第二章 (前)千里眼(オニ)/1
§
目の前に横たわるのは大切な人。私が心から愛し、守り抜くと誓った人。心を強くし、愛し続けると誓った人。
けれど今は力なく私の腕で横たわる。服は元の色が分からなくなるほど赤い染みが出来、ぽたぽたと赤い水溜まりに留まることなく滴る。
濡れた髪を掻き分けた。赤いその髪に隠れたその顔も、やはり赤い。
無数に刻まれ、皮が裂け、肉が抉れ、骨が見える。
かつて私へ頬笑みをくれた瞳は、私の紅い双眸を映していた。
その眼が堪らなく厭だった。
そう、目の前には私が自身の手で傷つけ、殺めてしまった人がいる。
愛していたのに。愛していたのに命を奪ってしまった。
気づいてはいた。愛が深まれば深まるほど、殺戮という傷害的な衝動が湧きあがる事を。
けれど、御し得ると思っていた。……愛さえあれば。
けれど、現実はこの赤い世界。
床に溜まった、体温とほぼ同温の赤い液体を指で掬う。それはぬるぬると、私の指に絡まった。
ふと、また開かれた瞳を覗く。
そこに映っていた私の顔は――口が吊り上がった歪んだ笑みだった。
私は自身の存在に絶望した。
§
黄色くなった葉を携えた木々が織りなす林を抜けると、一つの大きな木造の屋敷が存在していた。
重苦しい圧迫感のある木彫りの扉に手を掛ける。扉の全貌を見るには何歩か下がって見上げなければならないほど大きい。それは当然、周りへ自身の威厳を見せつける為だけである。
重い扉を横に引き、自分の身体が入る程の感覚まで空ける。
「……羽羅お嬢様」
と、そこには黒いスーツを着た巨躯な男。頭の毛を全て刈り、サングラスを駆けたその男は紛れもない高司の執事だ。
恭しく私に頭を下げると、サングラス越しの瞳を私に向けて来る。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
そう言い、私の鞄を持とうと頭を下げながら手を差し伸べて来る。その手を見、私は苛立ちから瞳に力を入れた。
「……要らない。下がれ、岸臣」
「承知いたしました」
私の不躾な返答に、頑なまでに岸鷹は腰の低い対応をする。
堪らず、その下げられた頭を睨みつけた。
砂利を踏みつけ、私は高司の敷地へと脚を踏み入れる。わざと石を蹴り、音を立てながら。
▽
家での扱いが、私は堪らなく厭だった。
皆から敬われ、距離を置かれ、玉のように丁重に扱われる。置かれる距離は、畏怖の対象。それは例え家政婦でも、執事でも、例えそれが家族で会っても。
いつからか覚えていない。物心つく前から……だからきっと、生まれ堕ちてから今の今までずっとなのだろう。
従って私は酷く、家というものが家と感じなかった。
家とは、家族とは、掛け替えのない温もりを感じる場所だという。だけどそんなものは、今となっては私には存在しなかった。授業参観、非難訓練……あぁ、私が交通事故に遭った時でさえ、父は私の前に現れなかった。
故に私は誰からも愛されない。
だけど一人……私を愛してくれた人は確かにいた。
母。唯一無二の私にとっての家族であり大切な人だった。抱いてくれた優しい大きな手も、掛けてくれる柔らかい声も、微笑む顔も大好きだった。そう、大好きだった。
だから今この家には私にとって大切な人など存在しない。それは決して、
「帰ったのか……羽羅」
廊下で擦れ違う実父でさえ例外ではない。着物を身に着け、着なれた動作で私の前へと歩み寄る。
掛けられた言葉に一瞥で返すと、父は目を逸らした。……そう、父親でさえだ。
その事実にまた怒りが募る。だからこの家に帰りたくなどなかったんだ。諾の部屋に行けば良かったと思う。
心底、この家に居る限り嫌気が刺すのだ。
