蛙の子は蛙、狼の子は狼4
な……。
「君とローグを一緒にするなっ!! 当時のローグは3歳、君は13歳だぞ!! 年齢が違う!!」
「ですけれど、やったことの結果は永続的ですよね。年齢的な情状酌量の余地はあっても、事態の深刻さは変わらないかと」
「私は人間だ! 番紋も、私自身がローグを番と認めて初めて現れた。だから、被害にあったのはローグ本人だけなんだ!」
「……でも、お義母さん、28まで恋愛経験皆無だったんですよね。この村のみんなは、お義母さんも含めて皆、お義父さん贔屓だから言わないですけど、それ絶対番紋の制約に縛られていると思いますよ。結果的にはよかったわけですけど、やっぱりねえ」
……くっ、アミーラが言っていたことと同じようなことを。
口が減らないガキだな。ああ言えばこう言う。
……しかし、弱ったな。ここで私が「被害者の私が良いと言っているんだから、部外者の君が口を出す問題じゃない」というのは簡単だが、それはそれでナリスがローラに手を出す口実を与えてしまうことになる。
しかし、それを否定するのは、ローグを傷つけることになる。
……さて一体、どうすれば。
「……いい。ミステ。俺が、話す」
悩む私の肩を引いて、ローグが一歩前に出た。
「……確かにナリスの言う通りだ。3歳の俺がしたことは、お前がしていることより、よほど罪深い。何も知らないミステを、25年も縛りつけたのだからな」
「……だが、ローグ!!」
「いいんだ。ミステ。事実は事実だ。……だが、ナリス。お前は大事なことを一つ忘れているぞ。罪深い俺が、一体どんな報いを受けたかを」
飄々としていたナリスの顔が、その一言で強張った。
「俺は、25年間、自身の番に会えなかった。存在を認知することはおろか、顔も声も忘れ、自分がいない場所で彼女が他の男の妻になっているであろう可能性に脅えながら、一生続くであろう飢餓感と喪失感に苛まれ続けた。……一方的に番になるとはそういうことだ」
淡々と過去を告げるローグの言葉に、改めて泣きそうになった。
私は、どれだけローグのことを待たせていたのだろう。どれだけローグを苦しませていたのだろう。
もっと、早く、会いに来ればよかった。会って、苦しむ昔のローグを抱き締めてあげたかった。
悔いてもどうしようもないことは分かっているが、そう思わずにはいられなかった。
番の喪失に苛まれていた頃のローグを抱き締められない代わりに、目の前の広い背中を抱き締める。
振り返ったローグは、相変わらず分かりにくい笑みを浮かべながら私の頭を一撫でし、再びナリスに向き直った。
「……そうだ。ナリス。お前も、そうしてみるか。お前も、俺と同じように、待ってみればいい」
「え………」
ナリスの顔が完全に血の気を失った、
あまりにも痛快なその表情に、思わず笑みが漏れた。
「そうだ! ナリス! そうしてみるといい! それならば、私も許してやるぞ! 25年……は長過ぎるから、ローラが成人するまで、12年間、君はローラと接触禁止だ。会話も許さない。視界に入るくらいは……まあ、良いか。サービスだ」
「ちょ、ちょっと待って下さい! 僕はお義父さんと違って、同じ村にいるんですよ! 条件が違い過ぎます!」
「寧ろ姿が見れて、存在を認知できるだけ、幸せだろう」
「その通り! ローラに対する愛が本物だというのなら、そのくらい堪えてみせろ。……となると、制約の魔法が必要だな。いや、呪術が良いか。この村の魔法石があれば、呪術もより強力になるからな。制約を破ったら、性器が腐れ落ちる呪術にしよう!」
「……せ、せめて物理的に会話や接触を封じる魔法にして下さい!」
「大丈夫、君の愛が本物なら堪えられる! だって君が待たないといけない時間はローグの半分未満じゃないか!」
大人げないのは分かっているが、こちらは娘に手を出されたうえ、番を侮辱されたのだ。笑顔だって黒くもなる。……あ、セロ。君は脅えなくても良いんだよ。獣化までして、丸まって脅えているけど、私は君に手を出す気はない。ナリスだけだ。
とうとう完全に涙目になったナリスが、視線で両親に助けを求めたが、ルフさんもユーフェリアもゆっくりと首を横に振るだけだった。
「それじゃあ、ナリス。準備は良いか? 動くなよ……」
早速私が制約の呪術をかけようとした、その時だった。
「--ママ! ナリスくんをいじめちゃ、だめ!」
扉が開く音がしたと同時に、聞き覚えがあり過ぎる愛らしい声が響きわたった。
「……ローラ! おばあちゃんの所にいろって言っただろ!」
「だって、ママ、すごいこわいおかお、してた! ぜったい、ナリスくん、おこると、おもって」
……それで、イツナさんの所を出て来たのか。たった、一人で。
慌ててかけよって、半べその、その小さな体をぎゅっと抱き締める。
「……一人で勝手に飛び出すなんて、やめてくれ。村の中だって、危険なことはいっぱいあるんだ。今ごろおばあちゃんも、心配してるだろ」
「じゃあ、ママも、かってなこと、だめ! これは、ローラと、ナリスくんのもんだいでしょ!」
「……どこで覚えてくるんだ、そんな言葉」
……まさかナリスの影響じゃないだろうな。頼むから違うと言ってくれ。
唖然としている私の腕から抜け出したローラは、そのままナリスのもとまで歩いて行った。
「……ママ。『サテ・シュアレ・ナ』は?」
「え………」
「『甘噛み』は、『大人になってから』だけど、『サテ・シュアレ・ナ』は『番だけ』よね?」
「……っ待て! ローラ!」
気がついた時には、もう遅かった。
「--ナリスくん、『サテ・シュアレ・ナ』!! ローラをナリスくんの番にしてください!!」