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人間視点で捉えた、狼獣人の生態記録ーある日、俺の村に人間の押しかけ女房がやって来た件ー  作者: 空飛ぶひよこ


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そして未来へ

「……調査地に溶け込む為に、施したものです。お気になさらず」


 こんな顔をする男に、番紋の話をしても時間の無駄なので、適当に言い訳すると、理事長の顔はますます歪んだ。


「本当……野蛮な獣人社会に、何故人間である貴女がそこまで合わせるのか、理解に苦しみますね。何の実益ももたらさない学問の為にそこまでやりますか? 普通」


 喉から込み上げる罵詈雑言を、何とか寸での所で呑み込んだ。

 ……どうせ、この男には言ってもわからない。

 自分の狭い価値観の中でしか、世界を見れないのだから。

 同じ種族であっても、おそらく頭の構造からして違うのだ。この男の価値観と私の価値観は、絶対に相容れないだろう。


「まあ、良いでしょう。今さらな話ですから。で、用件はなんです?」


「……これを、お持ちしました」


 大きく深呼吸して怒りを抑え込みながら、鞄の中から取りだしたのは……一通の辞職届。


「今日をもって、弊大学の教授職を辞そうと思います」


 理事長は私が差し出した辞職届を手にとると、ふんと鼻を鳴らして嫌みな笑みを浮かべた。


「賢明な判断ですね。……受理しましょう」


「……今までお世話になりました。では、これで」


「お世話した覚えもありませんがね……あ、ちょっと待ちなさい」


 用件が済んだので、1秒でも早くこの場を去りたかったのに、なぜか引き止められた。


「で? 大学を辞めて、これからどうするんです? 何かあては?」


「……ああ、それなら……」


「あるはずないですよね。貴女のような、とうが立った研究者。結婚は勿論、雇ってくれる職場もまずないでしょう。獣人の研究なんて、実生活ではなんの役にも立ちませんし」


 ……おい、人の話を聞け。そして、何で、私が結婚も就職もできないと決め付けるんだ。

 相変わらず、どこまでも失敬な男だな。


 理事長はやれやれと首を振って、大きく溜息を吐いた。


「……仕方ありませんね。私が解雇したせいで、貴女が路頭に迷うことになっても外聞が悪いですし。貴女、今日からうちに来なさい」


「……はい?」


「ちょうど、家のことを任せる女を探していたんです。この年齢になると、周囲も色々煩いですし。……勘違いしないで下さいね。これはあくまで慈善行為。哀れな貴女に対する救済活動であり、それ以上の意味なんてありませんから」


 ……何を言っているんだ、この男は。

 私をシュテフィアス家のメイドにでもして、安月給で扱き使う気か? 何の嫌がらせなんだ。何の。本当に嫌な男だな。


 何故か顔を赤らめている理事長をげんなり眺めながら、首を横に振った。


「結構です。--と言うか、私、この休暇で結婚したんで」


「……え」


「あと、勘違いされているようですが、私、大学を辞めても文化獣人類学の研究を辞めるつもりはありませんから。フリーの研究者になるだけです」


 元々研究機関が少ないから、文化獣人類学会は寧ろフリーの研究者の方が主流だ。研究資金を自分で稼げさえすれば、わざわざ大学に所属する意味もない。

 既に学会には、報告済みだ。


「……それでは、今度こそ、失礼します」


 もう二度と会うことはないと願いたい。


「え? ちょ、ちょっと、待ちなさい!」


 呼び止める理事長を今度は無視して、部屋を後にする。

 ……世話になった他の教授達には挨拶を済ませたし、もうここに来ることもないな。

 

 さらば。古巣よ。




「--はい。じゃあ、狼獣人に関する研究論文。確かに受け取りました」


 猫獣人編集者アミーラは、私が持参した原稿をぱらぱらとめくりながら、つり上がった目をにいと細めた。


「勿論これ、狼獣人の長には中身、了承頂いているんですよね?」


「ああ……ズーティットのミネアに頼んで、全て翻訳までしてもらった。……と言うか、本にできない部分があれば、どうせ君が修正するだろう」


「それはそうですけど~。やっぱり仕事は少ない方が良いじゃないですかあ」


 右手で顔を洗う仕草をしながら、アミーラは口端を上げる。


「それにしても、いやあ。人間でも番紋って出るんですね~。また一つ狼獣人の不思議が、増えましたよ。しかし、まあ。まさかこんなことになるとはねえ」


「白々しい……元々言えば、君が仕組んだことだろ」


「いやいや、あくまで今回のことの本題は、ミステリューズ教授……あ、元教授か。に、狼獣人に関する論文を書いてもらうことでしたから。実を言うと、最近狼獣人が、人間にとって架空の存在のようになってたので、何とかしろと父から厳命を受けてまして。ローグさんのことはついでと言うか、くっつけば良いなあと思ってたくらいで。……まあ、そっちの方がラブハプニング起きやすいかな~と思って、敢えて事前情報は伝えませんでしたけどね。狼獣人側にも。ミステリューズ元教授にも」


「やっぱり仕組んでたじゃないか!!」


 事前情報さえあれば、私もローグも変な勘違いをしないで済んだのに!