だからこのまま何も言わず、父の横を急ぎ足で通り過ぎる。背中から視線を感じるが、父が私に掛けたい言葉が何であるかも理解はしているが、敢えてそれに振り向くことなく、私は一目散に自分の部屋へと向かった。
どかどかと足音を静かな家の中で立て、またも音を立てて障子を閉め、鍵を掛ける。そのままずるずると、障子を背に座りこみ、膝を抱えた。
ガチガチ、と歯が鳴る。そして気がつけば、自分の膝から血が流れるほどに爪が深く入っていた。けれど、その動作を止められない。
決してそれは、悲しみや淋しさからではない。
怒り。そう、怒りだ。私の心を占有する第一感情である憤怒。私の行動には何をするにもその感情に起因する。食事を取る事も、睡眠を取る事も……諾の部屋に行くことさえも。
空腹に苛立つから食事をする。空腹で食べたいから食事を取る。
頭痛に嫌気が刺すから睡眠を取る。眠りたいから睡眠を取る。
家に帰りたくないから諾の部屋に行く。諾に会いたいから、諾の部屋に行く。
前者は非常に歪んだ行動理念であり、後者は純粋な欲求からなる行動理念。結果は同じでも意義は全くの別物だ。
私には欲求というものが存在しない。傍から見れば、それは“〜したい”ということと同じだ、とでも思うだろう。けれどそれは、決して違う。
「私だって……」
そうしたいと思う。――そう“したい”。
一見懇願のようなこの想いも、やはり現状の自分への怒りから起こる願い。それは幼い頃から言われ続けた事であるし、自分自身で私の胸を占める黒さではっきりと理解出来る。
顎を上げ、高い天井を見上げる。様々な模様を織りなす木目は、何だか人に見える。何となく、それをなぞりたくなる。けれどそれは腕を伸ばしても決して届かない。それと同じで、この願いも決して叶わないのだろう。
――私の身体にこの忌々しい血が流れている限り。
▲
「千姫さん、もう帰りたいんですが」
「まだまだ、九時まであと二時間もあるよ。ほら、腹が減ってんならそこにカップラーメンあるから食べていいよ。醤油に豚骨、味噌に唐辛子何でもあるよ」
労働基準法なるものを知っているのかとその馬の耳に叫び続けたい衝動に駆られるも、何とか呑みこみ会話を続ける。
「……要りません。もうカップラーメンは食べ飽きました」
「何だ、またカップラーメンの生活に戻ったのか」
その言葉に、分厚いファイルをぺらぺら捲っている千姫さんへと睨みを効かせる。
「ええ、帰宅時間が十時とかざらなので。料理する気が起きないんですよね」
しかし千姫さんは俺の眼力など微塵にも気づいていないのか変わらず資料に目を通し続ける。
「作り置きを私は推奨するよ? 弁当なり何なりにすれば良いじゃない」
「……朝五時に起床なんでとても眠いんですよねぇ」
「全く、不精だなぁ、伊佐見は」
ビキ、とその言葉に血管が破裂した気がする。しかしこんなことは二年前から頻繁にある状況なので、怒りを乗せた溜息を吐き諦めた。
そして冷静な頭になったところでちょっと今の状況を整理してみようと思う。眠いからもしかしたら夢なのかも知れないけど。
……夢だったらどんなに良い事か。けれど夢の中で“疲れた”“眠い”と愚痴を零していることになってしまう。
「…………」
夢じゃなくていいや。むしろ夢だったら虚しすぎる。そう思った。
……俺が連日目を通しているのはこの町の歴史の本。町の図書館から拝借したものだ。別に自由研究に出す訳でもなく、レポートで教授に提出する訳でもない。する訳でもないが、この町に関わる全ての文献を読み漁っている。何もない町だと思っていたが思いの他存在していたので驚いた。どうも、内容を触ってみたが宗教の内容が多いらしい。まぁ、それも当然だと思う。何せこの町の住民は五割が教会――いや、聖堂か――へと足を運んでいる程浸透しているのだから。これは日本全国探しても、かなり珍しいんじゃないかと思う。
