純血のイエヌ少女③
やがて、八雲たち特英科一行は楓の案内によって狩場に到着する。
だが、そこで八雲は信じられない言葉を耳にする。
「よし、それじゃあ、あたしはあたしで獲物を殺めるから、オマエたちも適当に狩りをしてこい」
愛銃であるボルトアクション式ライフル「MURATA90式」の点検をしながら、楓はそう宣言したのだった。
八雲は目が点になり、あんぐりと口を大きく開ける。
「先生、今なんて言いました?」
「だから、ここからは各自、自由に狩りをしてこいってことだ。それ以外、今の言葉に受け取りようがあるか?」
「いや、ちょっと待ってくださいよ。そりゃあ、先生は子供の頃からこのイエヌで狩りをしてるから、狩りは慣れっこだろうけど、俺たちは今日が初めての狩りなんですよ? ケガとかしたらどうするんですか?」
八雲は猛然と抗議する。
当たり前だが、狩りとは自然の中でおこなわれるものだ。だからこそ、絶対的なセオリーなど存在しないし、机上で学んだ知識だけでは対応できない危険に晒される場合も多々あり、最悪の場合は命を落とすことになる。それに、たとえ命に直結するようなことでなくても、教えなければならないことは多く存在する。たとえば、罠を使って猟をする場合でも、私有地でなければどんな場所においても構わないと考えてしまいがちだが、実際は違う。たとえ法的に問題がなくても、他の猟師たちの縄張りを侵したら、ただは済まない。だからこそ、初心者には経験豊富な玄人が手取り足取りイロハを教えなければならないのだが、楓はそうは思っていないらしい。
「大丈夫だろ。レラはあたしと同じようにガキの頃から狩猟経験豊富だし、おまえだってイエヌで暮らしてたんだろ? 蜂須賀に至っては殺したって死ぬような奴じゃないし」
「いや、それでも、何も教えないでいきなり狩りをしてこいっていうのは無茶じゃないですか? 失敗しろっていうようなもんじゃないですか!」
「そうだよ。あたしは失敗しろって言ってるんだ」
八雲の抗議に、楓はあくまで淡白に、しかし確固たる語調でそう答えるのだった。
「オマエらはたった3人しかいない特英科の生徒だろ? だから普通の生徒の教えるようなものとは違う、それ相応の教育をする。目上の者であるあたしが『やれ!』と言ったんだ。『できません』『やりかたを教えてください』と抗議をするくらいなら、どうやったら『できる』かを必死になって考えろ。そのうえでの失敗なら、若いオマエらには糧にもなるし、あたしも責めはしない。
あたしは教師だ。だから、あたしがオマエたちの教師として接していられる時間は長くて3年。学校の勉強を教えるのには充分かもしれないが、この世の森羅万象を学ぶにはあまり短すぎる。だからこそ、考えろ! 学校を卒業して、今まで経験したことがないような事態に陥っても困難を切り抜けられるように『考える』という行為を自然にできるようにしろ。それがあたしの最初の教えだ。
もちろん、オマエたちのこれからやることに関しては必要最小限しか口は挟まないが、全責任はあたしが受け持つし、失敗しても全力でフォローしてやる。あと、失敗しろとは言ったが、全力は尽くせよ。失敗は糧になるが、それはあくまでも絶対に成功してやるという気概があって初めて糧になる。最初から失敗してもいいなんてつもりでやってたら、いつまでも成長しないからな。それじゃあ、16時までに生きて狩り小屋まで戻ってこい。わたしの指示はそれだけだ」
それだけ、言い残して楓は自らの相棒というべき猟犬を連れてどこかへ行ってしまう。ちなみに猟犬の名前はリュウといい、寒く、凍えた唇でも発音できるようにそう名付けたのだという。
「………………」
そして、レラも何も言わずにクンネの背に乗ったまま、消えてしまった。ちなみに、ヒグマの嗅覚は犬の5倍ほどもあり、数キロ先の臭いでも嗅ぎ分けることができる。そのうえ聴力にもすぐれており、全身の毛を逆立たせることによってブッシュの中も音を立てずに歩くことが出来る最強のハンターだ。
あとに残されたのは、狩猟未経験の八雲と樹。
「ハチ、オマエはどうするんだ?」
「ん~。ボクは食うための本格的な狩りはやったことはことないけど、山奥での暮らしは長いし、害獣駆除で畑を荒らすイノシシやツキノワグマと素手で格闘した経験は多いから、なんとかなるよ。
あー、あと、八雲はボクが脱走した時についてきてくれたのは、ボクが山道で迷わないように心配してきてくれたんだろ? ありがとうな。じゃあ八雲も頑張れよ」
そして、樹は音もたてず、足跡すらも残さず消えてしまうのだった。そのあまり痕跡のなさに、本当に3秒前まで樹が存在していたのかと疑わしくなってしまうほどの身のこなしだった。やはり、樹は只者ではない。
しかし、ひとり取り残されてしまった八雲はどうすればいいのか。
まさか、いきなり単独での狩猟をおこなえと言われるなんて思わなかった。
八雲は、途方に暮れるのだった。