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栗橋八雲と蜂須賀樹


 館内には、龍の出現によって飛行機の発着陸が遅れていることを伝える旨の放送と掲示板の表示が流れ続けている。 


 龍が上空から立ち去り、かなりの時間が経過したものの、未だ空港内はざわめきと喧騒に包まれていた。あと数分、龍の出現が早ければ、きっと八雲が乗っていた飛行機の着陸にも影響を及ぼしていただろう。自らの運の強さに感謝しつつ、ターンテーブルで荷物が出てくるのを待つのだった。


 だが、その幸運に喜んでいたのも束の間だった。


「…………………」


 待てども待てども八雲の荷物が出てこないのだ。


 ひとり……またひとり……と、コンベアで流れてきた荷物を受け取り、ターンテーブルから立ち去っていく。


 そして、ついに八雲の他には、同年代の少年を残すのみになってしまった。


 たしかに八雲も、エコノミークラスの荷物よりも高いクラスの席の荷物のほうが優先的に早く出すことは知っている。


 しかし、いくらなんでも遅すぎるような気がする。


 だが、八雲はそこまで旅慣れしているわけではないし、そもそもひとりで飛行機に乗るのも初めての15歳の少年。このくらいの遅れが許容範囲かどうか正確に判断することができない。


 どうする? 本当に八雲の荷物がこの空港に届けてられているかどうか近くにいる職員に尋ねてみるか?


 だが、職員の人間も忙しそうだし、もう少し待てば出てくるような気がする。尋ねてみた途端に出てきたら赤っ恥だし……。


 だが、そのとき──


「ねえねえ! おねーさん! 本当にボクの荷物、この空港に届けられているの? さっきから全然でてこないんだけど!」


 八雲と共に最後まで荷物が出るのを待っていた少年が、ついに我慢ができずに先に声をあげてしまう。


 事情を察した職員が駆け寄り、丁寧な対応を心がけるが、それでも少年の剣幕は止まらない。


「なになに、少々お待ち下さい~? ボクはさっきからずっと待ってるよ! そんなこと言ったって、ぜんぜんボクの荷物が出てこないじゃん! ボクがガキだから出てくるのが遅いの? それとも田舎モンだからってバカにしてるの?」


 相手の事情や言い分などお構いなしに自分の言いたいことを言ってのけるその傍若無人さに呆れつつも、自分が遠慮をして訊けなかったことをあっさり訊いてのけるその大胆不敵さに、八雲はほんのわずかな羨ましさを覚えるのだった。


 やがてコンベアから見覚えのある八雲のキャリーバッグと軍人が使う雑嚢のような大きなバッグが流れてくる。


 八雲はすぐに自分のキャリーバッグを手に取るが、少女は気づかず職員の女性を攻めたてる。


「この袋、君のだろ? 早くしないとどっかに行っちまうぞ」


「あっ、本当だ!」


 少年はまるでゴキブリのように素早い動きでバッグを掴み取る。 


「あはは。おねーさん、ごめんね~。ボクの荷物、ちゃんと出てきたよ。さすが日本の航空会社は優秀だね。じゃあ、これからもお仕事、がんばってね~♪」


 なんとも軽いノリの謝罪で職員の女性に頭を下げる少年。


「そこのあんた、ありがとうね。おかげで助かったよ」


 八雲に礼を述べる少年。


「ところで、あんたはこれからどこへ行くの?」


「4番出口のところで人と待ち合わせをしているんだが……」


「そう、それは奇遇だね。じつはボクもそうなんだ。一緒に行かないか?」


 なにか、一緒にいるだけでトラブルに首を突っ込んでいきそうな性格の少年である。人付き合いに積極的ではなく遠慮しがちな性格の八雲とは正反対のタイプの人間だったが、人は自分と似たような性格の人間に共感を覚える反面、自分には持っていないモノを持っている人間に惹かれるのも事実。興味を覚えた八雲は行動を共にすることにしたのだった。


「そう言えば、自己紹介がまだだったね。ボクの名前は蜂須賀樹(はちすかいつき)。ハチって呼んでいいぞ」


 少年はニカッと白い歯をみせて、笑う。


 樹と名乗る少年は、おそらく八雲よりも2、3歳くらい年下だろう。八雲よりもアタマひとつ分くらい小さい身長、幼さを残したやわらかそうな頬に猫のようなアーモンド形の大きな目。黙っていればなかなか整った顔だちをしているのだが、雑な言葉遣いとゴツいスカジャンを着ているので、どうもチグハグな印象を受ける。


「俺の名前は八雲。栗橋八雲っていうんだ。よろしくな」


「ふうん。八雲は東京から来たのか?」


 樹が八雲に尋ねる。


「ああ。でもそれより以前はイエヌで暮らしていたこともあったけどな」


「都会っ子か、いいな~。東京は便利だし、美味しいモンもいっぱいあるんだろ?」


「ハチはそうじゃないのか?」


 同じ羽田発の飛行機に乗っていたのだから、当然東京の人間だと思っていたが、どうやらそうではないようだ。そういえば、たしか職員の女性に絡んでいた時に自分のことを田舎者だからどうとか言っていた事を八雲は思い出した。


「事情があって、羽田から飛行機に乗ったけど、ボクは三重の伊賀市出身さ。ほら、あの忍者で有名な町、知っているだろ? でも、今度の4月にイエヌの高校に入学するから、ここまでやってきたんだ」


 八雲は少し驚く。年下かと思っていたが、どうやら樹は八雲と同い年のようだ。


「それで、なんで八雲はイエヌまで来たんだ? 観光か?」


「いや、違う。俺もオマエと同い年で、イエヌの高校に入学して寮生活に入るんだ。それで学校の人と空港で待ち合わせしているから、そこに向かっているんだが……」


「なんて、高校?」


「それはだな……」



 

「栗橋八雲と蜂須賀樹だな……」



 ハスキーでありながらも、よく通る溌剌とした女性の声に呼び止められて、ふたりは声のする方向をふりむく。


 そこにはひとりの女性が立っていた。


「ふたり揃っているとは好都合だな。あたしはこれからオマエたちが通う北央(ほくおう)大付属高校の教師だ。連絡したとおりオマエたちふたりを迎えに来た」


 八雲と樹はお互いの顔を見つめあう。


「どうやら俺たち、同じ学校の新1年生だったみたいだな」


 八雲は、乾いた笑いをこぼすのだった。




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