1.待ってたよ
頭に響く鈍い低音に意識が浮上していく。
それとともに閉じていた瞼をうっすらと開けると、白光が容赦なくこちらに差し込んできた。起きたばかりの眼球が強く刺激され、反射的にぎゅっと目をつむる。けれどその直前、向こう側に誰かがいて、その誰かが振り返ったことがシルエットの動きから判断できた。
「ようやく目覚めたんだね」
待ってたよ、と続く柔らかな男の声には、どこか懐かしい響きがあった。
「大丈夫。ゆっくりでいいから目を開けてみて」
いつまでも目を開こうとしない私に、やや焦りを含ませながらも男は優しく諭す。その声に背中を押されるように、私はおそるおそる目を開いていった。
真っ白な光は強力なライトのせいではなく、窓から差し込む陽の光によるものだった。ちょうど太陽がこちらに向かってまっすぐに降り注ぐ位置にいる。陽の光の色と角度から、今が朝なのだと察せられた。
光を背にしている男の姿は、私の方からは未だにはっきりと見えない。
「大丈夫。ゆっくり、ゆっくり開いてみて」
柔らかな毛布のような声だ、そんな幼児のようなことを思いながら少しずつ目を開いていくと、目の前のうすぼんやりとした姿、その輪郭の曖昧さが光に溶けて見えた。
「そう、焦らないで。ゆっくりでいいんだ」
優しい声を発するこの人はドクターだろうか。
声を出そうとして、どんなふうに出せばいいか、その方法を思い出すのに少し時間がかかった。
「は……い」
小さくかすれた声は、自分の声ながら弱々しかった。それでもちゃんと男の耳には届いたようで、
「うん、いい子だ」
男がうなずいた気配がした。まだ男の姿は実体を伴って見えていないが、声の調子からも安堵してくれたのだと分かった。
「自分の名前は憶えている?」
「な、ま……え?」
「うん。自分の名前」
「名前……」
「言ってみて」
「私の、名前。名前は……イブ」
「そうだよ。君はイブだ」
ふわり、と額に手が置かれる感触がした。私の頭を包みきってしまえるほどの大きな手で。
触れられた、そう意識した瞬間、額の一点にすべてが集中し始めた。
キュインキュイン……頭の中で今度は高い音が鳴り始めた。耳障りなようでいて秩序の保たれた正しい音だ。その音が聴こえるたびに、散らばっていたパズルのピースのようなものがあるべきところに収まっていく――大げさではなく、そのことが感じられた。
キュインキュイン……キュイン。
やがて音が鳴りやんだ。
静寂の中、まだ半分閉じていた瞳を大きく開けると、私は目の前の男の顔をしっかりと見つめた。
「私はあなたとは――になれない。絶対に」
「……そうか」
見つめ合った男の瞳は、水をたたえた惑星をはめ込んだかのように青く澄んでいる。だが、
「まだ『壊れきっていない』んだね」
次にこちらに向いた瞳には冷徹な色が映り込んでいた。
「残念だよ」
額に載せられたままの男の指が一点に触れ――その瞬間、私は取り戻したばかりの意識を手放した。
*