五.追憶
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ここから結末まで怒涛の展開(?)が始まります
アランがんばれ〜(´゜ω゜`)!
とても寂しかった。置いていかないで。僕をひとりぼっちにしないで。
何度も何度もそう叫んだ。それでも届かなかった、僕の願い。あの日の記憶は、いつまでも僕を苛んで離さない。
僕たち人間は、確かに愚かだった。世界を我が物顔で支配していたし、何もかもを自分たち本位に創り変えた。同じ人間同士で憎み合い、幾度となく殺しあった。
そんな歴史を延々と繰り返していたから、自業自得だということだったのか。たとえ平和に慎ましく過ごしていても、人類皆連帯責任。そういうことだったのか。
ある日、これまで人間たちに無干渉だった神様が〝傲慢な〟人間たちに罰を下した。突然のことに僕たちは為す術もなく、凄絶な天変地異に呑みこまれていった。
父さんは、地震で崩れた家に押し潰されて死んだ。母さんは、僕らを逃がすために炎に巻かれて見えなくなった。残された僕と姉さんは、怖くてぶるぶる震えることしかできなかった。
かつて神様は、たったの六日間でこの世界を創ったらしい。
そして今度は、七日七晩かけてこの世界を壊していったのだ。
壊して均して、塵は燃やして。最後に綺麗に洗い流して。まるで神様の所有物みたいに、僕の世界は好き勝手に創り変えられた。人間はその様を、ただ呆然と見ていることしか出来なかった。
これが、神様か。聖書に書いてあった、この世の全ての産みの親。我が子のごとく人々を見守る、厳しくも慈愛に溢れた存在。
これが、神様なのか。幼かった僕の目には、ただただ残虐な存在にしか映らなかった。
――悪いことをしたならば、神様にお祈りなさい。よい子になれるようお祈りするの。神様は、いつでもあなたを見守ってくださってますからね。
父さんと母さんはそう言って、僕に繰り返し教え諭した。僕は倣って、ちゃんと毎日祈りを捧げた。今日も僕がよい子だったと報告して、明日もよい子でいられるようにとお祈りした。毎日、毎日、繰り返し。だけど。
どれだけよい子にしていても、神様は褒めてくれやしなかった。
悲しみの淵から祈ったって、神様は助けてくれなどしなかった。
だから僕は、そんなものだと。僕らがよい子になるよう創り上げた、そういう存在なのだと。そんな風に思うようになった。そして、心の隅では少しだけ、神様の存在をぼんやりと信じていた。その方が、なんだかロマンティックだったから。
僕はよい子であろうとした。大部分の子供も、僕みたいによい子であろうと努めていた。それなのに……
***
何十億といたはずの人間は、気づけばめっきり数を減らしてしまっていた。
百九十以上あった国々からは国境線が消えた。守ってきた文化も、築いてきた繁栄も、何もかもが失われた。地上は荒廃したり、汚染されたり、海に沈んだりして、僕らが住める箇所は限られてしまった。
暴虐の限りを尽くした神様は、何かもがも無くなった地上のとある場所に小綺麗な街を創り上げて、圧倒的な力を僕らに見せつけた。
そして、出来上がった〝至高の世界〟とやらを僕らに押し付けた。それは完璧な世界、〝千年王国〟。神様からから与えられた、約束された繁栄なのだと。千年王国に在る限り、人間は理不尽な死、病、争い……あらゆる醜い禍から解放されるのだという。
この世界を与える代わりに、神様は〝絶対的な遵従〟を人間に求めた。圧倒的なる神の力を見せつけることで、人間を屈服させにかかったのだ。
これが神様のやることか。こんなの、
理不尽じゃないか。神様だからって、許されることじゃない。
まるで神様が全くの別人になってしまったかのようだ。そう呟いたお爺さんの言葉を、僕は忘れることはないだろう。
今では封じられ、死んでしまった言葉。けれども、あの日を生き延びた人が確かに呟いた言葉だったのだ。
***
神様は、自らが創り上げた〝至高の世界〟を人間に引き渡すにあたって、神様は贄を要求した。
偉い人たちが話し合って、もうなくなってしまった国の代表から、贄を選ぶことを決めた。白羽の矢が立ったのは、僕らの本家筋にあたる家だったのだ。
その家には、フィラデルフィア家には、主人を亡くした奥様と、まだ幼い子供たちしかいなかった。その家に身を寄せた僕らは、思い悩む奥様の姿を見ていた。幼子を置いて行かねばならない奥様を、ただじっと眺めていた。
姉さんは、優しい人だった。だからなのだろう。たまらず口に出してしまったのだろう。置いて行かれる子供の気持ちが、痛いくらいわかったから。
そう、『私が代わりに行きます』と……でも、僕だって置いて行かれてしまうのに。
――千年王国は至高の世界。人は誰もが幸福で、あらゆる禍から解放された。
封じられた七つの禍は、叛逆、死、病、戦争、御使いの罰、混沌、そして神の罰。
第一の禍〝叛逆〟はフィラデルフィア家に。
これにより人間は、神様への忠誠を誓った。
第二の禍〝死〟はサルディス家に。
これにより人間は、理不尽な死から解放された。
第三の禍〝病〟はラオディキヤ家に。
これにより人間は、病の恐怖から解放された。
第四の禍〝戦争〟はペルガモン家に。
これにより人間は、争い合うことをやめた。
