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街へ⑤

 楓との待ち合わせ場所である料理店「シェ・シマムラ」は留萌駅近くの大通りに軒を連ねているフレンチレストランだ。淡い光の照明で照らされた隠れ家的な雰囲気に溢れているシックな店内は、壁やテーブルがロッジ風のあたたかい木目が目立つ造りになっている。


 今はランチタイムとディナータイムのあいだの中休みの時間帯で、この店の関係者以外には楓と八雲と樹しかいない。しかし、楓の用事が終わるまで店内で待っていた八雲は困惑しっぱなしだったのだ。


「それじゃあ、八雲さんは留萌に来るのは今日で2回目だったんですか」


 店内の座席に腰を下ろしている八雲に、そう笑顔で質問してくるのは、なんと先程まで公園にいたツインテールの女の子だった。


 八雲としては驚きの連続だった。

 当初、楓との待ち合わせ場所であるこのレストランに八雲たちがついた時は、楓と楓の大学時代の友人であるこの店のオーナーシェフしかいていなかった。


 そして、楓は狩猟で取ってきたシカ肉が、どういう状況で取れたものかを事細かにオーナーシェフに説明していたのだった。ジビエは、その獲物の年齢や性別、生息地に処理の仕方によって大きく味が左右されるために、本当においしい料理を作ろうと思ったら、獲物を取った猟師自身が調理するか、猟師と調理人が密に連携を取らなければならないのだという。話が長くなりそうだったので、八雲は店内の座席に話が終わるのを待つことにした。


 そして、しばらくすると、店の小さな鈴がついた扉が開くと、そこには先程まで公園にいたツインテールの女の子が店内に入ってきたのだ。


 どうやら彼女はこの店のオーナーシェフの妹で、名前は「島村いぶき」といい、この春に中学3年生になり、八雲たちとはひとつ年下なのだという。


 外の公園で初めて出会った女の子と数分もしないうちに再会して、しかもそれが楓の友人の妹なのだから、ものすごい偶然だ。しかし、八雲が驚き、困惑しているのはそんなことではない。


 そして、このいぶきというコはなぜか八雲に対して積極的に話しかけてくれるのだ。


 それだけではなく、「すぐに出ていくからいいよ」と遠慮したにもかかわらず、コーヒーと高そうなケーキまで出して接待してくれているのだ。


 そして、そのおこぼれに与り、ケーキを咀嚼しながら「うめー」と「あめー」という言葉を口腔から繰り返す機械と化している樹を尻目に、八雲の隣に座り、肩と肩、腕と腕がぴったり密着するくらいの至近距離で笑顔を振りまいてくるのだった。


「へー八雲さんて東京にいたんだ」


「八雲さんも動物が好きなの?」


「わたしはね……」 


 八雲はどちらかといえば人見知りするほうで、出会って数分の初対面の相手と楽しく談笑できるようなタイプではない。それだけに、このいぶきというの(心身共に)距離の近さに困惑するのだった。


 いぶきという少女は、かわいい動物や物を愛し、甘い食べ物が好きでおしゃれに興味がる中学生らしい普通の女の子だ。そして、きっと家族から愛情をたっぷり注いで育てられたのだろう、明るく屈託のない笑顔が自然と表情として出せて、人見知りをしない女の子だった。


 八雲はいぶきが自分と違う性分の人間だということを理解した。だが、それだけに自分だけでは解決の糸口をみつけることができなかった悩みの答えを導きだしてくれるのではないかと考えた。


「あの、島村さん……」

「もう、八雲さん。わたしのことはいぶきでいいよ。でも『さん』づけは駄目ですよ。『ちゃん』づけか呼び捨てにしてね」


「じゃあ、いぶき……ちゃん」


 初対面の女の子に対して『ちゃん』づけをおこなうこっぱずかさに赤面する八雲。


「じつは、いぶきちゃんに聞いてほしい話があるんだ」


 そして、八雲はこれまでレラとのあいだでおこった出来事と現在の状況を説明する。


 正直、初対面の女の子にはもっと気の利いた会話をするのが健全な男女関係を築くための処世術として正しいのだが、八雲としては藁にもすがりたい気もちだった。


 そして、この場にいないレラの話題はいぶきにとっては興味をそそられるような楽しい話ではなかったにもかかわらず、真剣に耳を傾けてくれるのだった。


「なるほど。それじゃあ八雲さんは、レラさんに嫌われた理由が分からないから悩んでるんだね。まあ、でも、たしかにレラさんは気難しいところがあるからなぁ……」


「いぶきちゃんはレラのことを知ってるの?」


「知ってるよ。楓さんと一緒にうちの店によく来てくれるし、お兄ちゃんと楓さんの四人で狩猟に行ったことだってあるもん。でも、八雲さんも言うように、理不尽な理由で人を嫌うような人じゃないよ」


「そうなんだよ、だから俺も悩んでいて……」


「でも、わたしはなんでレラさんが怒っているのかは分かりましたよ」


「えっ! 本当?」


 安楽椅子探偵もびっくりのスピーディーな回答に八雲は目を丸くする。


「八雲さんて、女の子と付き合ったことがないでしょ?」


「はあ?」 


 突然いぶきから放たれた脈絡のない言葉に八雲は呆気に取られる。


「いや、たしかに俺は今まで女の子と付き合ったことはないけど……」


 しどろもどろに回答する八雲。


「やっぱり。そうだと思った。それじゃあ、女心は分からないよね。ねえ、それだったら、明日わたしとデートしてみない? そしたら、なんでレラさんが怒っているのか分かるようになるよ」


 この提案には、八雲は口に含んでいたコーヒーを吹き出しそうになる。


「え、えええ???」


「だって、わたしが今ここで理由を教えてもいいんだけど、それだとまた同じような理由でレラさんを怒らせることになるし、八雲さんの今度のために実地経験で学習したほうがいいでしょ?」


「う、うーん……」


 そう八雲が困惑していると、隣でその会話を聞いていたのだろう楓が「明日もあたしが車で送っていってやるから、行っとけ!」とハッパをかけてくる。


「ねえ、楓さんもああ言ってるし、いいでしょ?」


 結局、押しの弱いは積極的ないぶきに押し切られる形で了承してしまうのだった。




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