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純血のイエヌ少女②

 清々しいまでの太陽と触れれば綿毛のような手応えが返ってきそうな雲が並ぶ青空の下。   


 八雲は天塩の森を歩いていた。上空は森の木の葉が幾重も重なり、美しいモザイク模様を作りあげている。 


 だが、この場所を歩いているのは八雲だけではない。その傍には樹と楓、そしてレラがいるのだった。


 あの脱走劇の後、八雲は厳しい懲罰を受けることを覚悟していたが、楓の対応は温情に満ちたものだった。


「まあ、こんな何の娯楽もないような所に押し込まれたらいつか不満が爆発するとは思っていたが、まさか初日にふたり揃って脱走するとはな。しかし、よくオマエ、あんな短時間であそこまで行けたなぁ。そっちのほうが驚いたぞ」


 ──と、(楓自体が八雲たちと年齢が近く学生時代に順法精神があった生徒でなかったタイプだったからだろう)叱責されるどころか、呆れながらも感心されたのだった。


 そして、八雲とレラが寮に戻ってきた直後には、楓の手によって樹も確保されていたのだった。


 その時の様子がこれまた凄かった。


 おとなしく投降した八雲とは違い、樹は最後の最後まで抵抗を試みたのだろう。目の前にはまるで凶悪犯を確保する時のように縄で厳重に束縛された樹の姿があった。


 そして、その樹を確保した直後の楓は全身生傷だらけで、死んだ魚のような疲れ切った目でぜーぜーと荒い呼吸を繰り返していた。楓曰く「人間相手に散弾銃をぶっ放してやりたいと思ったのは生まれて始めてだ」。


 そして、手足の自由を封じられて芋虫のように床に転がる事しかできなくなっても、樹はまだ「くそ! 覚えてろ! 絶対に次は脱走をやり遂げてやるぞ」「いいか。こんなチンケな施設でいくら拘束しても無駄だからな。指1本でもかかればボクは片手で懸垂できるし、肩関節も自由に外せるから頭さえ通れる幅さえあればいつでも脱走してやるからな!」と毒づいていた。


 そして、その言葉をただのブラフか陽動か、それとも自らの身体能力と手の内を丁寧に明かして対策を立てやすくしてくれているただのバカなのか、楓とレラは測りかねるのだった。


 だが、そんな樹が折れたのは意外にも早かった。


 夕食の時に出されたカレーのうまさにいたく感激して、あっさりこの寮に留まることを決めた。本人曰く「なんじゃ、こりゃ? なに、この平民を抑圧している中世の王侯貴族が宮殿のシャンデリアの下で食べる高級料理のように気品と力強さに満ちた味は? こんなうまい食べ物は今まで食ったことがねえ!」。


 ちなみに、この時に出されたカレーは八雲も食べたのだが、たしかに美味しいものの、味自体は常識の範囲内のもので、樹の美辞麗句はいささか大袈裟だと思った。しかし、八雲は脱走の道中で樹が幼少から白米すらろくに食べさせてもらえない修行の日々を送っていたと語っていたのを思い出して、納得するのだった。


 それからというもの、樹は寮での食事のたびに毎回「こんなうまい物がこの世にあったのか!」と舌鼓を打っている。


 八雲としては、樹が脱走する気がなくなったので、同じ学園生活を送ることができるようになったと一安心するのだった。

 

 そして、今日は特英科の生徒が全員揃ったということで、楓が親睦を深めるために1泊2日で狩猟に連れて行ってくれるのだという。


 そして、八雲と樹と楓とレラの四人は、札幌市収容区にある寮からさらに100キロほど北上した場所にある天塩の森林を歩いているのだった。


 いや、正確には4人と1頭だ。


 銀髪のイエヌ少女・レラは自らの足で歩かず、クンネと名付けているヒグマの背に乗って悠然と八雲たちの先を行っている。


「それにしても、すげー髪の色だな。あれが純血のイエヌ民族か。あと、あの変な服もイエヌの民族衣装なんだろ?」


 隣を歩いている樹が八雲に語りかける。 


 流れるような銀髪に燃えるような紅眼。  


 たしかに八雲も、まさかこのイエヌに来て初日で、ある意味では龍よりも貴重な純血のイエヌ民族に出会えると思ってもみなかった。しかも、同じ学校の同級生だったとは……。


「瞳や髪だけじゃないよな。あいつ、すげーキレイだよな」


 たしかに樹の言うように、レラは絶世という表現すらも陳腐でありきたりに聞こえてしまうほどの美少女だ。しかも、その容貌は巷に蔓延っているアイドルのような媚びた愛くるしさではなく、神霊が持つ神秘さにも似た美しさだ。


 しかし当初は感心した時のように神妙な表情だった樹だが、最後の感想を述べるときには威嚇する猫のように敵意に満ちた表情に変わるのだった。


「でも、ボクはあいつのことは好きになれそうにないや。あきらかにボクたちとは仲良くする気がないって拒絶した態度じゃん」


 そう。八雲たちが入寮してから、この数日間、レラとはまったくといっていいほど会話をしていないのだ。


 レラのほうから話しかけてくるのは必要最低限の連絡事項がある場合の時のみで、それ以外の時で八雲が話しかけてもろくに返事すらしてくれないことが多い。


 まあ、たしかに、レラにとっては八雲たちに対していい印象を抱けるわけがないと思う。


 なにせ入寮初日、まだ学校の入学式が始まっていない段階で脱走を試みたのだから。3人しかいない特英科の生徒、それにもかかわらず自分以外の2人がここまで意識が低く責任感のない人間だったら失望もするし、軽蔑もするだろう。その冷たい態度は、出会ってから数時間で打ち解けてくれた、愛嬌の塊である樹とは対照的である。


 しかし、特英科はたった3人しかいないのだ。その中のひとりがまったく誰にも心を開いていないのは、やはりいくらなんでも寂しすぎる。このままでいいわけがないと八雲は思い、前を行くレラに話しかけるのだった。


「よう、おはよう」


「おはよう」


「今日はいい天気でよかったな」


「そうね」


「いや~、じつは俺、狩りをするのは初めてですごく楽しみしてたんだよ」


「そう……」


 だが、この時もいつものようにレラはまったく八雲の顔を見ずに、5文字以上の返事をしてくれず、拒絶のオーラを全身から発するのだった。


 しかし、それでもめげずに八雲はさらに話し続ける。


「俺は今まで東京で暮らしていたから狩りをするのは初めてなんだ。レラは狩りをしたことがあるのか?」


 だが、レラは八雲の言葉に、取り繕うともせずに不機嫌に唇を尖らせる。


「あるわよ。でも、だから何だっていうの? それが、なにかあなたに関係があるの?」


 そして、クンネの歩みを速めて先に行ってしまうのだった。


 八雲は肩を落とし、大きくため息をつく。


 今日も、八雲の懸命な努力は不発に終わったのだった。

 




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