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Dear Lucifer  作者: 桃原カナイ
第一章.少女は踊る、掌の上で
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七.円卓

タイトルはアーサー王伝説の「円卓の騎士」から(安直)

聖騎士七家が王宮に集う回になります




 鉛色の空から、雫よりも大きな粒がぼたり、ぼたりと落ちてきました。曇ったガラスを拭ってみると、それはどうやら霙のようで。指先にまとわりついた雫が驚くほどに冷たくて、身体の芯まで凍えてしまいそうでした。



「……外出には不向きの天候だね」



 今日はお父様と一緒に王都、アララトにやって参りました。〝死〟が解放されてから十日目の今日、国王陛下に各都市の状況を奏上し、今後の対策を検討するために。今回の会合では幅の広い意見の交換を目的に、次期当主や配偶者の方々も一緒に招集されているようです。私も次期当主として、初めて王宮に参った次第です。


 通された部屋には大きな円卓が置かれていて、立派な椅子が取り囲んでいました。どうやら私たちが一番乗りのようです。皆様がいらっしゃるまでお父様とお話でもして緊張を解しましょうか、それともお部屋を観察していましょうか。などと考えていると、閉じたばかりの扉が再び開く音がしました。早速どなたかいらっしゃったみたいです。



「やあ、こんにちはぁ。久しぶりですねぇ、フィラデルフィアの御仁方」



 第五都市イルバーグの領主、ティアティラ家のブリジッタ様です。旦那様のジョバンニ様もご一緒のようです。



「お久しぶりです。ブリジッタ様、ジョバンニ様」


「シシィちゃんだね? 何年ぶりかなあ……立派にレディらしくなっちゃって!」



 ブリジッタ様には、お母様が生きていた頃から可愛がっていただきました。豪快な雰囲気と少年のような好奇心を併せ持った方で、何度かご一緒に探検に出掛けたこともありました。お母様が亡くなった時も、私を随分と心配してくださって……私にとって、優しいお姉さんのような存在なのです。



「ギルバートさん……お父上から聞いたよ、未だにじっとして本を読むのが嫌いなんだってね。本は退屈かもしれないけど、案外いいものなんだよ。今度うちに来た時には、ティアティラの遺物を見せてあげようかな。シシィちゃんも本に興味が湧くかもしれないしね」



 ブリジッタ様に言われてしまうと何だか恥ずかしくなって、私は曖昧な笑みを浮かべて返しました。


 確か……ティアティラ家の遺物は〝書物ウィズダム〟でしたか。聖騎士家では、先史時代の遺物を各家で保管しています。今度遺物展を開催するラオディキヤ家のように遺物を大々的に公開する家もありますが、忌まわしい時代の遺物をあまり公にすべきではないという考えもあり、フィラデルフィアも遺物を公開したことはありません。そのような貴重なものを簡単に見せてくださるブリジッタ様は、やっぱり豪快な方です。



「おや、スミルナ家ご一行も到着されたみたいだよ」



 第六都市オーパル領主、スミルナ家のミコ様と、次期当主のチカ様です。スミルナ家の方々にも小さな頃からたくさんお世話になっています。



「じゃあシシィちゃん、ちょっとごめんね。お父さんは借りて行くよ。ミコさんと三人で、大人のお話タイムなんだ」



 ブリジッタ様は何と言うか、風のようなお方です。お父様も皆様に失礼のないようにね、と言い残し、部屋の隅の方へと移動してしまいました。何やらお父様とブリジッタ様、ミコ様は深刻な顔で会話されています。大事なお話なのでしょうか。私は……聞かない方がいいですよね。


 急に手持ち無沙汰になってしまい、どうしたものかと



 入室されたのは、ペルガモン家のご当主アナスタシア様と、妹のキーラ様でした。続けて開いたままの扉から、厳格な顔が覗きます。エフェソス家の前当主、ルイ様です。現当主のユーゴ様、シャルロッテ様ご夫妻もいらっしゃいます。