で、何故そんなものに毎日毎日目を通しているのかというと、答えは単純で、千姫さんにそうするよう言われたからだ。雇用主である千姫さんには“死ね”とかでも言われなければ従わなければあるまい。
今回の依頼はとある人物の素性を調べる、とかを聞いていた筈なのだが、やはりこんなものを調べているのはおかしい気がした。っていうか絶対におかしい。
既に三日経過してやっとというのもあれだが、思考が冷静になったついでに千姫さんに疑問をぶつける事にする。
「……今回は人を調べろ、っていう依頼の筈ですよね? ならこんな郷土本を漁る意味が見当つかないんですが……何の為なんです?」
「あぁ……いや? 全然関係ないよ?」
「なっ」
思わず手に持っていた付箋を落とす。
「実はその素行調査何だけどねぇ……その日、半日で片付いちゃったのよ。よくある浮気調査だったんだけど、その本人の所に行ったら普通に別の女と肩組んで歩いていたのよ、町の往来で。だから今のこの作業は関係ないわよ。…………そんな顔しないで、伊佐見」
「しますよ、そりゃ。だって……じゃあこれは趣味なんですか? 町の歴史を調べろなんて」
「うん」
「帰ります」
即座にショルダーバッグを手にして扉へ向かう。付箋も本も机に放って。
「御免御免、嘘、冗談よ、冗談」
振り返れば、優しく微笑む千姫さん。ここは申し訳なさそうな顔をする所だろうと思うが、何故か優しく微笑みかけられている。この笑みに依頼客は何度墜ちた事か。
なんにせよ、色々と意味が分からない。意味が分からないが、一応は訊いてみる事にする。
「じゃあ、何なんですか?」
「こっちの仕事よ、こっちの」
そう言って机の横に置かれた金色のブレスレットを指差した。リストバンド程の大きさのある一見金のそれは、魔術団体に所属している証というもの。つまりは、魔術方面の調査という事なのだろう。
――
千姫さんは退屈そうに肘を立てて顔を支え、空いた右手でブレスレットを様々な角度から観察している。
その姿に作業は一時中断の意として捉え、俺も作業を中断した。
そのブレスレットを見て、一つ疑問が浮かんだ。
「そういえば、そのブレスレットはどうして無地なんでしたっけ?」
そのブレスレットは金色に輝いた優麗なものなのだが、装飾が全く施されていない。
その理由を昔聞いた気がするのだが、忘れてしまった。説明を求めれば、千姫さんはきっと快く話してくれる筈だ。だから休憩がてら聞く事にした。
「ん〜、それはね。……私が所属している連盟、正式名称覚えてる?」
「えと……神儀会でしたっけ?」
「惜しい。神意会だ。正確には『魔術沿慨神意会』という。神の意に沿う概念の魔術。まぁ、規約の前文に書いてある意味を端的に言えば、神が与えたもうたこの世界を正常に、という事だな。……上の連中は神異を平気で起こす化物連中でね、その力は神の力の一部と思っているのさ。だから劣化して純性の低い魔術でも魔術は魔術ということで、私達魔術師によって魔術師を管理しようという事。謂わば自衛団体だ。
……なぁ、諾。ならどうして、神の力を奮う魔術を“根絶”させようとしないと思う?」
分からない、と首を横に振ると。
「それは、連中も自分の力を失いたくないからさ」
千姫さんは嗤う。魔術師の貌だ。この時の千姫さんは酷く嗜虐的で、灰色の瞳が俺の命を射抜いているような悪寒を感じてしまう。
「くく……可笑しいだろう? 剣を構えたまま武器を下ろせと命じてるようなもんだ。それじゃ誰も従う気なんて起きない。だから神意会の人員不足が減らないんだな。……全く、自分勝手な生き物だよ、魔術師っていうのは」
よほど可笑しいのか、腹を折って嗤いを堪えている。
その嗤いの対象は魔術師。自分でさえも魔術師だというのに。