 顔を真っ赤にして詰め寄る私に、アミーラはどうどうと両掌の肉球を向けながら、笑った。


「……でも、今、幸せなんでしょ?」


「う……」


 ……それを言われると、弱い。


「じゃあ、良いじゃないですか。寧ろ感謝して下さいよ。私、恋のキューピッドも同然ですよ」


 確かに、アミーラが裏で画策した結果が、今の状況に繋がっていることは否定できない。

 ……しかし、あの勘違いが判明した後の気まずさを考えると、素直に感謝もしたくない……!


 何とも言えず、睨みつける私に、アミーラは笑いかけた。

 先ほどまでのにやついた顔と違い、はっとするくらい優しい笑みだった。


「……でも、本当、よかったです。ローグさんもですか、ミステリューズ元教授も」


「え……?」


「番紋が出てなかったから分かりづらかったですが、やっぱりミステリューズ元教授も、番であるローグさんに縛られていたのだと思いますよ。じゃなければ、この年齢まで恋愛経験皆無って、なかなかないですもん。……二人が再び出会って、正式な番になれたようで何よりです。ずっと一人でいなければならないのは、さみしいですから」


 ……そうだったのだろうか。

 恋愛に関して、今まで一切興味がなかったので、よくわからない。

 わからないが……しかし、今となってはもう、どうでも良いことな気もした。

 私もローグも、もう一人ではないのだから。


 そして近い将来、もう一つ、大切なものが増えるのだ。


「……次の論文は、狼獣人と人間のハーフの乳幼児の成長分析になりますかね。ミステリューズ元教授の専門外ですし、研究対象が限られるから、論文じゃなくて随筆でも良いですよ」


「……何だ。気がついてたのか」


「獣人ですから、そういうことには鼻が利くんです。猫は犬ほどではないですけどね。……人間と獣人のハーフの場合、遺伝的に優勢なのは獣人らしいですね。何なら出産について獣人の立場からアドバイスしてあげましょうか?」


「猫獣人と狼獣人とでは、また勝手が違うだろうから、気持ちだけ貰っておく。今日の夕方、ローグの幼なじみから色々教えてもらう約束をしているんだ。二年前に子どもを産んだばかりだから」


「じゃあ、せっかくだからその辺も、簡単にで良いから一度原稿にまとめてみて下さいよ。次の出版会議に持って行きますから」


「ああ。分かった。できたら、魔法で郵送するよ」


 アミーラに肯きながら、まだあまり目立たない腹を撫でた。



 命と言うものは、ひどく不思議だ。

 少し前までは存在すらしなかったものが、今、私の腹の中でゆっくりと育っているのだから。


 どんな姿をしているのだろうか。

 私に似て、人型で生まれてくるだろうか。

 それとも、ローグに似て、獣の姿だろうか。


 どちらでも良い。--ただただ、会える日が待ち遠しい。




「--ただいま。ローグ」


 ようやく慣れて来た狼獣人の言葉で帰宅を告げると、勢いよく尻尾を振ったローグが飛びついて来た。

 ……狼と言うより、犬だな。これじゃあ。


「お帰り。ミステ--サテ・シュアレ・ナ」


 当たり前のように愛の言葉と、甘噛みが続き、顔が赤くなるのがわかった。


「その……何でも無い時にそれを口にするの、やめないか」


 ……あ、尻尾が垂れた。落ち込んだか。


「嫌か……?」


「嫌じゃないが……恥ずかしいし……そもそも子どもが、私達みたいになったらどうするんだ」


 元々ローグが私に「サテ・シュアレ・ナ」と告げたのは、ヤグさんとイツナさんが、挨拶のように愛の言葉を交わしていたのが原因だという。

 なら、このままだと生まれてくる私達の子どもも、二の舞を踏むことになりはしないだろうか心配だ。


「それは、大丈夫だ」


 何故、断言できる。


「……ローグが言っても何の説得力がないんだが……」

 

「幼くても、自分の番と認めた相手以外にサテ・シュアレ・ナと口にしないことは、他ならぬ俺が証明している。結婚適齢期に傍にいない相手なら、村から叩き出しても探しに行かせれば良いだけだ。何も問題がない」


 ……いや。だいぶ問題があると思うんだが。

 そもそも、私達の時も結果オーライだっただけで、3歳の頃のローグの判断が正しかったのかと言われると……なあ?


「……ミステ」


 しかし、こうやって期待するように、真っ直ぐ黄金色の瞳を向けられると、否定の言葉も出て来ないわけで。


 ……仕方ない。





「ローグ……サテ・シュアレ・ナ」


 結局いつもの言葉と共に、私もその首筋に甘噛みをし返してしまうのだった。


 


 







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