その3 親は子離れ出来ない?
そうこうしているうちに段々日が暮れて来た。この辺りには無さそうだな。明日お堂があった辺りを探すか。
「クロ、そろそろ帰るぞ」
ところが、さっきまで川で遊んでいた筈のクロの姿がそこには無かった。
「クロ?」
俺は辺りを見回すが、クロの姿は無い。また川に潜っているのかと覗き込んでみるがいない。
今度は大きな声で呼んでみるが、何の反応も無い。どこ行ったって言うんだよクロのやつ。
俺は足を止めた。
もしかして、このままクロを探さない方がお互いの為なんじゃないか? クロは元々自然の生き物(?)で、俺は人間で離れて暮らす方がありのままに生きられるんじゃ……
足を引き返し、山を降りようとした俺の耳に微かに鳴き声が聞こえて来た。
「クロ!」
俺は声のした方へと走り出した。
藪を抜けると、目の前に突然崖が現れた。
「クロ、いるんだろ?」
すると上の方から声がした。上の方で何やらもぞもぞしているのが見えた。
「クロ」
「きゅいー」
「そんな所にいたら危ないから早く降りて来い」
はらはらしている俺をよそに、クロはなかなか降りて来ようとしない。と、何か動かしているのが見えた。
「クロ、何を持っているんだ」
クロは必死にその小さな前足で何かを掴もうとしているのか、尻尾をふりふりしているのが見えた。口で咥えようとしたその物体が滑り、崖を転がり始めた。少しだけ見えたが、あれは緑色をした卵のようだった。クロが慌てて追い掛ける。
「危ない」
慌ててクロの後を追い掛け、崖を滑り落ちた。
「いって~……クロ、大丈夫か」
クロは何事も無かったように、ふよふよと俺の前に降りて来て一声鳴いた。と、頭の上に何か固い物が落ちて来て脳天を直撃した。
「……ぐっ! これは」
俺は頭を抑える。手の中に落ちて来たそれは緑色をした卵だった。
篠崎さんが探していたのは多分これだろう。しかし一体何の卵だろうか。
卵にヒビが入った。
俺はぐちゃぐちゃに潰れた中身を想像したが、予想を裏切り割れた卵からは光が溢れ出した。
「うわ、何だ」
光が止むと中から現れたのは、鳥の頭をした生き物だった。
「鳥?」
その鳥の体は緑色をしていた。
こいつ、ただの鳥か? その雛は俺の顔を見てぴやっと鳴いた。と、肩に乗ってその様子を見ていたクロがそいつの側に近づいた。
その時突然近くの茂みから音がして、俺が振り返ると何か大きな口が見えた。あまりの事に動けないでいると、その大きな口は緑色の卵から生まれた雛を口に咥えて空に向かって逃げて行った。
え……え?
頭が追い付かない俺の目の前を、クロがその大きな口の生き物の後を追う。我に返った俺はクロを呼んだ。
「ク……クロ!!」
何だ何だ今のあれ。もしかしてよ、妖怪ってやつか? 緑色の雛をさらった化け物の体は、全身白っぽくて長い蛇のようだ。
俺、今までそんな類の物見た事無いし……ま、まぁ確かに誰もいない部屋で気配のような物を感じた事はあるが。て、今はそんな事より。
「クロ戻って来い」
何でクロはあんな得体のしれない物を追い掛けているんだ? そうか、あの緑色の雛を助けようとして……
しかしあの大きな口の化け物との距離はどんどん開けて行く。俺は小石を放り投げ、枝で打ってみた。
「あ、当たった」
化け物が振り返った。クロがそいつに向かって大きく口を広げる。
「止めろ! クロ戻って来い!」
俺はクロを止めようとしたが、クロは戻って来る様子は無い。迎え打つ化け物の口から緑色の雛が落ちて行くのが見え、俺は走り出した。
落ちて行く緑色の雛を追い掛けた化け物の前に、クロが立ちはだかった。
「クロ!」
どうして、お前は。お前はそんな小さな体で立ち向かえるんだ。
俺が雛を受け取ると、クロはその小さな口を開いた。