「すまない。また逸れてしまった……如何なぁ。どうも口が過ぎる。この癖のせいで色々と損をしているというのに。
まぁそれは置いておいてだ。このブレスレットが無地というのはな、ほら、神の意に沿う、と言っただろ? だからどんな文字も、どんな韻も刻んではいけない。どうしてか分かる?」
またも、首を振る。
「簡単さ。その“神”というのは一つに定めなければならない。どんな宗教にも属さず、どんな国にも語られず、どんな民族にも崇めれられることの無い、絶対的に中庸である存在である“世界”という名の“神”。そうで在らなければならない。……まぁ要は、えこ贔屓しちゃだめって事よ」
そう言って、千姫さんは俺にブレスレットを投げつけてくる。
慌ててキャッチしたそのブレスレットは、重さを殆ど感じない。見た目には輝きを持った金のような材質だというのに驚くほど軽い。それは何故か、この腕輪はこの世に存在しないからだ。
いや、それでは語弊がある。要は誰の目にも見える、或いは触れられる訳ではないという事だ。
どういう事かと言えば、この腕輪は魔力で編まれているという事だ。
俺にはよく分からないけど、原理的にはそう言う事らしい。千姫さん曰く、認識していないものは見る事が出来ないし、触れたと実感することも出来ない。従って、この腕輪は大半の人にとっては存在しないもの。
俺としては、認識していようがいまいが触れば分かりそうなものなんだけれど。何て言うか、ぶつかる気がする。……思ってから、自分の解答に呆れた。
テーブルに触れてみる。皮膚が凹み、ざらざらした触感が脳へと伝わるのが分かる。だけどこれが、分からないということは……いまいち想像がつかない。仮に、ブレスレットを踏んだとしたらどうなんだろう。流石に、気づくんじゃないだろうか。そうすれば、何かあると誰でも気づいて……ああ、在ると分かっても魔力で編まれてるからそれが何か見えないし理解も出来ないということか。何故、こう俺は思い至らなかったんだろうか。やはり労働基準法を越えた勤務時間が悪いのだろうか。
そこでふと、先日の病院での出来事を思い出した。あまり思い出したくない、特にあそこで見たものは特に思い出したくないが思い出してしまったものは仕様がない。
頭に浮かぶのは俺達が存在しない世界。つまり、誰もが俺達へ見向きもせず歩き続けていた奇妙な光景。ぶつかりそうになっても誰も避けないというのはやはり異常だろう。
「もしかして、前に病院で渡されたミサンガもこれと同じようなものなんですか?」
「ああ、そうだな……少し違うな。あれは謂わば強力なお呪いだよ。……たかがお呪い。術式の編み方と魔力の籠め方で魔術にもなり得るんだ、単純に」
力押し、のイメージなんだろうな。きっと。全然理解は出来ないけど。
ブレスレットを投げ返す。放物線を描いて、丁度千姫さんの左手の部分へと着地する。
と、そこで千姫さんのデスクに広がるファイルが目に入った。それはこの町の建造物の工事記録。何処で手に入れたのか知らないが、そんな物まで入手して調べている。何の為なのか皆目見当つかない。
「……で、結局何で郷土本調べてるんですか? それなんか建物リストみたいなものでしょう? こんなのが魔術に係わりがあるんですか?」
「いやぁ……直接関係があるのか、って言われればないんだけどね。……何ていうかね、この町は……臭いんだ」
「臭い?」
「ああ……何かこう……粘液の中にいるとか、煙たいとか。言葉にするのは難しいんだが、違和感があるんだなぁ。……伊佐見は何か感じないのか?」
「いえ、俺はこの町から出た事がないので……」
そりゃそうだな、と煙草を吹かす千姫さん。その間もくんくん鼻を鳴らしている。まさか自分の煙草の事じゃないだろうな、とか思ったりもする。
