第三章 鬼(ウラ)/2
私を包む温かさがあった。
頭の後ろに優しく手を回され、顔を胸に引き寄せられる。寂しい背中をもう片方の腕が優しく、あやす様に叩かれる。愛でる様に頭を撫でられ、愛でる様に髪を手を櫛にして優しく梳いてくれる。
とても心地よく、安心する。私はこの心地よさが大好きだった。
家で孤立していた私に構ってくれたのは母だけだった。
寂しさから泣いていると、母は優しく抱き上げてくれる。構って欲しさに悪戯をすれば、母はきちんと叱ってくれる。
表現すれば、家族だ。母だけが私を見て、慈しんでくれる唯一の家族。父には愛されていない。だったら、私にとって父など不要だ。父にとって私は不要なように。
その母の、家族として当たり前の、当然の振る舞いが、高司の家にいる事に於いて唯一の安らぎであり、幸せであったと断言できる。
身体に流れる血は特殊で、特異で、人間なんていう存在は超越しているなんて次元を超え、既に凌駕しつくしていた。それが高司の家が古来から富豪であり続けている所以でもあり、孤高でもあり、孤独でもある。
家を囲む雑木林は庭という存在を成す為にあるものでもなく、自然との調和を求める為でもなく、ただ人間から自分達を隔離する為に存在していた。
そんな孤独な環境でも、母がいれば温もりを感じられていたのに。
――
瞼を開ける。それに伴って、障子から淡く滲んだ陽の光が優しく網膜を焼く。橙の色を焼き付けるそれは、今の時刻が早朝で在る事を私に告げていた。
上半身を起こし、一寸瞼を擦る。それにより意識は直ぐに覚醒した。
首を左右に振ると、視界に飛び込むものは当然私の部屋だ。机に、鏡台に、箪笥に、今私が入っている布団。たった其れらだけで構成された酷く生活感のない部屋。それが私の部屋。どうにもそれが私の内面を表しているようで、嫌になるも、特に家具を追加しようなどとは思えないのがまた嫌だった。
布団もそのままに、箪笥へと歩み寄り、両の扉を開けた。
そこには幾重もの着物が収納されていて、端の方には一着ずつ、ブレザータイプの制服と、ワイシャツタイプの制服、それにスカートが掛かっていた。それらは私が後数十日すれば着る事になる進学先指定の制服。
仁稜学園。それが私の進学先の教育機関の名前だ。県内一……いや、地方一の進学率を誇る高等学校だ。そしてその進学率というのも、当然ただ進学した“だけ”というものではなく、上位ランクの大学に通る率が高い正真正銘の進学校。そこに通えるというのは、恐らく大多数の中学生の憧れで在ったと言えるだろう。
――私が憧憬する未来は、そんなものではないのに。
――
家になど、居たくはなかった。だから私は目を覚まし、朝食を取ると直ぐに家を出るようになった。
朝食は和風のものだ。食材は全国各地からの取り寄せで、家にも専属の一流料理人が控えている。だから出される食事は最高級だろう。
確かに、空腹は満たされる。けれどそれは、決して私を満たしてくれるものではない。
私と父で向かい合い、離れたところで黙々と食事を取る。後ろでは使いの者が何も言わず、食事を共に取るでもなく控えている。別に皆で一緒に食事を取ろう、と言っているのではない。だけど何処か、その食事というものは目障りだろう。
食事は家族の団欒ではないのか。少なくとも、世間一般ではそういう筈だろう。だがそんな物の、片鱗すら見た事も、感じた事もない。――母のいた、あの日々以外は。
板張りの廊下を歩く。昨夜の冷えを木が吸っているのか、足袋を抜けて寒さが伝わってきていた。
その寒さを引き連れて、曲がる壁から父の姿が現れた。
白髪を混ぜた黒髪を伸ばし、後ろに流している。その下にある瞳はまるで孔が空いているように感じる。私を見ない瞳。私を直視すると直ぐに外される瞳。――堪らなく、厭だ。
「羽羅。また今日も出かけるのか」
「ええ。悪い?」
「……いや。……くれぐれも」
「分かってるわ」
――“血”を使うな。それが父の言いたいことだろう。
▽
父はいつもそうだった。心配することはいつもそれ。
――“鬼の血”を使うな。
分かっている。幼い頃から何度も言わされ続けてきた。それこそ、耳に蛸が出来る位に。
