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蛙の子は蛙、狼の子は狼2

 ぴきりと、空気にひびが入る音がした。


「……ローラ。ちょっとその話を、ママに詳しく聞かせてくれるか」


「……ママ……おかお、こわい……おこってる?」


「怒ってない。怒ってないさ。ローラは、ママとの約束を破っていないのに、どうしてママが怒ることがある?」


 ……ローラには、な。


 一体どこのどいつだ……! 私のかわいい娘に手を出したのは!

 甘噛みは狼獣人にとって、キス以上に重大な意味があるんだぞ!!

 

 私は湧き上がる憤怒を押し殺して、できるだけ柔らかい表情でローラに微笑みかけた。


「で、甘噛みはされたのか? それともされそうになったのか?」


「………された………でも、くびにちょっとだけだよ」


「……ふーーーーーーん。首にね。そう、首か……」


 甘噛みの中でも、一番深刻な箇所だ。

 「サテ・シュアレ・ナ」のような拘束力はないが、ここまで来たら笑い事では済まされない。

 これは相手が誰であったとしても、親御さんには猛烈抗議しなければいけないな。「子どもがしたことだから」なんて言い訳された日には、私は徹底的に戦う覚悟は出来てるぞ。


「えー……はずかしい。いわなきゃ、だめ?」


 照れて自分のしっぽを抱えながら、もじもじするローラは、大変愛らしい。だが、同時に大変腹立たしい。……うちの娘は、まだ4歳なんだぞ! 恋愛ごとなんて、まだ早過ぎる!

 母親である私が、これ程苛立っているのだ。父親であるローグは益々心中荒れていることだろう……と思って横目でローグを見てみたら、若干眉をひそめているものの、わりと普通の反応だ。しっぽだって特別反応を見せていない。

 ……まさか、この状況でなお「ちゃんとした番なら許す」とか、思っていないだろうな。怒るぞ。


「それじゃあ、ママが当ててみようか。……そうだなあ。ローラの一番の仲良しさんのセロか?」


 ルフさんとユーフェリアの二男坊は、ローラとは二歳差の幼なじみだ。年上ではあるが、村の中では家族ぐるみで一番親しいし、最近人化ができるようになったこともあり、同じ年齢の獣姿の子よりずっとローラと遊んでいる。

 ……セロは悪い子ではないんだが、単純でお調子者なところがあるからな。ノリでローラの首を甘噛みしてもおかしくはない。

 だが、私の言葉にローラはぷくっと頬を膨らませた。


「なんでセロくんなの。やだよ。セロくん、ローラのこと、おんなのこあつかい、してくれないもん」


「そ、そうか……じゃあドゥルーズさんの四男坊の、シェヌくんかな?」


「シェヌくん、おとこのことばっかであそんでて、ローラとあまり、あそんでくれないよ」


 えーと……他に、同世代の男の子、誰かいたか?

 もしかして、まだ人化ができてない子どもか? ローグの例もあるし、あながち否定できないな。

 ……いや、もしかしたら、私が変に考えていただけで、実は相手は女の子だった可能性もあるな。ませた女の子の悪ふざけなら、そう怒ることもない……のか? 


「……あー。ママ、降参だ。ローラ。どうか、ママに相手が誰か教えてくれないか? みんなに言ったりはしないから!」


 ……当然相手の親御さんには報告するが、それはそれだ。

 私の言葉にローラはしばらくもじもじとしっぽの先を弄っていたが、やがて耳をぱたんと伏せると赤い顔をしっぽで隠しながら、その名前を教えてくれた。


「……ナリス、くん」


 ばりんと、激しい音を立てて空気が割れた。




「--ナリスーーーー!!!!!!!」


 半刻後。

 子ども達をイツナさんに預けた私は、ローグ共々ユーフェリアの家に押しかけた。


「……あれ? お義父さん、お義母さん。お揃いで、どうされました?」


「誰がお義母さんだ! 誰が!」


 激しく開いた扉に動揺する素振りもなく、優雅にお茶を啜りながら振り返ったアルビノの美少年をきつく睨みつける。


「4歳のローラに悪戯をするなんて、君は何を考えているんだ! 君はもう13歳。やって良いことと悪いことの分別くらいつく年齢だろ!」


 6歳のセロならともかく、13歳のナリスがこんなことをしでかすとは思わなかった。真面目で優しい子だと思ってただけになおさらだ。

 同年代の子と遊びたいだろうに、ローラとリュースの面倒をよく見てくれる良い子だと評価していた少し前までの自分を殴りたい。そしてそれ以上にナリスを殴りたい。


「……悪戯なんて人聞きが悪い」


 ナリスはユーフェリアそっくりの愛らしい顔を歪めて、抗議した。


「ローラちゃんがあまりにも愛らしく『いつかナリスくんの番になりたい』なんて言うものだから、抑えつけていた愛が溢れだして、つい甘噛みしちゃっただけじゃないですか。本当はすぐにでも番にしてしまいたかったのですが、お義父さんの二の舞にならないよう、理性を総動員して甘噛みだけで耐えたんですよ。寧ろ褒めて下さい」


「褒められるか!!」


 激昂する私の肩を、誰かが叩く。

 振り返るとそこには青白い顔で今にも倒れそうなユーフェリアと、それを険しい表情で支えるルフさんの姿があった。


「………本当ごめんなさい。ミステ。ローグ。……私達もさっき、ナリスからローラちゃんとのことを聞いたの」


「すまない……育て方を間違えたとしか言いようがない」  


「いや。父さんと母さんが謝ることじゃないよ。……とりあえず、立ち話も何ですからお義父さんとお義母さんも、ここに座って下さい」


「「お前(君)が言うなっ!!」」

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