「そう言う千姫さんは、何処出身なんでしたっけ?」
「ん〜……寒〜い所だよ……」
そう言って、千姫さんは椅子を回して窓から外を見る。
何となく、その背中が会話終了と言っている気がしてこれ以上話し掛ける事が出来なかった。
▽
コンビニのカレー弁当をレンジで温めていると、インターフォンの軽快な音がこの狭い部屋に響き渡った。
おーん、と動作し続ける加熱機を尻目に、来客用の受話器へと掛けていく。
その間、待たずしてもう一度鳴らされた。その不躾さに来訪者が誰かは予想はついた。
受話器に掛けかけた手の動作を中断し、そのまま玄関へと向かって行く。土足場の縁から背伸びをして、ドアノブに付属された鍵を回して、解錠した。
「うっ」
と同時にドアが外側へと思いっきり開かれる。まだ手にはドアノブをしっかりと握られていて、加えて体重を支えているのがドアノブだ。ならば当然、倒れてしまう。だからそれを防ぐために、
「あっ……」
靴下で砂利がある土足場に踏ん張ってしまった。
「いらっしゃい」
脱いで洗濯しなきゃ……と内心落ち込みつつも、来訪者の顔を見上げて言った。
――
何か喋るでもなく、羽羅は目の前に立ち昇っている湯気をじっと見つめていた。
いつもは不機嫌そうに眉を顰めているけれど、なんだか今はとても無表情だ。虚ろな空気を纏う羽羅は、長い髪も相まって精巧に作られた日本人形の様でとても美しい。
だけどその顔が、何故か迷い子のそれに視えてしまった。家を失くし夜道を当てもなく彷徨う孤児……自分で思っていてそれは正に羽羅じゃないか、と思った。
家に帰らず俺の部屋に泊まりに来る。それは俺としてはとても嬉しい事だけれども、やっぱり家に帰らないのは良くないと思う。何か原因があるのなら、それをなるべく取り除けるように努力すべきなんじゃないだろうか。
そう思うと、俺の口は既に動いていた。
「羽羅、家に来るのは良いけどさ、本当に家には帰らなくても良いの?」
「……良い」
「お母さんは心配しないの?」
「……もう、いないわ」
「ご、ごめん……」
「別に、気にしないで良いわよ」
「う、うん……じゃあ、お父さんは?」
「父だって、別に心配なんてしてないわ。……むしろ、帰らない方が良いと思ってるくらいよ」
その言葉に、何故か俺は何も言い返せなかった。その言葉を紡ぐ表情が、深い悲しみと怒りに満ちていた様に視えたから。
羽羅はさらりと落ちた髪を耳に掛けると、目の前に置かれたカップラーメンの蓋を破いた。蓋持った時に伝った熱いはずの液体に何の反応を見せやしない。
流石に異常だと察知する。
「羽羅、何かあった? 厭なこととか……」
「別に、何もないわ」
別に。そう言って全てを受け流す。それは羽羅の無意識のうちの自己防衛なのかも知れない。
深く関わるとその人間を傷つけてしまう。それは昔から何度も何度も言われてきた事だ。俺の眼にも視えるのだから、きっとそれは嘘偽りのない覆せない真実なのだろう。
けれど俺をそれを覚悟の上で羽羅と関わっている。話もするし、同じ部屋で過ごしもする。
結局、何も話せないままで時間は過ぎていった。やがて時刻は十二時を回り、明日も所に行かなくてはならないと言って、俺は布団へと潜り込んだ。
羽羅のことはとても気になったけれど、日々の過酷な労働に俺の体は眠れと訴えかけてくる。
だから、仕方なく睡魔に身を任せることにした。羽羅とは、明日しっかりと話そう、と。
▼
――諾。
家主が布団に入ってしまい、やることがなくなったので仕方なしに眠りに入る事にした。
――諾。
布団に入り三十分近く経ったものの眠くもないし、疲れもしていない為、一向に眠りというものは訪れない。
――諾。
