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いつかの星、また海へ還す。  作者: 達波 秋
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二、桜ヶ丘 悠莉

 二、桜ヶ丘 悠莉

 

 最寄り駅を降り、帰路へ着かいた。

 家の扉を開け、すぐにベッドへと向かい、倒れ込んだ。

 そこまでは覚えていた。


「ねぇ」

 呼びかけられた気がして意識を現実に引き戻した。

 そこまではよかった。

 待て、私は一人暮らしの筈だ。

 誰かに起こされるようなことはない、そこまで恐る恐る瞳を開いた。

「おはよう」


 少女がそこにはいた。

 何が起きてるのか理解できない自分は、ふわりとした意識を保ちながらゆっくりと身体を起こした。

 君は…?

 そう問いかけようとした矢先、彼女は自分の視界から外れた。

 それと同時に、私がいるこの不可思議な空間に目を奪われた。


 大きな満月、それを映し返す海。

 見渡せば入江状になった砂浜に寄せてゆく波、波音。

 どうしたら此処に私がいるのか、理解が追いつかなかった。

 ハッとした私はすぐに少女を目で探す。


 ーよかった、近くの浜辺で寄せる波に足を預けていた。


 身体を起こし、まだふらふらとしている足取りで彼女の近くに寄る。

「ねぇ、君、ここはどこなのかな?」

 そう訊ねると彼女は視線は海へ向けたまま、答える。

「わたしにも分からない」

 そう言われて絶望してしまった。

 きっと夢だとも思ったがリアル過ぎる。

 私は何故か、何かの陰謀で拉致されてしまったのか、彼女もその一人なのか。

 これから何が起こるのか怖くてたまらなかった。

 だからか、同じ境遇であるだろう彼女に対し、恐れることなく話を続けた。

「君はいつから起きてたの?」

 そう訊ねて始めて彼女はこちらを見た。


 ー綺麗な紅い瞳


 つい、見惚れてしまったことを意識の端へと追いやった。

「わたしは起きているのか、まだ目覚めていないのか、それとも目覚めることなく起きているのかもしれない、それは誰にも分からない」

 何を言っているのだろう。

 不思議な子と出会ってしまった。

 話にならないのかもしれない。

「どうして、こんなところに私達がきたのか、心あたりはないの?」

 続けて訊ねると、思ったより早く返答が返ってきた。

「此処は、胸の中になにかを抱えている人、様々な自己犠牲や不幸を知りながらほんとうのさいわいを求める人達が行き着く場所、あなたも、きっと心に迷いがあったのね」


 何、何だって?

 あまりに現実的でないファンタジーのような返答だったが。

 このあたり一面に広がる空間が、それが真実であると伝えているようだった。

 そこまで思考が処理できたところで、少女が近づいて来た。

「話してみて?」

 何を。

「あなたを此処に招いた原因を」

 見ず知らずの君に?

「そう」

 まだ返事をしていないのに、心を読まれたかのようにすらすらと頭の中の言葉に返球される。

 もうよく分からなくなってしまい、微笑した。

「分かった、分かったよ、話すよ、だからそんな瞳で私を見ないでよ」


 ー吸い込まれてしまうかと思った。


 なんて言えないけども。

 そう考えていた私は足元に腰を下ろし、その横をポンポンと叩いた。

「ん」

 そう言うと、彼女は理解したのか隣の砂の上に腰かけた。


「私ね、友達なくしちゃったんだ」はっきりとした声で喋る。

「違った、私、実は友達がいなかったんだ」

「みんな私の外面しか見てなかった、綺麗な絵だね、心情が現れれるようだ、すごい才能だ、なんて、言われて調子に乗ってたのかも」

 少し泣きそうになったが、止めないように、手近にある砂を握りしめて、続けた。


「ある日ね、絵が突然描けなくなったの、周りはスランプだ、またすぐ描けるようなるって、最初は励ましてくれた」

 徐々に声が震えてゆく。

「でも、時間が経つにつれて、みんなは私に冷たい視線を送っていた、本当は誰かの模倣じゃないのか、今までの賞はよくない方法で無理やり手に入れたんじゃないかって」

 我慢ができなくなるのが自分でも分かる、波音では掻き消えないほどの声で、早口になる。

「そうしたら、そうしたら、誰もいなくなって、ついに一人になっちゃった」

 震える身体を抑えられず、うずくまる私に、ずっと聞いていた彼女は答えた。


「あなたは、何のために絵を描いているの?」

 すぐさま答えようとした。

「それは…!」

 出てこなかった。

 いつも記憶のどこかにあった温かい何か。

 それの為に絵を描いていた気がする、気がしてならないのに。

 思い出すこともままならなかった。


「そう、分からなくなったのね」

 反論できず、押し黙ったところで、彼女が私の顔を覗き込む。

「大丈夫、あなたは忘れてるだけ、思い出せば、きっとまた描けるようになるわ」


 何を根拠に言っているのか、分からないが、そもそも思い出す方法すら見当がつかないのに、どうすればよいのか。


「ん」


 先程の真似なのか、少女は自身の膝の上をポンポンと叩く。

 ー生憎、私はそんな趣味はないのだが、今はなんだか、悪くない気がして、彼女の膝の上に頭を委ねた。


「さぁ、目を閉じて」


 彼女は私の髪を撫でながらそう言った。

 彼女の長い銀の髪が横目でゆらゆら揺れていたのを最後に、私は言う通り目を閉じた。


 ーユーリは絵がじょうずだね!


 再び目を開くと、目の前には、小さな頃に出会った同い歳の少女がいた。

 そう、これは、あの時の。

「ねぇ、もっと絵を描いてよ

 私、ユーリの絵が好きだな」


 確か、あの時は夏空の。


 そう考えると空は青空が広がり、周りの景色が鮮明になってゆく。

 近くの家で鳴り響く風鈴の音が、聞こえる公園。


 そうだ、あの時間、あの時のままだ。

 そう思ったところで視界が変わった。


「ユーリ、また会えるよね?」


 今日は確か、彼女が自分の家に帰る日だった。

 一夏の帰省だったのであろう。


「ユーリ、さよなら」


 待って、君に渡したいものが…!

 足を動かそうとしたが、動かない、そうか、これは記憶の私。

 私がしなかったことはできないんだ。

 遠ざかる彼女を見て私は、最後に泣きじゃくったのであった。

 そこで視界が真っ暗になった。


「私は…」


 思い出した、私が絵を描く理由を。

「私は、あの子に会いたくて、いつかあの子に渡したかった絵を、描いて渡すんだ」

 そこまで言ったところで、声が聞こえる。

「思い出したのね」

 少女の声だ。


「ええ、全てと言うわけではないけど、思い出した、私が絵を描き始めた、その理由を」

「そう、なら大丈夫、あなたはまた絵を描けるわ」


 本当かどうかは分からないけれど、心がすっと軽くなるような気がした。


「おやすみ、ユーリ、あなたにほんとうのさいわいがありますように」


「え…?」


 そこまで声が出たところで、私の意識が遠のいたのであった。

 

「今日の星は、一段と綺麗だった」

 波音だけになった場所に、一人分の音が生まれる。


「わたしは、まだ行けないから、いつかまた会えるよ、ユーリ」


 その声を最後に、また静寂が訪れた。


 流れ星ひとつ、また海に落ちていったのを見送りながら。

 

 


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