それは別に、私が普通の人間に危害を加える危険性を恐れているのではない。それは単純に世界に露見したくないだけ。ああ、そうだ。この血を流している私を父は忌み嫌っている。自分だってその血を流しているくせに。
……良く分からないが、私は歴代の中でも特に強く鬼を身に宿しているらしい。らしいというのは、岸臣に聞いただけだからである。
秀でた才能に秀でた異形。異形の中でも特に異形。異形からはみ出した異形は、一体何なんだろうね、と皮肉気に自問してみる。
当然の道理なのだろう。私は父にとって、目の上の瘤なのだ。
でも、私は私の中に宿る異形を知らない。だって……怖いじゃない。ヒトとして生まれてきたと思っていたのに、ヒトとして生きていると思っていたのに、実は人間ではないだなんて。
あれはもう、絶望を通り越して虚脱する。現実身を帯びない事実と、何故か確信する自分。だからこそ、在りとあらゆるものが恐ろしい。人間の目も、自分自身も。
あの林を創り上げた祖先も、父と同じ事を思っていたからであろう。それは当然で、化物は人間からは隠れて住み着かなければならない。
“鬼”の語源は“穏”なのだから。
忌み嫌われ、人里離れ孤独に生きるのが道理なのだろう。異形は異形らしく、人から一線どころか越えられない境界を引いて存在していなければならない。
それが何故、こんな町中に住まいを構えているのかといえばそれもまた単純な話で――。
――在り方に逆らえないだけなのだ。
――
来た後で、しまったと思った。
「あ……良かった」
そう言って微笑む少年が樹の下にいた。昨日の私と同じように、花に囲まれながら。
膝に手を当て、よっこいしょなんて言いながら立ち上がる。
「君を、さ。待ってたんだ……」
半端に短い髪を被った頭を掻きながら、目を逸らしながら、少年は言った。
少年の僅かに上気した頬を、春の前の冷えた空気が冷やしている。
「あ、俺の事、覚えてるかな?」
覚えている。何故か私には彼の姿が、顔が、相貌が、今も網膜のイメージに深く刻まれている。
どうしてかは分からない。他人の事など記憶したくないというのに、私の意思に反し脳は記憶してしまっている。
それが無性に、嫌だった。
だから立ち去ろうと、踵を返した。
「あっ――」
彼の慌てたような声が聞こえた。けれどそれに返事をすることも、反応を返す事だってしない。
嫌だから。他人と関わるという事が。他人に関心を持つという事が。
「待って!」
と、叫ぶ声と共に足音が聞こえる。他人と関わりたくはない。
だから私は走った。着物を揺らして。
「――ッ」
けれど、私の右腕は掴まれた。暖かくて大きい、彼の手によって。その暖かさは何故か、母のそれによく似ていた。
どうして母の温度に似ているのだろう。赤の他人のまだ言葉すら交わしたことのない男と、私を愛してくれた母と。
その母に似た暖かさで、何だか私の中の母へと土足で踏み込まれているようで。
振り向けば、彼の瞳が私の瞳を覗いていた。
それは、とても不思議な瞳だった。その瞳は、遠くを見ているようで内側を見ているような、不思議な曖昧さがある。全てを見透かされているような、そんな。
私は直感した。この瞳は苦手だと。
パンッ――。
気づけば、私の掌は彼の頬を叩いていた。
彼はとても驚いていた。その痛いであろう頬を触りもしないで。
けれど、そっちもそっちだと思うのだ。母の温もりに似ているとか、瞳が苦手だとか関係なしに、知らない……話したこともない女に声を掛け、挙句立ち去る私の腕を掴んだのだから。
それで驚くというのはよほど馴れ馴れしいのか、よほど自分に自信を持った自己陶酔者か――ただの馬鹿の誰かだろう。
腕を思いっきり揺らし、振り解く。まだ驚いていた彼の指の力はかなり抜けていて、拘束を解くのはとても簡単だった。
そのまま踵を返し、草履でばたばたと草を踏みしめ駆けていく。
そこでハッと気づく。何だか、私はとても人間の女らしい反応をしていることに。
その理由など、私には理解出来なかった。
きっと誰にも、理解出来ない感情なのだろう。