見上げる天井は暗くて模様までは見えないものの、暗闇に慣れた眼にはどの程度の高さにあるのかぐらいは理解していた。
――諾。
腕を伸ばす。虚空を掴むように、身体を横にしたまま上へと腕を伸ばした。そして、握る。当然何も掴めない。天井にだって届かない。何処にあるのかはっきりと見えているのに。
――諾。
その腕を、寝返りで横へとシフトさせる。伸びている腕の先には諾。
――諾。
掛け布団を首元までしっかりと掛け、穏やかな表情で定期的に呼吸をしている。きっと疲れているのだろう。私から見ても千姫の人使いというものは荒く見えるのだから、本人にとっては尚大変だろう。
――諾。
また、握る。当然諾には届いていないため、掴むことなど叶わない。……けれどそれは今だけではなく、いつも感じている感覚。
――諾。
“幻視の眼”という万象を視覚する異能。それは人の内包する感情でさえも視覚する。……それはつまり、他人というものが何か分かってしまう。
――諾。
きっと人間の汚さとか、姑息さとか、矮小さを全部見てきたんだろう。
――諾。
それでも、彼は人間というものに絶望していない。付き合う人間を選びはするものの、見限っては決していない。付き合う人を選ぶなんてことは普通の人間だってやっていることだ。だからそれはつまり、諾はあんな眼をもっていながら“変わらない”ということだ。
――諾。
それが、私と諾の距離を隔てている気がするのだ。私は、自分自身の醜さというものを日々感じている。憤怒と憎悪という最も醜い感情によって出来上がった私は、多分この世のどの人間より醜い心を持っているのだろう。
――諾。
だから、理解出来ない。人の心の裏というものを知っておきながら、人間と付き合える。……私という汚いものを視ていながら、私とこうして関わっている。
――諾。
ああ、全く理解出来ない。それが理解出来ない。それがあるから諾とは相容れない。けれど諾と共に過ごすことで安らぎに似たモノを感じるのもまた事実。
――諾。
気づけば、私の思考は諾で埋め尽くされていた。
諾。諾。諾。
ずりずりと膝を使い寝ている諾へと近寄る。定期的に上下する胸。僅かに空けて深く呼吸をする口。それらを見ながら、ゆっくりと近寄っていく。
諾。諾。諾。
――気づけば。
私の両手の指は寝ている諾の首に絡まっていた。
――――――
「本編の雰囲気を多大に壊す恐れがあります。それでも良いという方はプレストゥ下ボタン」
↓
↓
「はい。どうも読む気力を起こしていただいてうれしい限りです。本編イメージ崩壊の恐れを乗り越え、ここまで来ていただいて感謝感激雨あられです」
「……いや、というか誰も気にしてないってことじゃないの? 諾」
「いやそもそも、この作品自体が殆ど読まれてないような気がするわよ?」
「――――」
「――――」
「――――」
▽
「まぁ細かい事、都合が悪いことは無視して進みましょうか」
「ホント都合良いわね。眼鏡取るわよ?」
「すいません。勘弁して下さい、高司さん」
「……やれやれ(煙草吹かす)」
▽
「で、これは何の為にやるコーナーなの?」
「えーと……あ、どうも(ADっぽいのより画面枠外から紙きれを手渡される)。んーと、何々……『キャラクター紹介を載っけようと思ったけど、そのまま載せるのもつまんないから会話調でやってみる』……だって」
「余計な事を……」
「羽羅、髪紅くなってる」
「……大体本編でもロクに語られていないでしょう? 殆どと言って良いくらい。一章何か一人の教師が酔狂して終わっただけじゃない。しかも次話にこんな間を空けて」
「まぁ、だからこそ、やりたくなったんじゃない? 不意に。というかこれは考え始めていた時は趣が違っていて、当初は本編で死んじゃった人の為に行われる、例えて言うなら導かないタイg――むぐっ」
