表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/11

1.待ってたよ

 頭に響く鈍い低音に意識が浮上していく。


 それとともに閉じていた瞼をうっすらと開けると、白光が容赦なくこちらに差し込んできた。起きたばかりの眼球が強く刺激され、反射的にぎゅっと目をつむる。けれどその直前、向こう側に誰かがいて、その誰かが振り返ったことがシルエットの動きから判断できた。


「ようやく目覚めたんだね」


 待ってたよ、と続く柔らかな男の声には、どこか懐かしい響きがあった。


「大丈夫。ゆっくりでいいから目を開けてみて」


 いつまでも目を開こうとしない私に、やや焦りを含ませながらも男は優しく諭す。その声に背中を押されるように、私はおそるおそる目を開いていった。


 真っ白な光は強力なライトのせいではなく、窓から差し込む陽の光によるものだった。ちょうど太陽がこちらに向かってまっすぐに降り注ぐ位置にいる。陽の光の色と角度から、今が朝なのだと察せられた。


 光を背にしている男の姿は、私の方からは未だにはっきりと見えない。


「大丈夫。ゆっくり、ゆっくり開いてみて」


 柔らかな毛布のような声だ、そんな幼児のようなことを思いながら少しずつ目を開いていくと、目の前のうすぼんやりとした姿、その輪郭の曖昧さが光に溶けて見えた。


「そう、焦らないで。ゆっくりでいいんだ」


 優しい声を発するこの人はドクターだろうか。


 声を出そうとして、どんなふうに出せばいいか、その方法を思い出すのに少し時間がかかった。


「は……い」


 小さくかすれた声は、自分の声ながら弱々しかった。それでもちゃんと男の耳には届いたようで、


「うん、いい子だ」


 男がうなずいた気配がした。まだ男の姿は実体を伴って見えていないが、声の調子からも安堵してくれたのだと分かった。


「自分の名前は憶えている?」

「な、ま……え?」

「うん。自分の名前」

「名前……」

「言ってみて」

「私の、名前。名前は……イブ」

「そうだよ。君はイブだ」


 ふわり、と額に手が置かれる感触がした。私の頭を包みきってしまえるほどの大きな手で。


 触れられた、そう意識した瞬間、額の一点にすべてが集中し始めた。


 キュインキュイン……頭の中で今度は高い音が鳴り始めた。耳障りなようでいて秩序の保たれた正しい音だ。その音が聴こえるたびに、散らばっていたパズルのピースのようなものがあるべきところに収まっていく――大げさではなく、そのことが感じられた。


 キュインキュイン……キュイン。


 やがて音が鳴りやんだ。


 静寂の中、まだ半分閉じていた瞳を大きく開けると、私は目の前の男の顔をしっかりと見つめた。


「私はあなたとは――になれない。絶対に」

「……そうか」


 見つめ合った男の瞳は、水をたたえた惑星をはめ込んだかのように青く澄んでいる。だが、


「まだ『壊れきっていない』んだね」


 次にこちらに向いた瞳には冷徹な色が映り込んでいた。


「残念だよ」


 額に載せられたままの男の指が一点に触れ――その瞬間、私は取り戻したばかりの意識を手放した。



 *

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