ひりひりした手の平と同調して、私の胸のあたりも何だかずきずきしていた。
▼
「ぶ、ぶたれた……」
走り去る背中を見送ってから、初めて指先で頬を擦る。何だか触ると痛いので、結構赤くなっているかもしれない。……情けない。
冷えた空気が、今の僕には有り難い。
頭を冷やそうとも、思っていたからだ。
大木から結構走り離れてしまったので、手頃な樹に背中を預け、地べたに座り込む。
手の平を広げてみれば、この手の平は先程まで少女の腕を握っていた手。強く芯のある印象を抱かせ、けれど少女のように線の細い腕。しかし存在の在り方がとても強い。だけど何処までも孤独。何だかとても曖昧で、おかしくて笑ってしまう。
そうなんだ。彼女を初めて視た時、怖いとも感じたんだ。
血で濡れた様な紅を全身に纏った黒い少女。その何かを連想させる存在は、とても恐ろしい。目を合わせれば直ぐにでも命を喰らってくるのではないかというほど、在り方が恐ろしい。だけど、在り方を美しくも感じた。
誰も寄せ付けず一貫した気持ちを抱いている少女。紅い少女が、一瞬見せたあの混ざり気のない透明。何なんだろう。あんなものを視るなんて、確実に初めてだ。
あんなに綺麗な人間は視た事がない。大体、不純物が混ざらない人間など、人間と呼べるのかさえ怪しいだろう。
人は複雑な感情や、生物本能以外の欲求を持ち、それを消化する為に生きている奇妙な、食物連鎖の楔から完全に外れた存在。
その外れた存在よりも、彼女は尚外れている。
「……ははっ」
そこまで思ってから、自分に対して笑ってしまった。
だって、おかしいじゃないか。これだけおかしいと、外れていると、散々心でほざいている癖に、もう放っておけばいいのに――こんなにも彼女の事が気になってしまっているのだから。
――
とりあえず、ドラッグストアを目指すことにした。何気に、結構頬が痛いのだ。見た目は華奢なのに意外と力強い。
その頬を擦って、自分の口が少し笑っていたことに気づく。
……気持ち悪い。これでは何かの趣味があるみたいじゃないか。
そうじゃない。純粋に彼女と――いや、こうして他人と関わってみたいと思っていることが嬉しいんだ。あまりにヒトを避ける生き方をしていては、何だか自分がヒトではないように感じてしまう。
「……まただ」
軽快な音と共に開かれた自動ドア。そこから見る景色の向こうには、昨日スクランブル交差点で見掛けた女性がいた。
短い黒髪を棚引かせ、その腕には緑の買い物籠が下げられている。当然、その腕の先には昨日見た金属の腕輪。
何なんだろう……と凝視してしまいそうになるがどうにか堪え、自分も目当ての湿布を探すことにする。なるべく、安いものが良い。何しろ金がない。一人暮らしの節制さは半端ではないのだ。
とか思いつつも、目は自然とあの女性の方へと行っていた。
変態か、と少し呆れるも気になるものはしょうがない。ちらちらと見てみる。
腕にはやはり無地の金色の腕輪。腕時計をつけるような位置に嵌められているそれは、とても目立つはずなのに誰も全く気にしていない。
不思議だなぁ、と思うも、別に誰も気にしていないだけかも知れない。だからこれっきりにする。これ以上見ていては本当に変な人みたいだ。
視界を外す帰路、籠が目に入った。自然と、中身が見えた。
リンスにシャンプー……化粧水に……
「…………せ、精力剤?」
それには何かの生き物のエキス配合とデカデカと書かれている精力剤。栄養剤ではなく、精力剤だ。
思わず口に出してしまい、慌てて塞ぎそそくさと立ち去る。
何となく恥ずかしい。
早々に目当ての安い湿布を買い、店を後にした。
▼
ドラッグストアに寄った理由は単純で、生活必需品の購入が目的だった。精力剤を買ったのはご愛敬。
今まで身形というものは気にしなかったが、探偵業を開くとなるとそうもいかない。魔術的な依頼が来るなんてことはまず考えられない。そうなれば一般の仕事しか来ないだろう。となれば、やはり第一印象というものは重要となる。醜い女性と麗しき女性では後者を選ぶのは必然だろう。人間は皆、個人差はあれど大凡共通する美しさというものに惹かれるものだ。だから、見た目には気を配らなければならない。
