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Dear Lucifer  作者: 桃原カナイ
第二章.そして彼は堕ちて行った
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九.原初

お越しいただきましてありがとうございます

お楽しみいただけますように。。。



 生まれて一番初めの記憶を、私は決して忘れることはないだろう。


 初め、そこには何も無かった。生まれ落ちた直後の私たちは、むせ返るような暗闇を恐れ震えていた。恐怖のあまり何もできなかった。ただ、暗闇に屈し(こうべ)を垂れて。それしか、できなかった。

 その時。


『光あれ』


 耳にした者をたちまち虜にしてしまうような、心地の良い低い声だった。そしてその声に応えるように、闇を切り裂く一閃の光がもたらされたのだった。


 ただの闇しかなかった空間に、七色に輝く光が射し込んでゆく。


 私たちはただただ見惚れていた。鮮やかな光、それは希望だった。感激のあまり涙する者すらいた。

私たちは震えることをやめ、皆同じ方を見ていた。


 光に照らし出された人影。自身も仄かな光をまとい、泰然と、その場に佇むだけで圧倒的な存在感を放っていた。



 それが、彼の人を目にした最初だった。




 彼の人は偉大だ。光だけでなく、その空間にありとあらゆるものを生み出した。私たちが住む天を、そこから見下ろす場所に大地を。天と地の間は澄みわたる空を充たし、大地のそこかしこに鏡のような海を散りばめた。

 そうして彼の人が創り上げた世界は、美しかった。私は時を忘れ、いつまでも世界に魅入っていた。


 いつしか広大な大地と海に、瑞々しい生命が生み出された。美しい場所で懸命に生きる姿に、初めて愛おしいという感情を覚えた。

 そうか。これが〝愛おしい〟ということ。似ているかもしれない……私が、彼の人に抱く感情と。


 最後に彼の人は、私たちと同じ姿をした〝人間〟を生み出した。知恵を持って生まれた彼らは、世界の全てを生み出した彼の人を崇め、口々に褒め讃えた。当然だ。彼の人はこの世で唯一無二の存在。何者にも変え難い方なのだから……


 彼の人は偉大だ。そして、偉大ゆえに孤独だった。人間ごときが神に近づくなど許されないことだ。そして私たちも、恐怖から救い出してくれた彼の人を崇め、その下で付き従うようになっていた。傍に寄り添うなど、とても恐れ多いことだった。


 あらゆる賞賛を一身に受けながらも、彼の人は孤独だったのだ。

 そんな彼の人の御姿を、私はいつもこっそりと見つめていた。孤独な彼の人の、凛とした後ろ姿が好きだった。



 ある時、私がいつも見つめていたことは彼の人の知るところとなった。私は咄嗟に身を隠し、両の目をきつく閉じた。気づかれてしまった。気を悪くされただろうか。ああ、終わりだ……


 しかし彼の人は、私の頭に優しく手を置いただけだった。温かく、大きな手だった。撫でる手つきは、慈愛に充ちていた。思えばこの時、私の心は彼の人に全て奪われたのかもしれない。



 その日から私は、彼の人の傍に仕えるようになった。彼の人に私の全てを捧げようと心に決めていた。彼の人の傍にいられることが、とても誇らしかった。




 それなのに、彼の人は崇められることを厭った。


『私はただの創造主。人間たちが言うところの〝神〟などではない』


 だから彼の人は何もしなかった(・・・・・・・)。善行を積んだ者に褒美を与えることも、悪事に手を染めた者に罰を降すこともしなかった。

 そして次第に、人間たちは崇める心を忘れていった。


 そんな人間たちは、私の目に醜く映った。殺し合うし、(いが)み合う。堕落し、時には彼の人を(なじ)りすらした。


 そんな人間たちを、私は憎んだ。





『なぜ彼らを罰さないのですか』



 私は彼の人に尋ねた。私は憤りのあまり、周りが何も見えてはいなかった。



『確かに彼らは愚かだ。だが、彼らは〝愛〟を知っている。己以外の誰かを愛することを知っているのだ。愛のために争いすら厭わぬほどに。そんな彼らが、愛おしい……どれほど愚かで醜かろうが、私は彼らを愛おしく思う』