「羽羅、それ以上は言うな。いろいろとヤバい」
「……ん?(また渡される)……何、えーと『これは不定期です』」
「ぷは……(解放される)。……って、そんなの誰も期待してないわよ」
▽
「えーと(紙を枠外からry)……あら、最初は諾だって。よかったわね」
「まぁ……一応主人公だし」
「一章じゃ肝心なところで寝てたけどな」
「それは言っちゃ駄目です。ていうか大体僕は一般人なんですよ? あんな良く分からない万国人間ビックリショーみたいな世界に放り投げられても即死するだけです」
「……ネタ古くないか? 諾」
「……ん?(紙ry) ……『眼を持ってても弱いから動かしにくい』」
「喧しい! 大体こういう風に設定したのは作者だろう!」
「おぉ……早速壊れているな」
▽
『名前、生年月日その他諸々個人情報を提示して下さい』
「えぇ……伊佐見諾。生年月日は諸事情により割愛。血液型はAB。身長は167。痩せてる方だとは思っています。あと黒目黒髪」
「あと髪型がダサい」
「それと丸縁眼鏡もダサい」
「ちょ、アンタがくれたんだろ!? 千姫さん!」
「だってデザインとかどうでも良いし。ってかここで微妙に眼鏡のエピソードバラさない」
「俺の沽券に関わってますからね!」
「別に誰も気にしな――」
「――!」
「――何でもないでふ」
「俺はあれだ、ダサいんじゃなくて興味がないんだよ、うん。外見何か、中身に比べたら些細なこと些細なこと」
「……まぁ、言い訳だわなぁ」
「顔立ちとしては悪くないのに……」
「……てか生年月日割愛とかなんかもう臭すぎるな」
▽
『趣味は?』
「労働だよな」
「違う」
「部屋を貸すこと?」
「違う」
「なん……だと?」
「じゃあ、何なのよ?」
「何って……ほら。えーと」
「そう言えば諾の部屋って何にも置いてないのよね」
「そうなの?」
「いや、あれは、経済的な理由ででして……」
「諾の年ならゲームとか持ってても良いと思うんだけど……それも無いわね」
「じゃあ無趣味でFAだな」
「……反論出来ない」
――
「そう言えば、諾って変な名前だよな?(諾という方がいらっしゃいましたら申し訳ありません)」
「俺含めた全国の諾さんに謝れ。変じゃなくて珍しいんだ」
「伊佐見とか……」
「お、何か来たわよ。……『イザナギから取った』。だって」
「「あ〜……」」
「『決してローマ字のOの後の4をやったからじゃない』って」
「「あぁ〜」」
▽
『諾を一言で表すと?』
「温和」
「家主」
「奴隷」
「……ってかあんまりじゃない? 二人とも。ってかそんなこと言うなら残業手当出して下さいよ、千姫さん」
「分かった分かった。じゃあやり直そうじゃないか、羽羅」
「えぇ……あと自分で温和とか言わないでよ」
――
『諾を一言で表すと?』
「甲斐症なし」
「……所、止めますよ、千姫さん」
「不能」
「こら、その発言はダメだ、羽羅」
「だってお前……本当に男か? ほぼ毎日羽羅と同じ部屋で寝てるんだぞ? お前、ちゃんと在るのか? お前ホントに男か? こう……なぁ? あ、もしかして――」
「男ですよ! ってか何が在る無いですか! ――羽羅も微妙に赤くならない! ……大体、俺殺されそうじゃないですか。そんなラブコメ感無くないですか? 隣で寝てる、ドキドキ、みたいな」
「まぁ……そうだなぁ」
「それは……しょうがないわよ」
「張本人が言わんでくれ」
▽
「え〜、ここまでお付き合い頂き本当にありがとうございました。――長かったなぁ……っていうか嫌だったなぁ……」
「……『次は羽羅』。おぉ、よかったな」
「良くないわ……」
「でもこれで俺はもう無いだろうな……ん? ま、まさか……。……『もっかいやることもあります』。――何でだよっ!」
―――