することができたていることに気がついた。内向的な性格な分、もしかしたら八雲は、樹やいぶきのように多少強引なところが部分がある人間のほうが安心して一緒にいられるのかも知れないと思ったのだった。
食事を終えて、トイレに行く八雲。
帰ってきたら、いぶきが見知らぬ高校生くらいの男と談笑していた。その表情は笑っているように見えるが、それは上っ面だけで、本心はどことなく迷惑してるようにも思える。
「あっ、八雲さ~ん❤」
男たちにみせつけるように、八雲に抱きつくいぶき。
「じゃあ、ごめんね。わたし見て通り、彼氏がいるからダメなの~」
そして、男たちに明るく手を振り、その場から離れていく。
「もしかして、今の男たちナンパ?」
「そうだよ、わたしこう見えてもモテるんだからね~」
まあ、たしかにいぶきのビジュアルなら相当モテるのは間違いない。しかし、いきなり彼氏と呼ばれて八雲はドギマギするのだった。
そして、モール内を歩くふたりだったが、八雲はとつぜん足を止める。
「どうしたの?」
八雲が立ち止まったのは、1枚の絵画の複製画の前だった。
そこには、上半身が裸のいかにも精力漲る屈強そうな男が、コブシを天に掲げてそのチカラを誇示している構図の絵画が掲げられている。その絵画の中心人物の口元には赤い血が滴っている。
「八雲さんどうしたの?」
いぶきが尋ねる。
「ああ、ちょっとこの絵を見てたんだ」
「ふーん。なんか良く言えば力強いけど、悪く言えば荒々しくて品のない絵だね」
「ああ、この絵はおそらくカンナ・カムイ(龍人)をモデルにしているんだと思う」
「カンナカムイ……」
「この絵の真ん中の男の後ろに龍が描かれているだろ? おそらくこの絵の男は龍の生き血を飲んで常人とはかけ離れた圧倒的なチカラを手に入れたんだろう」
『神』と崇められ、今でもイエヌの神秘の象徴とされる龍には昔から神話や伝承の類が数多く残されている。なかでも有名なのは龍が人語を操り人間に知恵を授けるというものと、龍の生き血を飲んだ者は『カンナカムイ』と呼ばれる超人になり、驚異的な身体能力と不老不死のチカラを授かるというものだ。この絵画は、絵の男が龍の生き血を飲んでカンナカムイになった瞬間を描いたものなのだろう。
「そういえば、八雲さんも今ペンダントを身につけてるけど、そのペンダントって龍の牙でできてるんだよね?」
龍の牙や骨などの遺骸から作られる装飾品は古くから貴重品とされ、イエヌだけではなく本土の人間にとっても人気の高い工芸品だ。とりわけ、八雲がいま身に付けている牙による装飾品は骨よりも絶対数が少ないため、古代のイエヌでは長老クラスしか身に付けることが許されなかった貴重品である。
「八雲さんのように、東京のような都会からこのイエヌに移り住む人って、イエヌの生物相……とりわけ龍の存在に惹かれてるって人が多いけど、やっぱり八雲さんもそうなの?」
屈託のない笑顔でそう問いかけるいぶきに対して──
「ああ。まあ、そんなとこかな……」
そう曖昧な返事をするのだった。
その光景を──
八雲たちに気づかれないように、尾行しながら眺めているふたつの人影が存在した。
「しかし、栗橋の奴は本当に主体性がないな。いぶきの言う事を聞いてるばかりで、自分じゃあなにひとつ提案しない」
「まあ予想どおりっちゃ予想どおりなんだけどね」
楓と樹である。
今日の朝、車で留萌まで八雲を送り届けた楓だったが、実はその車の中にはもうひとり同乗者が隠れ潜んでいた。もちろん、樹である。
留萌に私用があるからと言って八雲を送り届けた楓だったが、そんなものは最初から存在しない。ふたりは朝からずっと興味本位で八雲を尾行しているのだった。
「しかし、楓ちゃんもヒマだね~。朝からこうやって尾行しているなんて」
「オマエもな。それに教師が教え子の心配するのは当たり前だろ」
「そんな大層なこと言ってるけど、本当はただの好奇心だろ?」
「まあな。それで、いぶきの奴、次はどこへ行くって言ってる?」
「あ~、えっと。フードコートの前を通って、そろそろショッピングモ―ルを出るってさ」
「よし、わかった。しかし、本当にオマエは耳がいいな。栗橋に気づかれない距離で尾行しているのに、ふたりの会話が聞き取れるなんて」
「この程度の距離の会話の盗み聞きなんてボクにとっては余裕だね。聞き取れない箇所も読唇術を使えば解読可能だし」
「よし、それじゃあ、これをやるから引き続き盗聴を頼むぞ」
そう言って、1個10円の駄菓子を樹に渡す楓。
「おお! こんな簡単なことをしてるだけなのに、こんなにもおいしい食い物くれるなんて、本当に楓ちゃんはふとっぱらだな~」
自らのハイスペックを超安売りしているにも気づかず、樹は喜びを露わにするのだった。