第五の禍〝御使いの罰〟はティアティラ家に。
これにより人間は、天変地異とは無縁となった。
第六の禍〝混沌〟はスミルナ家に。
地にもたらされし天界の技術は、この上ない秩序を招いた。
第七の禍〝神の罰〟はエフェソス家に。
この封印が破られぬ限りは、人類に終焉がもたらされることはない。
生き残りの人間で、一番偉い人がまず身を捧げた。この人の家は、後に千年王国の王族となった。
そして七つの禍を封じるために、七人の贄が進み出た。贄を出した家は、後に聖騎士家と呼ばれた。
『忘れないで、少しの間会えなくなるだけ。神様のところでまたいつか会いましょうね』
姉さんは最後にそう言って、僕をたったひとり残して行ってしまった。僕の身柄は安全な聖騎士家に託して。
姉さんは尊い存在なのだと、大人たちから教えこまれた。華奢な身体には大きすぎる修道服に身を包み、名乗り出た大人の贄に混じって進む小さな背中は、僕の記憶から消えることはない。
七枚の鏡。贄はその前に立って、神の御許に下る時を待つ。
次第に、鏡からは仄かな光が匂い立つ。白く静謐な光が、贄たちを包み込む。ああ、行ってしまう。姉さんが、行ってしまう――
『行かないで……僕を、ひとりにしないでよ!』
僕はこんな言葉を姉さんにかけるべきではなかった。
僕が『行かないで』と、そう叫んでしまったから。姉さんが心の奥底に押し隠したものが、堰を切って溢れてしまったのだろう。
僕はこちらを振り返った姉さんと目が合った。慈愛に充ちた優しい目。僕はこの目を、ずっと眺めていたかった。だが。
それは一瞬の出来事だった。姉さんの背後にどす黒い靄が立ちこめた。それは生き物のようにうねり、絡みつき、姉さんを覆い隠してゆく。
そして……姉さんは、囚われた。神の御前で、神の御意志に叛いたとして。
僕のせいだ。姉さんが後ろを振り返ってしまったのも、姉さんが永遠に囚われてしまったのも。
僕のせいだ。それなのに、みんなが姉さんを悪く言う。
『この世界の安寧を傾けた、忌むべき叛逆者』なのだと。
違うんだ。本当に神様に叛いたのは姉さんじゃない。
神様の意思に反して声を上げてしまった。悪いのは、僕なんだ。それなのに、姉さんは悪者のまま。
神様への忠義を再び示すために、人間たちは過去の清算を始めた。もうあの頃には戻らないと、それまでの歴史を葬ることにしたのだ。
わずかに残された痕跡を〝遺物〟と称し、人々の目から隠して。
フィラデルフィア家には〝叛逆者〟を。
鏡の中に囚われた、名を忘れられし侮蔑の少女。
サルディス家には〝処刑道具〟を。
かつて人間が、同じ人間の命を奪った証。
ラオディキヤ家には〝病原〟を。
永く人間を苦しめ続けた、一度は姿を消した敵。
ペルガモン家には〝銃器〟を。
いとも容易く命を奪う、悪魔の道具。
ティアティラ家には〝書物〟を。
至高の世界に不釣り合いな、余計な知識。
スミルナ家には〝蒸気機関〟を。
それは人類の栄光と堕落のはじまり。
エフェソス家には〝核〟を。
決して生み出してはならなかった、最悪の殲滅兵器。
それは否定だ。過去を消してしまうことは、人間という存在をも否定してしまうことに他ならないと僕は思う。
僕たちはよいところも悪いところも全部併せて僕たちなのに。よい行いをすればお祈りをして神様に報告したし、悪い行いをすればお祈りをして許しを乞うた。許してもらっても、悪いことをした事実は消えない。悪いことを〝悪い〟と認めて、そうやって僕らは成長してゆく。その過程を、その証を、決して葬り去ってはならないというのに。
ねえ、教えてよ。
どうしてみんな、理不尽な〝神様〟の言いなりなの?
どうして誰も、この理不尽に抗おうとしないの?
僕の問いに、周りの大人は誰も答えてくれなかった。それどころか、そんなことを言うのは異端だと、僕の言葉を封じ込めさえた。
けれども僕は無理だった。どうしても納得がいかなかった。このまま姉さんのいない世界で、姉さんを奪った存在に飼い慣らされ続ける覚悟はできなかった。
だから僕は、僕だけの手で姉さんを取り戻そうと決めた。
それは新しい世界では決して許されない行為だった。誰にも賛同されないことはわかっていた。
全ての用意が整った時、僕はひっそりと姿を消した。僕を引き取ってくれたフィラデルフィア家に迷惑をかけないように。僕の名前が記録に残って、戻ってきた姉さんとの生活に支障が出ることのないように。
さあ、行こう。姉さんを救い出しに、あの空へ。神様の御座す、あの彼方の空へ。
死んだって構わない。僕はただ、もう一度だけ姉さんに会えればそれでよかった。
僕は今、空の上でこれを書いている。僕の言いたいことばかりを書き連ねて、支離滅裂かもしれない。それでも。これが真実だ。〝神様〟に殺されてしまった、かつての僕らの真実。もう誰も口にすることはできないから、僕が全てを書き記した。
これを空の上から落とそうと思う。個人的な文書はすべて燃やされてしまったから、無事に地上に届けば、これがこの世界で唯一の〝異端の書〟となるだろう。これは、真実。僕という個人が思い、考え、涙を呑んだ過去の記録。
誰に届くかはわからない。けれど、誰かの心に届けばいいと。それだけを、切に願っている――
お読みいただきましてありがとうございますヽ(*´∀`)ノ
楽しんでいただけましたら幸いです