 この二家の方々は、フィラデルフィア家を毛嫌いされているとお父様がおっしゃっていました。何度かお会いしたことはありますが、今のところそのような雰囲気を感じたことはありません。それにシャルロッテ様とは以前にお話した覚えがありますので、ひとまずご挨拶に伺いましょう。


 と、ご一行の方へと近づいた時でした。エフェソス家のルイ様が、刺すような視線をこちらに向けたのです。



「近づくでない、裏切り者めが」



 決して大きな声ではなかったのですが、声に含まれた威圧感と刺々しさは私の足を射すくめてしまいました。初めて、思い知りました。明確な敵意というものを。



「気にすることはないよ、シシィちゃん。ああいう肩書きだけでしか物事を測れない、頭の固い人たちなんだ」



 いつの間にか後ろに立っていたブリジッタ様が、私の肩に手を置いて慰めてくださりました。私は、何も言えずに立ち尽くすことしかできませんでした。

 嫌われてしまうと、こんなにも心が痛むのですね。『裏切り者』の言葉が胸の中で何度も反響して、重く心に突き刺さります。


 こんな時は、もっと痛かったことを思い出せばよいのでしょうか。あの時の方がずっと痛かった。こんなことくらい、何でもないと。

 この前崖から落ちたこと。たくさん怪我をしたこと。お母様を亡くしたこと。オスカーに「おまじない」と言って腕に針を刺されたこと。

 ……そういえば、あれは何だったのでしょうか。今度オスカーに訊いてみましょう。


 どれだけ痛い記憶を呼び起こしても、胸の内はもやもやとしたままでした。そうしている間に、ラオディキヤ家ご当主のハオラン様と、奥様のチェンシー様が到着されました。ご挨拶に伺いたかったのですが、そろそろ会合の時刻らしく皆様が続々と着席されたのでその暇がありませんでした。


 皆様が着席されたところで、慌ただしく扉が開きました。現れたのはサルディス家のヨルン様とカール様です。直前までご公務をされていたのでしょうか。特にヨルン様は、ひどくお疲れのご様子でした。



 聖騎士七家全てが集まったところで、円卓の間にラッパの音が鳴り響きました。国王陛下のご臨席を告げるものです。国王陛下にお目にかかるのは初めてですので、緊張で少しお腹が痛くなってきました。


 千年王国国王、ノア=エライア十三世陛下。思ったよりお若い方です。お父様よりも少し歳下くらいでしょうか。何となく白髪白髭のいかめしい方を想像していましたが、陛下はさっぱりと短い黒髪で、髭が薄いのか、滑らかな肌をしていらっしゃいました。線が細く、たおやかな、というのはおかしいかもしれませんが、そのような印象を抱きました。



「皆、よく集まってくれた。此度の国の一大事を乗り越えるためにも、皆の力を借りたい。今日の会合が円滑に進み、有意義な策を得られることを期待している」



 陛下が開会のお言葉を告げられました。まずは、各領地の状況報告です。陛下はまず、お父様を指名されました。お父様は立ち上がり、ここ十日間のオーシムの状況を報告します。



「第一都市オーシム領主、ギルバート=フィラデルフィアが申し上げます。十日前より昨日までの期間、寿命以前に死亡した領民は三十二名。混乱は依然続いておりますが、初日よりは落ち着いた模様です。暴動等は報告されておりません。第一の封印と、遺物〝叛逆者ルシファー〟に異常はありません」



 フィラデルフィアの遺物は、鏡に封印されたルシファーなのです。今まではあまり意識してきませんでしたが、何だか今は、誰とも目を会わせたくない気持ちです。



「そりゃあそうさ。裏切りのご身分で何事かあれば真っ先に聖騎士家から引きずり下ろしてくれるわ」



 エフェソス家のルイ様が小声で仰った言葉は、しっかりと私の耳にも届きました。椅子の脚を蹴り飛ばされたような衝撃を覚えました。でも、向かい側のブリジッタ様がウインクしてくださったお陰で何とか平静を保っていられました。