それに、見目麗しいことは多少魔術的にも意味はある。極端に美しい者には魅惑の呪いが掛かるように。
……精力剤が千姫の持っているビニールの中に混入しているが、それは当然自らに使う訳でも、特定の男性に与える訳でもない。……いや、ある意味では自らに使う場合もあるが、それは当然通常の使用方法ではない。
魔術に於いて――否、生命に於いて精とは強力なエネルギーを内包している。それも当然といえば当然だろう。生命が生命たる大元の存在意義は子孫を残し同種の絶滅を回避する為だ。それが、人間は枝を付け過ぎて薄れているだけだ。原初の生物に戻れば良い。
そう、生命の樹とは枝を携えた大木だ。根があり、幹があり、枝があり、葉がある。根の方へ辿れば辿るほどそれは原初の生物に近づき、葉に近づけば近づくほど末端生物として複雑怪奇な構成を為している。端的に言おう。人間だ。――ついでに言えば、この繋がりの樹から外れたモノを“異形”という。
複雑な構造を取っていようとも生きていればそれは生物であり、本能という在り方には抗えない。故に人間の根本は精。それは下衆だの崇高だのをとやかく言う領域ではない真理そのもの。
従ってそれは魔術に於いても強烈な影響を与える。世界の何処かには、交わりをして魔力を溜める二人組の術者がいるとも聞く。
これらの魔術を性魔術と言われているが、まぁ、正直な所、魔術師界隈では下劣で下衆だと罵られている分野ではある。だから、その二人組はそれを専門にしていることで、他の魔術師から敬遠どころではない蔑みの目を向けられている事も事実。千姫自身も好んではいない。むしろ嫌悪の範疇にある。
だがそれでも、千姫が精魔術の末端を利用するのか。要は、千姫は不精なのだ。精魔術とは一番楽な魔力の補給方法だ。同じ効力のあるもの同士なら、楽な方を選ぶのが道理だろう。
だが、かと言って身体を受け渡すなど身の毛がよだつ。だからこう、簡単に手に入るものを見掛けては試し、失敗してしまうのだ。
本来ならば、精力剤なるものを作る為には材料から生成するのが定石だ。材料自体は意外と身近にある物が多くサフランやイラクサ、効力は弱いもののザクロやリンゴでさえも使用すれば創る事が出来る。少し面倒な物で言えば、マンドラゴラやチョウセンアサガオか。
これらで元に、術を施し生成した所謂その類の“魔薬”は自身の身体にかけるだけでも多少の魔力が回復、或いは補給される。
千姫は、それらを水晶に使用したいと思っている。
理由は、水晶は魔力を通しやすい、且つ溜め易い籠め易い。加えて九十九の家系は血で相性が良い。ならばそれを利用しない手はないだろう。
九十九家の大師父、一代目が奇跡の水晶を創り上げてから、九十九家の魔術色は決定したのだ。
――
「……あ?」
煙草を咥えながら、空を見上げた。歩き煙草などということは一切気にせず、ただ空にあるものを怪訝そうに見つめるだけ。
向こうの空から飛んでくるのは黒い点。否、黒い鳥。鴉。
千姫は腕を差し出す。すると鴉は一直線にその腕へと羽ばたき、三本の脚でがっしりと掴んだ。
痛いんだよ、と心の中で目の前の鴉へ愚痴る。しかしそんな千姫の事を知ってか知らずか、変わらず爪は食い込んだまま。その体勢のまま、嘴をぐっと前へと突きだしてくる。
受け取れ、という鴉なりのジェスチャーだ。そう言うところだけ見れば可愛いのにな、思いながら千姫はそれに応える。
「……了解、っと」
その嘴には四つに折り曲げられた紙切れが挟まっていた。
その紙を掴むと、鴉の嘴から力が抜け、放された。千姫が人差し指と中指で紙を掴むと、そのまま用は足りたと言わんばかりに翼を羽ばたかせた。
「……けほっ」
その際に、黒い羽が何本か抜け落ち千姫の顔に降りかかる。その不愉快さに、思わず千姫は咳をした。
ひとしきり咳きこんだ後、飛び立つ鴉の後ろ姿を睨みつけ、一度舌打ちをする。
地面に落ちた羽を見ると、その羽根は地に着いた途端に消滅していく様が見えた。元よりあれは、この世には存在していないモノ。ならばこの世界に因果を植えつけず、痕の形さえ残さず消えるのが道理。
