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プロローグ



 ああ、俺は本当にこの場所に帰ってきたんだ……


 

 羽田空港発・旭川空港着の飛行機から降りて、タラップに一歩を踏み出した栗橋(くりはし)八雲(やくも)の胸には、まるで旅先から久しぶりに自室のベッドで眠る時のような安堵と暖かな感慨が満ちていた。


 海外旅行を多く経験している者は、よく「日本と海外ではあきらかに流れる大気の質が違う」と口にする。


 八雲はその言葉の意味を改めて実感するのだった。


 もちろん旭川空港は日本の空港だ。 


 だが、日本最北の都道府県であり、真冬になると当たり前のように零下20度以下まで気温が下がるような地区が数多く存在するこの土地は、やはり本州以南の土地と比べたら、あきらかに異質だ。


 現に、今はもう3月も中旬を過ぎたにもかかわらず、八雲の頬を刺すその風は、真冬の東京の風よりもはるかに冷たく、まるで研ぎたてのカミソリのように鋭くて痛いほどである。八雲はタラップの階段を下りながら思わず背中を丸めて、ジャケットの襟元をきつく締めなおすのだった。


 そして、八雲はそこからターミナルの中に入る。天井が高く、広く近代的なつくりをしたターミナルの内部は多くの乗客や関係者が行き来をして、外の寒さを吹き飛ばすほどの熱気に満ちていた。


 だが、八雲は今まで自分が乗っていた飛行機の乗客を含めて多くの者たちが窓の外を見上げて、ざわめいているのに気づく。


 そこには、1頭の龍が存在していた。


 金色に輝く翼を大きく羽ばたかせ、先程まで八雲たちがいた鈍色の空を我が物で旋回しているその威容に多くの者が見とれているのだ。 


 我が身では2本の脚以外の移動手段を持ちえない人間にとって、未知と憧憬の場所である大空を自由に飛び回る龍は、太古の昔から神秘と力の象徴とされ、土地の言葉でカムイ(神)と呼ばれ、崇められているほどだ。


 その体長は、15メートルほどにも及ぶ大きさの大型龍でありながらも、ここからではさすがに豆粒ほどの大きさにしか見えない。だが、それでも人々の関心を惹きつけるのには充分だ。 


 なにせ、21世紀になって久しい現代でも龍はその生態は謎に包まれている部分が多い。そもそも龍自体が生息しているのは、日本では道内だけ。しかも、それも知床や道北の一部の森林地帯だけで、今は人間による自然破壊によってその数は減少の一途を辿り続けている。


 なかでも、今まさに大空を旋回している虹龍(ラヨチカムイ)の生きている姿は、龍の調査を生業としている学者や狩人でも一生のうちにそう何度も見ることができないと言われているほどの希少種なのだ。もちろん世界中のどんな動物園にもいない。


 だからこそ、そんな人里離れた森や谷でしか見ることができない環境省のレッドリストにも記されている龍が、旭川のような人口35万人を擁する大都市でお目にかかれるなんて本当に珍しい。この光景はおそらく今晩のニュースで映像として流れるのでないのか、そう八雲は思うだった。

 だが、八雲はそんな人々の喧騒から早々に背を向けて、足早に歩きだす。


 そう。ここは日本国イエヌ(どう)──。


 土を耕し、草木の営みを飼い馴らして、自然を制圧してきた農耕民族である和人(わじん)の歴史とは異なる、もうひとつの歴史を持つ者たちの土地。動物に神の名を与えて崇め奉り、その恵みに感謝して、人間も自然における食物連鎖のサイクルに存在するいち動物に過ぎないと認識していた狩猟民族・イエヌ民族が創りあげてきたもうひとつの日本。


 日本であって日本ではない土地──

 パスポートのいらない外国──


 そう称されることが多いイエヌ道は、龍を始めとする本土では見ることが出来ないさまざまな動物や精霊が今も数多く存在する。


 そして、これから八雲が高校生活を始めようとしている土地だった。




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