街へ④
その後ろ姿を──八雲たちがその場を走り去り、姿が見えなくなっても──最初に八雲たちに声をかけられたツインテールの少女が、呆けた表情で見つめている。
いまだに周囲の人々は驚きと興奮でざわめいている。
なにせ、ロイター版も棒も使わずに、人間がオリンピックの高跳び並みの高さを跳躍したのだから無理もない。
少女の友人たちも同様だ。
口々に「あの小柄のほうの少年は中国雑技団の団員ではないのか」とか「体操のオリンピック候補じゃないのか」とか「プロのフリーランナーではないのか」などと様々な推測を述べている。
たしかに、あの小柄な少年の身体能力に衝撃を覚えたのは事実だが、それ以上に少女は,土台となった少年に心を惹かれたのだった。
高めの鼻梁に、やさしげな印象を残しながらも凛々しい瞳と眉。なによりもどこか浮世離れした儚さを感じさせる微笑み。
その容姿のレベルは、いち地方都市である留萌どころか、札幌の繁華街を歩いてもそうそう見つけられないくらいの高さのものである。
〝かっこよかったなあ、あの人……〟
〝高校生くらいかなぁ。何をしてる人なんだろ〟
〝あーあ、名前くらい聞いておけばよかったな……〟
少女は、今まさに「後悔先に立たず」という言葉の意味を充分にかみしめる結果となるのだった。
「ねーねー、いぶき!」
少女は自らの名前を友人に呼ばれているのに気がついて、我に返る。
「な、なぁに?」
「いぶきはこれからどうするの? わたしたちは買い物にいくけど」
「あーゴメン。今日は無理なんだ」
「えー? また家のレストランの仕事の手伝いなの?」
「うん。今日はお店のほうにお兄ちゃんの大学時代の友達がジビエを持ってきてくれるから、わたしも駆り出されるんだ。ごめんねー」
いぶきと呼ばれた少女は友人たちに詫びを入れて、つい先ほどまで会話をしていた少年の面影を脳裏に思い描きながら家路につく。
もう二度と会えないかもしれないかもしれないが、もし再会できたならば、今度こそは積極的にアプローチをしよう。そう心に誓うのだった。