三本の脚を持つ鴉、すなわちそれは“八咫烏”。太陽神を為していたその姿は、使い魔である。
使い魔とは人間へと絶対服従の奴隷と化した悪魔。その対象は低級の悪魔に限られる。その理由は、人間より下の存在などその程度しかいないからである。存在が自身より弱い物でないと、物質界に縛りつけることなど不可能。さらに絶対服従など。
故に使い魔とは、猫や鼠、蟲などが一般的だ。……その筈だが、あの飛び立った使い魔の正体は、神代の時代に生きたその神そのもの。
それを服従させる程の神異。
何故、そんなことが出来るのか。千姫には理解出来ないし、したいとも思わない。
少なからず、世の中にはこういう存在が確実にいるということだ。
「……化物め」
その鳥の飼い主に対し、吐き零す。
だがそれも無理もない。
けれど現実として、神意会の上位にいる連中は皆こうなのだ。ヒトを超えた神を超えるヒト。それが化け物でなく何だというのだ。わざわざ神に“お使い”をさせるなど、異形だろう。もはやヒトと同一視すること自体が鳥肌立つ。
一息、溜息を吐いた。
受け取った紙を見る。ビラビラとした一つの角は黒く塗りつぶされているが、千姫の指が触れればたちまち元の白へと変色していく。分解していく段階で、それらは無数のルーン文字で刻まれていたことが分かった。
魔術による安全錠。それは千姫の魔力を認識すると解ける仕組み。
正直、千姫には中に何が書いてあるかなど分かっているが、一応は見なければ飼い主にばれてしまう。だから眉を内に寄せながらもしぶしぶ目を通す。
開いて中の字を見ると、溜息が口から煙と共に吐きだされる。
千姫は開いた紙の上を煙草に押し付けた。数秒、煙草の先を押し付けると、焦げ臭いにおいと共に穴が空く。
あとは煙草を元に戻し、紙の下を持ち、燃えあがる様を見つめるだけ。
数秒も経たないうちに、半分以上は燃えてしまった。そのまま飼い主も燃えれば良いのに、などと自らの師へ向け思いながらその火を千姫は見つめる。
やがて、千姫の指にまで火は到達する。
はらり、と手を離せば紙は燃えながら地面へと落ちた。今度は消えることなく、煤をコンクリートの上に残した。
「分かってるよ……五月蝿いな」
手紙に書かれた内容はたった一つ。実に単純で千姫にとって嫌な仕事。そして、第六階級という低い階級に見合わない過度な仕事も、あの鳥の飼い主――千姫の師の仕業。
仕事の内容とは、この町に住む異形を忌縛することだった。
――――――
「本編の雰囲気を多大に壊す恐れがあります。仕方ないから読んでやろうという慈悲深い方や、既にイメージは崩壊しているので怖くない方はダウンタウン!」
「何でやねん!」
↓
↓
「うむ、口上句を考えるのが辛くなってきたがこんにちは。千姫でございます」
「何その口調、淫乱」
「な――」
「反論できるの? 精力剤なんか買って」
「いやいや、本編でもちゃんと説明してたじゃんか! ――――いやマジで違うぞ!?」
――
「で、まだこれは存在してるのね」
「うん何かね、もっかい千姫さんだって」
「何でよ」
「いや、とりあえず一応魔術師としての千姫さんも紹介しとこうと思ったらしい」
「ああ〜〜〜……そういやそっち方面じゃ全く説明して無かったわね」
「……そういうことだ。付き合ってもらうぞ」
「私帰ろうかな……」
――
「……ちなみに、後書きで妙に羽羅と千姫さんは仲が悪いですが、本編でも結構仲は悪いですよ。少なくとも、良いとはいえません。きっとそれは、三章と四章で明らかになります」
▽
「とりあえずだな、私の術奏について説明しようと思う」
「え、字、間違ってないですか?」
「いや、これで合ってるんだ。世界に奏でる装備だからな、うむ」
「気取っちゃって……」
「私に言うな。……でだ、出番は少ないが、私の主な術奏はこの石棒何だな」
「透明の、でもびっみょうにピンク色っぽい、チョークっぽいやつですね」
「解説ありがとう」
「破璃だっけ?」
「ああ。まぁそれは古い呼び名でな。現在で言うところの水晶なんだ。ただまぁ、昔呼ばれていた時は魔術的な意味を含んでいた。現在では魔術師達も水晶の呼び名は使っている。普通の宝石としては水晶。私の術奏のように魔術が施されていれば破璃ってね」