『そんな……あれは貴方様への叛逆に他なりません』


『〝叛逆〟か。そんなもの、何ということはない。誰しも覚えがあるだろう。両の手に抱えきれないほどの愛に育まれ、すくすくと成長してきた過程で』



 彼の人は穏やかな瞳を私に向けた。その瞳は、私の知らない瞳だった。



『〝親〟への反抗。なに、かわいいものだ。あって当たり前のものなのだ。教えられたことをそのまま飲み込むのではなく、自らの力で考え、自らの意志をもって行動に移す。そんな〝我が子〟の成長を、喜ばない親がいるだろうか』



 この感情を、何と呼べばよいのか私にはわからなかった。


 そんなこと……彼の人への叛逆が許されるはずなどない。

 私は彼の人を愛していた。愛しすぎるくらいに。


 彼の人の目が私を見ていないことを知っていた。彼の人を敬愛する私ではなく、彼の人に(そむ)く人間たちを見ていたのだ。そのことが、耐えられないほどに悔しかった。






 だから私は、彼の人に代わって人間たちを律することにした。






 それがどれほど恐れ多いことかは承知していた。この世で最も偉大な方への裏切りにも等しい行為。それでも私はやり遂げることを決意した。私がやらねばならない。そう思ったから。


 私は彼の人に信頼されていた。その裏を突いて、彼の人を眠らせた。私がやろうとしていることは、彼の人に許されるはずがなかったから。計画はたったの一度で成功してしまった。造作もないことだった。


 彼の人を眠らせている間、私はこの世界をより良いものにしようとした。

 手始めに思い上がった人間たちを罰した。人間たちはみっともなく怯え、易々と許しを乞うた。後悔するくらいなら、初めからやらなければよかったのに。


 そんな彼らに、私は贄を要求した。見せしめとして人間たちに恐怖の記憶を刻みつけるために。

 そして、贄を使ってより強力な封印をかけることで、彼の人を長く眠らせ続けるために。


 そして私は〝至高の世界〟を目指した。完璧で美しかった、生まれたばかりの頃の世界のように。

 全てはそう、敬愛してやまない彼の人に捧げるために……



 厳しく罰することで、人間たちはめっきり善きものとなった。初めの頃は刃向かってくる者もいたが、直にそれも止んだ。大人しく、従順で、〝神〟を讃えることを忘れない。そう。まるで、生まれたばかりの頃の人間たちのように。

 このような世界ならば、彼の人に届けてもよいのではないか。そう思った矢先の出来事だった。



 私はどこで間違ってしまったのだろうか。

 


 あれほどの恐怖を植えつけたはずなのに、〝禍《わざわい》〟と共に封じた彼の人の力が、解き放たれてゆく。


 なぜ人間は、この世界は、善きものであり続けることがないのか……否、本当は初めからわかっていた。

 絶えず移り変わりゆくものを、ずっと留めておくことなど不可能だったのだと。


 叛逆の鏡は最後まで割れることはなかった。

 それが意味することを、私は知っている。



 私こそが叛逆者。この世で最も尊い方に叛いたのは、この私。

 私が醜いと憎んだ人間たちの何倍も、私の方が罪深かったから――




 最後の封印が割れた音が聞こえた。彼の人の力だ、間違いない。彼の人が蘇る。叛逆の象徴である私が、彼の人の御前に突き出される。



 ――嗚呼。


 久しぶりに間近で見る彼の人は、やはり見惚れんばかりに美しかった。私の愛する方は、この世のいかなるものにも代え難いほどに尊いのだと。

 ああ、愛おしい方よ。どうぞその御手で、その御声で、私を……



 罰してください。


 思い上がった私を、罰してください。


 あの時、私が人間たちにしたように。


 





 それなのに。



 どうして貴方様は。



 そのように優しい眼差しで、私をご覧になるのですか……


お読みいただきましてありがとうございます( ⁎ᵕᴗᵕ⁎ )

今回で第二章は終わり、エピローグへと向かいます

物語の終着まで、どうぞお付き合いください

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