 陛下は順々に各家の当主様を指名され、最後にヨルン様の名を呼ばれました。ヨルン様はゆっくりと立ち上がり、ほとんど直立不動に近い姿勢で重々しく口を開きます。



「第二都市アルザ領主、ヨルン=サルディスが申し上げます。我が市民はこの十日間で四十四名が天の門をくぐることなく死亡しました。最初の死者の遺族に対しては、心理面の治療を継続中です。遺物〝処刑具ギヨティーヌ〟に異常はありません。しかし申し上げにくいのですが……鏡が割れた原因は、未だ不明です」


「不明って……それを解明してこの場で報告するのが領主の責任ではなくて? そのような体たらくが今回の件を招いたのではと」



 厳しい言葉を投げかけたのは、ペルガモン家のアナスタシア様でした。その場が一気に凍りついたように思えました。



「大変申し訳ございません。打てる手は全て打ったのですが……」


「謝って済むのならばこんな大事にはなりませんよ。どう責任を取られるおつもりなのです?」


「何も解決策を用意していないのですか? こんな報告を陛下に奏上なさるだけで務めを果たした気にはならないでいただきたいですね」



 私にはやりとりを聞いていることしかできませんが、とても心が痛くなりました。ヨルン様に何も落ち度はないのに。それでも糾弾されてしまうのは、領主という立場がとても重いということ。ああ、まだまだ先ですが、私なんかに務まるものでしょうか。お父様、ヨルン様……


 私は起立したままのヨルン様を見ました。直立不動の姿勢はそのままでしたが、ここ数日、ご無理をなさったのではないでしょうか。ヨルン様の顔色が優れない気がします。何やら立っているのもお辛そうで……大丈夫なのでしょうか。



「一旦落ち着きましょうよ。何せ未曾有の事態なんですからね。そうそう簡単に解決できるとは思えませんよ」


「お言葉ですが、ブリジッタ殿。そんな悠長に構えていられませんよ。明日は我が身であることはどの家も変わらないはず。この先何があっても事態を収拾できるよう、サルディス家には早急な原因究明が期待されるのですよ」



 何だか、交わされる苛烈な言葉が可視化されて、円卓の上でぐるぐる渦を巻いているように感じました。渦には円卓を囲む聖騎士家の方々や陛下すらも巻き込まれて、全てが滲んで見えなくなってしまいます。そんな幻覚に近い不思議な視界の中で、ヨルン様の姿だけが私の目にはっきりと映し出されていたのです。



 どうして忘れていたのでしょうか。ヨルン様がもうすぐ領主の座を辞されることを。そして、天の門をくぐってしまわれるということを。



「うぐっ……」



 老いは確実に、ヨルン様を蝕んでいました。突然、ヨルン様は苦しそうに胸を押さえられました。顔色は真っ青で、額には玉のような汗が浮かんでいます。



「ヨルン様!」


「どうされましたか!?」



 空気は一気に密度を増して、どろどろと私の手足を絡めとってゆきました。ヨルン様が……優しいヨルン様が苦しまれている。それなのに私は、お傍に駆け寄ることすらできないのです。

 肺がぎゅっと締めつけられて、呼吸が上手くできません。目の前の信じ難い光景は、時間の流れを無視してゆっくりと、私の目に焼きつけられました。床に倒れ伏したヨルン様。ぴくりとも動かない、ヨルン様。


 この感覚を、私は知っています。身体が引き裂かれてしまいそうに苦しくて、どれだけ願って叫んでも叶わない、永遠の別れの訪れ。



 お医者様が呼ばれ、ヨルン様を蘇生させようとあらゆる手を尽くしています。本当ならば、皆に別れを惜しまれつつも穏やかなお顔で天の門をくぐる。そのはずだったのに。数日間の心労は、ヨルン様の命を食い潰してしまったのです。



「……ご臨終です」



 お医者様が首を横に振って、無念そうに呟きました。

 初めて目の当たりにする、人の死というものでした。

安定して内容が暗い……ちょっとくらい明るくなりたい笑

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