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4.おとぎ話のような

「……イブ? イブ、起きて」

「あ……」

「こんなところで寝たら駄目だよ。早く起きて」


 強く体を揺すられ目を覚ますと、男がすぐそばにいた。あの男だ、と気づいた瞬間に心がうろたえ、体が分かりやすく震えた。


 ひどく鮮明な夢を見ていた。

 ううん――あれは夢じゃない。

 私の本能がそう告げている。

 この人の言う通り地球は滅んでしまったのだ。


 ――でも一体誰が地球を滅ぼしたの?

 ――なぜ私はこの男に夫婦となることを強要されていたの?


 二つの疑問は一つの解を簡単に連想させ、おぞましさに寒気がした。


「イブ、どうしたの」


 心配されながらも警戒心を解かない私に、


「こんなところで寝たらいけないよ」


 やや寂し気な表情になりながらも、男は素直に私から離れてくれた。そのままテーブルごしに向かいの椅子に座る。テーブルの上にはすでに二つのマグカップが置かれていた。


 流れている曲はいつの間にかラヴェルの亡き王女のためのパヴァーヌに変わっている。


 男が机の上に置いてあるマグカップの一つを勧めてきた。


「白湯だよ。起きたばかりだから刺激のないものを少しずつ、ね」

「ありがとうございます」


 けれど本当に喉が渇いていたわけではないので手に取らなかった。第一、この男から渡される飲食物を口に含む気になどなれない。


「あの、ところで」

「うん」

「さっきの話なんですが」


 男のことは覚えていないし、一切信用できない。信用できる要素が一つもない。――けれど他にこの状況を説明できる人が見当たらない。だから今私にできることは、この男から話を聞きだすことしかなかった。……その説明が正しいかどうかは確証がもてないけれど。


「うん。さて、どこから話そうか」


 男が白湯をゆったりとした動作で口に含んだ。


「順番に話すと言ったとおり、時系列に沿って話すべきかな」


 マグカップを置きながら伺うように視線を向けてきた男に、「それでお願いします」と私は硬い声で応じた。


「じゃあまず君の覚えている二〇四八年のことから」

「はい」

「二〇四八年の夏、地球に侵略者がやって来たんだ」

「侵略者……ですか?」

「そう。地球外生命体が地球外からやって来たんだ。何の前触れもなく、突然」


 淡々と語られていく話が嘘か真実か――やっぱり私には判断できない。


「彼ら――ああ、実際には性別の違いがあるのかすら分からないんだけど、ここでは便宜上『彼ら』と呼ぶよ――その『彼ら』はまず北アメリカ大陸と南アメリカ大陸を海に沈めたんだ」


 ああもう、こんなことを突然聞かされて一体誰が信じるというのだろう。けれど男の語りには不思議と説得力があった。ペテン師のような一物抱えた雰囲気もない。まだまったく信用できないというのに――。


「どうやってやったのかはよく分からないけど、当時GPS付きの宇宙衛星は二つの大陸のあった場所に大海原しか映し出さなくなったし、その大陸の人間の誰とも一切連絡がつかなくなって、世界中が大騒ぎになったんだ。まあ実際には大騒ぎだなんて言葉以上の驚きと重みのある衝撃的なニュースとして世界中に伝えられたんだけどね」


 そして、と男が続けていく。


「人間が驚き右往左往している間にも次々と他の大陸が沈められていったんだ。そうやって地球上の何もかもが消えていくのを、僕と君は固唾を飲んで見守るしかなかった……人類最後の二人として」

「……あの」

「なんだい?」

「私とあなたはいつどこで知り合ったんですか?」

「時は二〇四八年の夏。場所は『彼ら』の宇宙船スペースシップ。つまりここだ」


 男の人差し指がテーブルを垂直に指さした。


「なぜか僕達二人は気づいたらここにいた。そしてこの船から地球の最期を目撃させられたんだ」


 一瞬、目の前にセピア色の光景が広がった。


 空を縦横無尽に駆け巡る無数の光のつぶて。砕かれ、大破した建築物の骸の山。道路上で逃げ惑う人々に降り注ぐ大量の瓦礫、破片――そして遠くから迫りくる津波。飲み込まれた――すべて。


 それは本当に一瞬のことだった。


 ――ああ、やっぱり夢は夢ではなかったのだ。

 ――現実だったのだ。


「『彼ら』は僕達のことを夫婦だと勘違いしていたんだ」


 強すぎる幻覚と絶望に眩暈を覚える私にとって、男のその一言は夢がただの夢ではないことの確かな証のように響いた。


「おそらく僕達二人は偶然近くを歩いていたんだと思う。けれど『彼ら』は何を勘違いしたのか、あまたいる男女の中から僕達二人を選び、ここに転移し閉じ込めたんだ。……そう、気づいたらここにいたんだ」


 男が感慨深げなため息をついた。


「しかも『彼ら』は勘違いに気づくと僕達に夫婦になるように迫ってきた」


 ああ、だから私はこの人の妻となることを拒んでいたのか……と頭の片隅で思う。見知らぬ人と突然二人きりになり、しかも結婚を強制されれば……。


「あの……『彼ら』もここに住んでいるんですか?」


 男は私を安心させるかのように首を横に振った。


「いいや、いない。ここには僕達二人しかいないと言ったけれど、それは最初からだった。初めからここには僕と君の二人しかいなくて、それ以来僕と君だけでここで暮らしている」

「じゃあどうして『彼ら』の考えていることが……その、分かるんですか」


 やや口ごもった私の言葉を男は正確に継いだ。


「どうして僕達のことを夫婦だと勘違いして、しかも夫婦になるように脅してきたかって?」

「え、ええ」

「それは『彼ら』が僕達の脳に直接アクセスしてきたからだよ。夫婦にならなければ殺すとね」


 想像した途端、二重の意味で血の気がひいた。


「ああ、直接っていうのは物理的にという意味じゃなくてテレパシーのようなものって意味だから」

「……あ、ああ。そうでしたか」


 無意識で触っていた頭部から手を離し、あらためて膝の上に置く。


「そういうわけで僕も君もここにやって来たときからすべてを理解していた。文字通りすべてをね。なぜここに僕達二人だけ連れてこられたのか、その理由だけじゃなくて、生きるための方法、この船での暮らし方も何もかも。でなければこんなハイテクな環境で生活することなんて不可能だろ?」


 男の話はまさにおとぎ話のようだ。


 なのに気づけば、私はその話に引き込まれていた。

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