「クロ __!」
その声に反応するかのように、雷鳴が辺りに響き白い化け物にあたった。
クロが雷を呼んだのか? 雷が直撃した化け物は逃げて行く。俺がクロを呼ぶと戻って来た。
「クロ大丈夫か? どこも怪我してないか」
一声鳴き、俺の頬に体を擦り寄せて来たクロの体を撫でてやった。この鳥のような雛は一体何なんだろう。
気がついたのか、俺の掌の上で目を開いた。
「大丈夫か?」
言葉は通じないだろうが、そう言うと返事をした。人間の言葉分かるのかな? クロも俺の言葉に返事するよな。
「お前を狙っていた奴はもういないぞ。クロが追い払ってくれたんだ」
雛が礼を言うかのように、クロに向かって鳴いた。クロは雛に近寄り、嬉しそうな声を上げた。
篠崎さんは何故この雛を探していたんだろう? 産まれた時光を放っていたし、珍しい鳥なのかな。
「すまなかった人間」
突然聞こえて来た声に、俺は思わず顔を上げたが誰もいない。
「我はシンドアという世界の者だ。こちらの世界に何の因果か、卵だけ紛れ込んでしまったようだ」
まさか。掌を見ると緑色した雛が俺の目を真っ直ぐ見据えていた。
「まさか喋って……」
「そうだ。我らは産まれた途端一人で生きて行く為、ある程度の知識と強さを受け継ぐのだ。助けてくれて礼を言う。ありがとう」
「どうしてこの世界の言葉を喋っているんだ?」
「言ったであろう。我らは産まれ落ちた時から一人だ。生きていく為に知識をすぐに得えばなるまい。その吸収力に先程は気を失いかけたが」
「じゃあ、お前はこの世界の生き物じゃないって事」
緑色の雛が頷いた。
「じゃあお前をさらった奴も」
「あれは我をずっと探していた奴だ」
「じゃあ食べる為にお前をさらった訳じゃなかったんだな」
雛が羽を震わせ、声を上げると遠くの方から先程の白蛇が現れた。
「世話になったな」
雛が白蛇の方へと近寄った。
「待ってくれ。お前に会いたがっている人がいるんだ」
「伝えてくれないか? 我を拾い側においてくれた事感謝すると」
雛を乗せた白蛇の体が中に浮く。
「また……会えるか?」
俺はそう聞いていた。
「願えばいつでも。この世界は繋がっているのだからな」
白蛇の姿はずっと空の上の方へと消えて行った。
「クロ……お前もあっちの世界から来たんじゃないのか」
「きゅ?」
「そうか……」
今まで妖怪とかお化けとか怖い物だと思っていたけど、そうでもないんだな。 俺は掌を見つめた。会えた時間はほんのわずかなのに何故、こんなにも離れ難く思ってしまうんだろう。
「あの雛無事帰れるといいな」
少しの間だけの俺の子供。
夕空を見上げた掌はまだ暖かった。
「そう。あの卵孵ったんですね。野山さん、卵を探して下さりありがとうございました」
俺は篠崎さんに事の次第を報告していた。
「これ、あの雛のだけど」
そう言って殻になった卵を渡そうとした。
「それ、迷惑じゃなかったら貰ってくれないでしょうか? あの雛が孵るのを見ていてくれたお礼」
「いいのですか?」
篠崎さんが頷く。
「何故あの卵を持っていたのですか」
「お父さんがあの山で拾って来たのです。珍しい鳥の卵だと思ってしばらく温めていたけど、私やっぱり親の元に返そうと思って。そしたら後であの卵はこの世の物じゃないって分かったのです」
「何故ですか?」
「お父さんがいくら調べても、この世界に存在しない物だって言ったのです。だから私あの山に置いておくのはまずいと思いました。私の父は生物学者なのです」
篠崎さんが振り返った。
「野山さん、仕事辞めないで下さい。私、帰ってくるの待っています」
「はい、帰って来ます」
俺は照れくさくなり、少し下を向いた。
これで最終話です。読んでくださった方おりましたら感謝します。