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3.破壊

 男に導かれ、私は八畳ほどの広さの空間に通された。


 ここもまた複数のデジタルディスプレイが壁面上にびっしりと張り巡らされていて、赤や白の光が時折点滅するものも一部あるが、ほとんどが何の動作もせず、何も映さず、しんと静まりかえっていた。機械的で無機質で、どこか寒々しい雰囲気すらある。


「ここに座っていて」


 部屋の中央にあるテーブルも椅子も金属製で、冷たさを予感しつつおそるおそる腰をかけると、意外にもほどよい温もりが伝わってきた。


「船内の温度は自動制御されているんだ。空気だけでなく何もかも、ね」


 それが二〇六一年クオリティということらしい。


 と、聞き覚えのあるピアノの旋律がどこからか流れ出した。


「あ、これ」


 嬉しくなってつぶやいていた。


「ショパンの仔犬のワルツ」


 男が壁面の隅の方で小さなデジタルディスプレイを操作している。どうやらあれが今の時代の音響機器のようだ。


 タブレット経由でスピーカーに曲を飛ばすくらいは二〇四八年でも簡単にできた。けれど室内のどこにもスピーカーの類は見つからず、しかもピアノの音が全方向からきめ細かく耳元に届いてくるのは、きっと技術の進化の一つなのだろう。


 いい音だ、と素直に思える。


 私の実感としては突然近未来にやって来てしまった感覚しかないのだけれど、音に関してはよりアナログに近づいているみたいだ。粒のそろった音はプロの生演奏を彷彿とさせるほどで、目を閉じて聴いたらデジタルだとは思わないだろう。


「ピアノ、好きだろう?」


 男が人差し指で、とん、と画面に触れた途端、壁面上の小さなデジタルディスプレイは元の無機質なだけのダークグレイの色に戻った。


「え、ええ」


 ――そんなことまで話していたのか。


「あの、ここには他にはどのくらいの人がいるんですか?」

「誰もいないよ。ここには僕とイブ、二人しかいない」


 反射的にひくついた頬は、こちらに背を向けている男には見られずに済んだ。


 二分弱の短い曲はあっという間に終わり、続けてショパンのエチュードが流れ出す。軽やかできめ細かい音の連なりに追従するように、こんなことを言うと驚くと思うけれど、と男が前置きをしたと思ったら――。


「実は地球は破壊されてしまってね、僕達以外の人類は絶滅してしまったんだ」


 想像を大きく超えた暴露がされた。


 大きく息を飲み込んでしまい、その気配で男が振り返った。


「ごめん、急にこんなことを言ったら驚くよね」


 その表情はひどく申し訳なさそうだ。


「あ……」

「一つずつ説明する。順番に一つずつ」


 それでも言葉が出てこない私に、


「飲み物をとってくるから少し待ってて」


 男は私の様子を気にしながらも部屋から出ていった。


 一人になると途端に疲れを感じ、緊張の糸がほどけた。思わずついたため息は弾むようなピアノの音がうまい具合にかき消してくれたが……まだ目が覚めてから一時間もたっていないというのにこの展開はあまりにも予想外だ。


「……これって本当のことなのかしら。あの人のことも全然覚えていないし」


 思わず机に突っ伏すと、こちらも椅子同様にほのかな温もりを有していて、


「……なんだか」


 心地よさに、自然と片方の頬を机の表面に載せていた。


「なんだか不思議なことばかりだわ……」


 温もりに導かれるように、私の瞼はゆるゆると閉じられていった。



 ◇◇◇



「お願いゆるしてっ……」


 背を向ける人物に私は必死で許しを乞うている。

 けれどその人は何ら反応を示さない。

 だから私は叫ぶように声を張り上げる。


「お願い、考え直してっ……!」


 どこか広い空間にいるのか、私の声がいつまでも辺りに響く。歪みながら、減衰しながら。お願い、お願い、お願い……。考え直して、考え直して、考え直して……。


 やがて声は完全に消え去る。

 それでもその人物はなんら反応してくれない。

 だから私は声が枯れるほどの大声を出す。


「私はあなたとは――になれないっ……!」


 声の一部は爆撃音に飲み込まれて届かない。


 見上げなくてはいけないほど背の高い人物――男の向こうで、さっきから巨大な鉄の塊が高層ビルに銃弾を撃ち続けている。でも銃弾は金属製ではない。光だ。


 たかが光のはずが恐ろしいまでの破壊力を見せつけている。それによって鼓動を揺るがすほどの銃撃音がこちら側にまで響いてくる。まるでこの室内で急にドラムやティンパニが打ち鳴らされ始めたかのように、耳が痛くてたまらない。分厚い窓ガラスは音を完璧に遮断するはずなのに、見えない圧によって窓ガラスごしに私の鼓動を速めていくのだ。


 ああ、あれはどこの星から来た宇宙船スペースシップだろう。


 ――そうだ、私は宇宙船スペースシップという言葉を以前から知っていた。


 ダダダダ、ダダダダ……。


 無数の光が宙を飛行し、次々に高層ビルに突撃していく。


 いつまでも、いつまでも――。


 やがて音がやむ。


 その数秒後には、攻撃を受け続けていた高層ビルに斜め四十五度にき裂が入った。


 き裂は一度入るや一瞬で端部まで伝ぱし、高層ビルを上と下で分断してしまった。上部がずるずると滑り落ちていく。やがて空に放たれた上部は重たげな動きのまま地面へと真っ逆さまに堕ちていった。


 続けざまに、居並ぶ高層ビルのすべてが片っ端から破壊されていった。無数の光の飛来を受けとめるたびに、何もかもが木っ端みじんに砕かれていった。


 世界の終焉するさまを見せつけられ――。


 怖くて怖くて――苦しくて。


 それでも私は叫んだ。


「私はあなたの妻にはなれないのっ……」


 言いきるのと同時に大地を揺るがすほどの振動が足元から伝わってきて、


「お願いっ……」


 私はその場に頭を垂れるように崩れ落ちた。


 やがて男が振り向いた。


 けれど心からの叫びが届いたわけではないことは、男の視線を受けた瞬間に分かった。


 青く美しい瞳がこちらを向いた瞬間に――。



 ◇◇◇

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