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街へ③

 その後、マクナドルドで食事を済ませた八雲と樹は留萌の市街地を練り歩くのだった。


 留萌市は日本海に面した人口2万人ほどの都市。寮が存在する収容区からは最も近い都市で、寮の最寄り駅から出ている電車の南側の終点は、この留萌駅である。


 駅前周辺は寮の最寄り駅とは比べものにならないほど栄えており、今日は休日ということもあり、八雲と同じくらいの年齢の中高生や家族連れの姿も目立つ。


 そんな時、八雲は自分の携帯電話が鳴っていることに気がついた。着信は楓からだ。


「はい。栗橋です」


 八雲が電話に出る。


『おう、栗橋、おまえらも留萌に来ているのか?』


「おまえらも、ってことは先生ももしかして留萌にいるんですか?」


『じつはな……』


 その電話によると、楓も八雲たちが電車に乗ったあとに留萌に来ていて、今も市内に居るというのだ。そして、帰りは車で寮まで連れて帰ってくれるというのだ。


 駅から寮までの徒歩の道のりプラス鈍行電車でかかる時間と運賃、それらの負担が一気になくなり、八雲と樹は快哉をあげるのだった 


「やくもー、それで楓ちゃんとの待ち合わせ場所ってどこなんだー?」


「電話で確認した話では『シェ・シマムラ』っていうフレンチレストランらしいんだ」


「フレンチレストラン? なんで楓ちゃんそんなところにいるんだよ?」


「どうやら、先生の大学時代の友人がそこのレストランのオーナーシェフらしくて、それで、この前の猟で取れたシカ肉とかを送り届けてたらしいんだ」


「ふーん。フランス料理か……。マクナドルドよりうまいのかな~?」


 などと樹が、店の人間が聞いたら絶対に気分を害すような疑問を口にするのだった。


 そして、おだやかな日差しを受けながら、楓との待ち合わせの場所を目指して駅前から公園へと歩いていくと、人だかりができていることに気がついた。


 何事かと思い、八雲と樹が人だかりのほうへ足を運ぶ。


「どうしよう……」


 その、人だかりの中にいた女子中学生くらいの女の子たちが声を震わせるのだった。


「どしたの?」


 樹が女の子たちに声をかける。


「あの猫が……」 


 その女の子のひとり……黒髪ツインテールの少女は、高さが5メートル以上ある木を指さす。そして、その枝の先には小さな猫が身を縮こませているのだった。


 どうやら、子猫が木に登ったはいいが、怖くなって降りられなくなったようだ。


「どうしよう……あんな高いところまで助けにいけないし……」


 ツインテールの少女が泣きそうな顔で木を見上げる。


 このまま放っておくわけにはいかないが、猫が昇った木は高くて誰も助けにいけず、人だかりができてはいるが、誰も有効な手立てを見つけられないでいるといったところなのだろう。


「ハチ、あの木に登れるか?」


 八雲が樹に尋ねる。


「そりゃあ、楽勝で登れるけど、あの仔猫がいる枝の先まで行くのはちょっと無理かな。いくらボクの体重が軽くても、あんな枝の先までいったから確実に折れるしさ」


 うーん、と考え込む八雲。


「よし。それじゃあ『あれ』をやるか」


「うん。そうだな」


 八雲が考えを伝えると、樹が素直にうなずく。


「はーい。ごめんよ。木の周りにいる奴らはみんなどいてねー!」


 樹が人だかりを処理すると、八雲は木の幹に背を向けて、膝を落として中腰で構える。そして指を組んで、ヒジは下方四十五度に直線に伸ばすのだった。ちょうどバレーボールでいうところのレシーブの体勢だ。


「じゃあー八雲、いくぞー!」

 木から10メートルほどの離れていたところに立っていた樹はそう言うと、そのまま八雲に向かって全力で走り出す。そして、樹は減速することなく、八雲の指を組んだ手を駆け上がる。あとは以心伝心の共同作業だ。八雲は樹が跳躍する瞬間を指先から読み取り、樹は八雲がレシーブの要領で腕を振り上げるのを足の裏から読み取り、単体では絶対不可能な高さの跳躍を実現する。


 八雲の頭上をはるかに超え、仔猫がいる木の枝まで高く舞いあがった樹は、すばやく中空で仔猫をキャッチする。もちろん、樹の跳躍はこのまま着地したら無傷ではすまない高さなので(とはいえ、それは常人の運動神経と身体の強度を基準にした仮定なので、樹ならばこの高さでもおそらく無傷でいられるだろうが)八雲が樹をお姫様だっこの形で受け止める。


「へへ、ナイスキャッチ八雲」


 八雲の腕の中で仔猫を抱いている樹は満足げに白い歯をみせる。


「今度からはちゃんと自分の能力を頭に入れて木に昇れよ~」


 そう言う樹から八雲は仔猫を受け取る。


「このコは、キミの猫?」


 仔猫を心配していたツインテールの女の子に対して微笑みかける。


「いえ、ちがいます。首輪がないからたぶんノラ猫だと思います」


「そうか。ノラなのに、こいつのことをあんなに心配するなんて、キミは優しいんだね」


 八雲が手放すと、人馴れしていないだろう子猫は一目散にどこかへ駆けて行ってしまうのだった。 そして、それと同時に湧き起こる拍手の雨。今、この公園にいる全員が樹と八雲のコンビネーションによるアクロバティックな体術に驚きと興奮を隠せないようだった。


「あはは。どうも、どうも~」


 Vサインをつくって、観衆に応える樹。


「おい樹、はやく先生との待ち合わせ場所にいくぞ」


 しかし、あまり人々から注目を受けるのを好まない八雲は足早に樹に促すのだった。


「おっ、そうだな」


 後をついていく樹。


 わずか数分で、この場にいる全員に強いインパクトを残したふたりはその人々の興奮が冷めぬ間にすばやく立ち去ってしまうのだった。




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