「「へぇ……」」
「仕組みとしてな。……魔術の概念は世界に語りかける事だと言ったよな」
「ええ。何か諭すとも言ってましたが」
「そうだ。魔術師達は世界というものは生きていると想定している。……もちろん生物的な意味ではないぞ? 概念的にな。それで、魔力は存在感のようなもの。存在感が大きいほどクラスに及ぼす影響は大きいだろ? 羽羅」
「何で私に振るのよ」
「いや、お前教室の隅で膝抱えてそうだからな」
「なっ」
「違うわよ! 最近(一章と二章の間のこと)は瀬織とよく話してるわよ。昼食だって一緒に……ほら、そんな心配そうな目しないで諾」
「まぁそういうことなんだ」
「自分で振っといてスルーしたわね……」
「それで、水晶――破璃は魔力を通しやすいと言っただろ? 私の石棒は私が持つことで魔力が通るようにしてある。というか、石棒にも一応は内臓させているが……まぁ殆どは私が電池となって電流を流してるようなもんだな」
「石棒で空中になんか書いてましたよね」
「ああ。ルーンと神道が混ざった……まぁそれはいい。そう、これで私は書きこむ。何処に、と言われればそれは当然世界にだ。世界に直接、存在感という魔力を叩きこむ。よって世界はより魔術というものを反映しやすい……そういうことだな」
「はぁ……なんとなぁく、理解したけど」
「でも、何て言うか、魔術って何だろう……ゲームとかだとマナとかそう言うものですよね」
「まぁ、今のところそう言うのはないな」
「……どういうこと?」
「いや、魔術は学問だと言っただろう? だったら新しい概念が判明する場合もあるさ。最近だって物理のなんかがあっただろう。それと同じだよ。学問に終わりはない」
「……なんか初めて千姫が魔術師に見えてきたわ」
「まっ、私は研究何か大嫌いだけどな! めんどくさい! あはははっ!」
「……台無しですね」
「いやぁ……それで何度師匠に拳骨喰らったか――」
――
「――で、そういや何で戦闘向きじゃないんですか? なんか石棒聞く限りめっちゃ効率良さそうですけど」
「なんか、普通ならMP5でダメージ10の所をMP1でダメージ10って感じよね」
「あ〜まぁ、確かそう言う事なんだが、石棒は速攻性がないんだよ」
「?」
「石棒には意味がなされていないんだ。簡単に言えば、石棒にはまだ魔術陣が描かれていないと言うべきか? 要は石棒単体じゃ意味がなくて、石棒を使って魔術陣を書かなくちゃいけない。だから、戦闘中に私は敵の目の前で書かなきゃ石棒自体は意味がないんだよ」
「よわっ」
「方向性が違うと言って欲しいな。私は後方支援型だからな。だがその分強力だぞ? 予め陣を描いて術を施した魔道具はどうしても範囲が狭いからな。その点、私は広い分野の術を行えて、それも早く術が完成して、魔術の結果も大きいんだ。言っとくが、普通の杖とかとかよりも石棒の方が何倍も効率が良い……どうだ? すごさが分かったか?」
「地味ですね」
「インパクトがないわね」
「……大体なぁ! あのゾンビを浄化すんのだって実は凄い大h――」
▽
「えぇ〜、お付き合い頂きありがとうございました」
「私はまだ――」
「何か魔術談義になってた気もしないでもないわね」
「話し足りな――」
「それは多分、なまけ者が用語集を載せないからだよ」
「おい――お前ら聞k――」
「……そう言えば、忌縛って何?」
「うむ、それはだな」
「うわ、びっくりした」
「お前らが無視してたんだろうが……」
「だって、話長いんだもん」
「…忌縛って言うのはな、要はタイーホだ」
「タイーホ?」
「逮捕?」
「そう、逮捕だ。存在がヤバいモノをとっ捕まえて封印すんだ」
「……へぇ、私を千姫がとっ捕まえるの? 楽しみね」
「「(――ごくり)」」
――
「えぇ〜、お付き合い頂きありがとうございました(二度目)」
「終わり? 今度こそ?」
「ああ、そうみたいだな」
「――――で、次はどうする」
「……先生呼びます?」
「「ええ〜〜〜〜〜〜」」